Forage for food
アゴと牡蠣で島を牽引する男たち

上五島の生産者に会いに行く。
食材の宝庫を巡る旅 #04

文 :冨手公嘉 写真:宮下直樹

豊かな食文化とのどかな環境。そして歴史的に価値のある教会などの観光資源に恵まれた長崎県の離島、五島列島。その中でも、メトロミニッツでは上五島エリアに食材の宝庫を巡る旅と題して、豊かな食文化を担う生産者たちの現場におもむき、お話を伺ってみることにしました。最後を飾るのは脂ののった30代の男たち。どのような想いで食材と向き合い、島で暮らしているのでしょうか?

上五島の生産者⑥  南慎太郎さん(虎屋) -あごんちょび-

「虎屋」はもともと先代の犬塚虎夫さんが五島うどんの製麺所として創業しました。虎夫さんは昔気質の職人男で“五島のトラさん”として、島の有名人。その人気はすさまじく、1993年から22年間に渡る密着ドキュメンタリーが2016年に映画化されたほど。その後、娘のこころさんと結婚した南慎太郎さんは、虎屋の2代目として事業を引き継ぐことを決意。島の豊かな自然や恵みを生かすという先代の理念を胸に、島の将来も見据えながら新たな商品作りに挑戦し続けています。

「実家が建築業を営んでいたので、家業を手伝って33歳まで大工だったんですよ。でも先代の虎夫さんがやっている仕事がずっと羨ましかったんです。嫁はうどんを作って、僕は大工で、と過ごしていましたが、いつも先代は『自分で商売をしろ』って声をかけてくださっていた。先代が倒れてからは、僕が大工の仕事を辞めて、後を継ぐことになりました」

伝統的な五島うどんの他に虎屋で何か作れないものか。全国にも誇れる質の高い食材があるこの島を盛り上げるために、新商品の開発を目論むなかで、南さんの頭には地元で獲れるアゴ(飛魚)が浮かんだようです。

「虎屋は塩も製造しているんですが、この自慢の塩とアゴを使ってアンチョビを作ろうと思い立って。その日の夜は『アゴでアンチョビ作ろうぜ』と興奮気味に妻に声をかけたのですが、また始まったって感じで軽くあしらわれました(笑)」

アゴ、島特産の椿油、自家製の海塩と、この島の宝ともいうべき3つの素材を一瓶にぎゅっと詰め込んだ、飛魚のオイル漬け『あごんちょび』。熟成期間や塩分濃度の調整など試行錯誤を繰り返し、着想から完成までに2年を要したそうです。

「僕は漁師でもなかったので、なかなかアゴを譲ってくれるところが見つからなくて。色んな人に声をかけ、集めたとしても商売ができる量は確保できない。それなら、と漁船を買って自分でアゴ漁に出るところから始めました。多分それだけ売れる自信があったんですよね。それくらいの意気込みがないと、市場に出回って行くような気がしなかった」

アゴを塩に漬け込むこと2カ月、さらに椿油に2カ月漬け込むので、仕込みから完成までは4カ月。アゴの特性、塩作りの研究などを積み重ね、ベストな味わいのバランスを探り、あごんちょびは完成されました。

努力の甲斐もあって、あごんちょびは島の特産品をかけ合せた着眼点と品質の高さから、全国商工会連合会の「むらおこし特産品コンテスト」(2015年)で、グランプリの経済産業大臣賞も受賞しています。屈託のない笑顔で話す南さんですが、その背景には信念を持って突き進んだ力強い意志とバイタリティが下支えになったのは言うまでもなさそうです。

「先代が強烈な人だったんでね。今思い返せば、『商売をやれ』と声をかけてくれたことで一歩踏み出せたんです。仕事に対する向き合い方や佇まいとか、自然と先代の影響を受けているんでしょうね」

さらに南さんは、今年新たな商品『金の水餃子』を開発。長崎県産のアジのすり身と野菜をふんだんに使用した餡を、うどん作りで培った技術でもちもち食感に仕上げた皮で包み、金色に輝く自家製の焼きあごスープでいただく、という徹底したこだわり。

「あごんちょびは新聞などメディアにも出てよく売れたんですよ。でも、いざ全国各地の物産展で売ろうとすると、得体の知れない商品に1,200円っていうお金を使ってくれる人は少なかった。ここで成功するにはもっと万人ウケする商品で、しかも五島らしさを表現したものでなくてはならない。そこで考えついたのが、水餃子だったんです。試しにうどん用の小麦で皮を作って、アゴ出汁で風味をきかせた水餃子にしてみたら、めちゃくちゃ美味しくて。これはいける、と社員全員が手応えを感じましたね」

あごんちょびをしのぐ勢いで、金の水餃子は全国的に人気を博しているようです。食材を通じて上五島の魅力を伝えていくこと。それが自分たち世代の使命なのだと南さんは語ります。

「この島をまだまだ盛り上げたいし、若い人達が離れたくないような島にしていきたいなと思っていて。そのために五島の魅力を伝える食を提供し続けていくことが、私たち食品メーカーの役目だと思っています。これからも思いつく限り、2年おきくらいに新商品を開発していけたらいいですね」

新しいことにチャレンジして、島の魅力を伝えていきたい。その姿勢は『虎屋』の看板を背負う後継者ならではの力強さがありました。

上五島の生産者⑦  山田大さん(マルオト) -牡蠣-

漁港から700メートルほど離れた、水深18メートルのエリアで真牡蠣と岩牡蠣の養殖業を営んでいるマルオト。ミネラルやプランクトンが豊富な上五島の美しい海で育てられるマルオトの牡蠣は、1年でまるまると大きくなります。

冬が旬の真牡蠣は、身入りが良く、濃縮されたクリーミーな味わいが最大の特徴。生で食べることができるマルオトの牡蠣は、栄養豊富な海のおかげで、稚貝の時と比べて100倍程の大きさになるとか。これは一年牡蠣にしては珍しい大きさなんだそう。

今回の取材では、たまたま徳島から届いたばかりという岩牡蠣の稚貝を見せてもらいました。岩牡蠣といえば、その大きさが特徴ですが、稚貝ともなると2mmから3mmしかありません。稚貝がくっついているのが、ホタテの貝殻。青森や北海道の業者から余った貝殻を種屋が買い付け、そこに牡蠣を定着させて養殖場に送られてきます。

さて、マルオトでお話を聞いたのは山田大さん。大学を卒業してから29歳まで築地市場で働き、水産に関する知識と経験を蓄えました。幼少の頃から、上五島で家業を継ぐことを決めていたのだそう。

「五島列島は“神ってる島”。この自然が島の宝だと思うんですよね。だから島に生まれて良かったと思いますね」

上五島に奥さんを連れて戻り、牡蠣の養殖を続けて6年目。続けていく中で、大変に思うことはなかったのでしょうか?

「自分が好きでやっていることなので、大変だとは全く思わないんですよ。飲み過ぎた次の日の朝が辛いくらいで(笑)、本当に何のストレスもないです。悪いときは悪いようにしかならないから、考え過ぎないで、身体を動かして、やり方を変えたり、新しい方法を試行錯誤してきました。愚痴をこぼすくらいなら商売やめてしまえっと思うタイプなので」

そう熱く話す山田さんは、自分の仕事のみならず、島の一次産業全体についても強い思い入れがあるようです。

「島を出て生活をしてる同世代の仲間から話を聞くと、『島に帰りたくても、家族がいるから実現するのは難しい』という声が多い。働きざかりの30代で生活水準を落としてまで島に戻ってくるのは現実的ではないんです。その問題をフォローできるよう、若くてもきちんとした賃金で雇用を生む手助けをしていきたい。独立を支援するための技術の提供だったりね」

実際にマルオトではカンボジアからの研究生を受け入れて、仕事を教えていると言います。

「自ら勉強しに来ている分、やる気が違いますよね。一次産業で生計を立てられるようになりたいと、覚悟を持って来てくれているから、教え甲斐があります。顎で使ったりしないで、一緒に仕事したり、たまに羽目を外してみたりして、一緒に汗を流す。だから面白がってくれるので、毎年どんどん仲間がくるんですよね」

さらに、言葉に熱が籠る山田さん。牡蠣造りを通じて、島の魅力を伝えていきたいと語ります。

「水産業って稼げるし、格好いい仕事なのに、古臭い印象がある。だから僕ら30代が皆の印象を刷新させなきゃいけない。例えば、僕がスポーツカーに乗ってみるのもいいのかもしれない(笑)。それは冗談だとしても、色んな表現の仕方はあると思うんですけど、自分のスタンスで一次産業の楽しさを伝えていけたらいいですね」

そう話す山田さんの目は野心に溢れているものの、仕事に打ち込む男ならではの素敵な笑顔がその楽しさを物語っていました。

3日に渡る島の男たちの取材を終えて感じられたのは、どの人達もひた向きに、プライドを持ってものづくりに取り組んでいるということ。名うてのレストランのシェフ達がこぞって上五島の生産者に会いに行くのも、純粋に自分が追い求めるものを貫く求道者同士の交流があるからなのかもしれません。上五島の人達の仕事へ向き合う姿勢から、食材への信頼だけでなく、作り手への尊敬の念も生まれ、話を聞いた後にいただく上五島の味は、一際美味しく感じられました。この記事を読んでいただいた皆さんもきっと、東京で食べる上五島食材の見方、感じ方も変わるはず。その体験をぜひ2017年12月17日恵比寿「セルサルサーレ」で開催されるイベントで感じてみませんか?

上五島の幸を堪能できるイベントを開催!

更新: 2017年12月16日

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