Forage for food
まずはベテラン2人が登場

上五島の生産者に会いに行く。
食材の宝庫を巡る旅 #02

文 :冨手公嘉 写真:宮下直樹

豊かな食文化とのどかな環境。そして歴史的に価値のある教会などの観光資源に恵まれた長崎県の離島、五島列島。その中でも、メトロミニッツでは上五島エリアに食材の宝庫を巡る旅と題して、豊かな食文化を担う生産者たちの現場におもむき、お話を伺ってみることにしました。まずは定置網漁とアゴ漁の生産加工を続ける上五島のベテランたちのお話からどうぞ。

上五島の生産者① 松園文策さん(松園水産) -大型定置網漁-

朝7時は松園水産の船が定置網漁の漁場に向かう時間です。取材日はあいにくの雨でしたが、波は不思議と穏やか。松園水産がある若松島の最西・日島に到着すると、代表の松園文策さんはカマスの加工品の詰め合わせ作業をしていました。商品には先代の名前からとった『網元清兵衛』というシールが貼られています。

定置網漁とは、沿岸を回遊する魚を海中に設置した網に誘導して漁獲する漁のこと。松園水産から沖合へ300メートルほどの地点に仕掛けてある網のもとへと船で向かいます。船を進めるにつれ、松園さんや従業員の皆さんの背中には緊張感が漂います。

漁場に到着するやいなや、水深50メートルに仕掛けられた網を互いに声をかけながら、手際よく網を引き揚げていきます。1メートルをこえる大型のシイラをはじめ、カマス、ハギ、イカなどが網にかかり、数回にわたり掬い上げられ、漁船に用意された氷にすぐさま浸け込まれます。不思議そうに眺めていると「氷締めで仮死状態にすることで魚の鮮度を維持することができる」と忙しい合間に答えてくれる松園さん。1時間半ほどの漁を終え、カモメたちが待ち構える陸に戻ります。

陸に戻ると仕分けと梱包作業に移ります。その際に松園さんは、鮮度を保つために魚一匹一匹に活け締めをします。自律神経を破壊するために、魚の脳天から背びれにかけて通した細長い針を触らせてもらうと、こりこりとした背骨の質感が指先に伝わるほど。熟練の技が光ります。都内有数のレストランでも使用される松園水産の鮮魚。その理由の一端を垣間見た気がしました。

険しいまなざしで海を見つめる船上での表情とは打って変わって、陸にあがった松園さんの口ぶりや表情はとても穏やか。朝8時半、最後の出荷を終えたタイミングで、波止場で腰掛けて、松園さんとお話をしました。

松園さんが定置網漁を継いだのは25歳の時。家業を継ぐことは10代の時から決めていたのだそう。

「父親に『福岡の大学を卒業して、3年働いたら戻ってくるけん』と伝えて島を離れました。一度外の世界を見ておかないと、多分二度と知る機会がないかなと思ったのもあります。特別『漁師になりたい!』 と思ったことはないけれど、親父の背中を見てると自然と意識がそっちに向いていたので、上五島に帰ってきたのは自然な流れですね」と穏やかな口調で話します。

今年で還暦。35年に渡り定置網漁を続けてこられた理由について尋ねると、日々海と格闘している男ならではの答えが返ってきます。

「なすがままというか。自然の流れに身を任せていたら今に至りました。波がいつも今日みたいに穏やかだとは限らないし、嵐の日も大雨の日も漁に出る。獲れ高も価格も毎日変わる。その時々の状況を見て判断してきただけですね。船の上は戦場みたいなものです。漁師同士の会話を聞くと喧嘩しているようにしか思えないかもしれないけど、危険が伴うから緊張感を持って仕事に取り組んでいますね」

そんな言葉の後ろには、この島で漁を続けてきた誇りを感じ取ることができます。

ちなみに松園水産は我々が同行させてもらったように、観光に訪れた人や地域の小中学生向けの体験教室を開いています。それは、定置網の灯火を絶やさないためなのだそう。

「漁師の担い手は減ってきているけど、上五島の経済の半分くらいは漁業で成り立っていますから、しっかりと次の世代に繋いでいきたい。上五島の食育の一環として、例えば食卓に並ぶ魚を眺めたときにでも、一緒に漁に出て、定置網漁で体験したことを思い出してくれたら嬉しい。東京に行って、漁業や上五島の魅力を言葉で伝えるということもできるだろうけど、百聞は一見に如かず。生で見て体験してもらうと理解度が違いますから。食材を気に入ってくださったら、是非一度足を運んでのんびり上五島で過ごしてもらえたら嬉しいですね」

上五島の魚の美味しさ、そして漁業の魅力を伝えるため、明日も松園さんは漁に出ます。

上五島の生産者②  畑下直さん(はたした) -焼きアゴ(飛魚)-

毎年9月から10月にかけて、十字の地形をした上五島の北東部の海域には、季節風とともに対馬海流に乗って、アゴの群れがやって来ます。アゴ漁がはじまるこの季節は上五島の漁師たちは忙しくなり、街全体に活気が溢れるのです。2隻の船で蛇行しながら飛んでくるアゴを捕まえるアゴ漁は、どんなに舩に強い人でも確実に酔うほど過酷なのだそう。よほど天気に恵まれた日でないと同行は難しいようで、今回の旅では泣く泣く断念。

最近では料理の出汁としても親しまれているアゴ。続いては、焼きアゴなどの加工品を製造している『はたした』を訪ねました。風通しのいい高台にあたる加工場の軒先で炭火焼きする様子や室内で加工する様子を見せてもらいつつ、お話を代表の畑下直さんにお話を伺いました。

元々漁協の職員としてアゴ製品の営業をしていたという畑下さんが、会社を立ち上げたのは今から13年ほど前になります。

「父親がアゴ漁の網主をやっていたんですけど、当時は今みたいに漁協もアゴ加工を営ん
でいなくて、冷凍設備も整っていなかったから、アゴ漁を新たに始めようという漁師はいな
かった。昭和60 年代から漁協が加工を始めてからは、アゴの加工品が浸透していき、原料が必要となったのでアゴ漁師は増えていきましたね。昔は各家庭の庭先でアゴを炭火で焼いていたのですが、手間暇がかかるから、高齢化が進むとともに、その光景は減っていきました。炭火焼きの美味しさを残していきたいという思いで、自分で会社を作った方が良いと思って起業しました」

アゴの加工手順は、その日穫れたアゴを真水で洗浄して串に刺し、もう一度水洗いしたら、その日のうちに炭火で焼きます。赤く焼ける炭の上に、マスゲームのようにアゴが並べられていきます。青々とした背びれが時間の経過とともに美しく焼き上がっています。焼き目を調整するのには、熟練の技が必要。

「焼きすぎると身が固くなるし、焼きが甘いと乾燥したときに生臭くなってしまう。焼きムラを作らないように加減しながら丁寧に焼き上げる作業は、私がやるより女性の方が上手やけん任しちょる」とはにかみます。焼き上がったアゴは5日間かけて乾燥されます。

自らも漁に出て、会社の代表として商品開発に取り組む日々については「体力的にキツいと感じることはあるけど、何より楽しいから辛いと思ったことは一度もないですね。自分で触って自分で表現していくのが好きなのでしょうね」と話します。

昨年は大手企業が参入したこともあって、アゴの市場価格が4-5倍に高騰しました。

「最近は、隠し味としてアゴの粉末などを使う若い料理人が増えてきたなと感じます。去年の高騰で注目を集めましたが、いずれ値崩れする時期も来るだろうし、その時にもきちんとアゴの良さを分かっている人たちがどれくらいいるのかが鍵じゃないですか。そのために高い品質を維持して、技術改革することが僕たちみたいな小さい会社のやるべきことだなと思います」。注目されていることに関しては嬉しい反応を示しつつ、長年この世界で仕事をしていることもあって、冷静な反応。

去年『だしソムリエ』の資格を取得したという畑下さん。これからもやりたいことは尽きないようです。

「コンベアに並べてガス焼き加工する業者も多いけど、串に刺して炭火で丁寧に焼き上げた味には及ばない。炭火焼きの品質の良さは残して伝えていかないといけないと思いますね。実際に焼いているところ見たり、食べ比べた人がその価値に気付いてくれるはす。だから、今後ここで炭火焼きのワークショップを開催して、軒先で食べられるように準備していきたいんです」と熱心に語ります。

取材後に焼きたてのアゴをいただきました。こうした畑下さんたちの拘りがあるからこそ、この地区ではの風物詩として焼きアゴの香りが漂い、その想いはこれからも何人もの担い手に受け継がれていくのかもしれません。

上五島の幸を堪能できるイベントを開催!

更新: 2017年12月2日

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