日本の中華料理 # 9

私が30年近く通い詰めて味わったものコラム②

浜井幸子さん と 中国料理

沢木耕太郎の『深夜特急』が刊行された前年の1985年、19歳だった浜井幸子さんは初めて中国を訪れた。そして瞬時に中国の虜になり、バックパッカーとなった。会社を辞め、アルバイトを繰り返しては中国へ渡る日々。テレビで猿岩石がユーラシア大陸をヒッチハイクで横断した前年の1995年には、中国に通うクセを何かに生かさねばと焦った浜井さんは書籍『おいしい中国屋台』の刊行に成功する。かれこれ約30年、今も変わらず中国に通い続ける浜井さんがこれまでに体験してきた本場の料理のことを紹介するのが本ページ。浜井さんが「食べてみて初めてわかる! 本場と日本の中華料理の違い」を語ります。

中国で食べる料理を 「中国料理」というのは難しい!

今から約30年前、初の海外旅行は、神戸から鑑真号という船で行った上海と蘇州のツアーだった。上海の中華料理は、油ギトギトで神戸の中華料理とは違っていた。その後、1人で行った上海、洛陽、西安、北京の中華料理もしかり。どこで食べても大量の油、しかも品質の良くない油を使っているので、脂っこく、味が濃かった。私が生まれ育った神戸は、戦前から南部の広東省や福建省からやってきた中国人が多く住んでおり、広東や福建の本場の味が食べられる街である。私にとって中華料理とは、あっさり薄味の広東や福建料理だったのだ。しかし、中国で食べたのは、上海を除けば、主に北方や西北の料理だった。
日本の約25倍もの国土を持ち、気候の差も大きい大陸では、南北で主食も違えば、地方ごとに料理の味付けも異なる。例えば、中国には「南甜北鹹東酸西辣」と言う言葉がある。これは「南は甘く、北はしょっぱい。東は酸っぱく、西は辛い」という意味で各地の料理の特徴を表している。こんな大国の料理を「中国料理」という言葉でひと括りにはできない。また、中国料理には「八大菜系」と呼ばれる料理の系統がある。山東、江蘇、四川、広東などの8種類の料理を指す。中国には、地方料理がいくつもあると思えば良いのかもしれない。私は、しょっぱい味を好む北京やしびれるほど辛い味を好む四川にいても、いつも地元・神戸で慣れ親しんだ広東や福建料理の味を求めていた。口に合う料理に出合えないのは当然だった。

「八大菜系」

例えば、国民の9割以上は漢民族ですが、残りの“少数民族”でさえ55民族、約1億人もいます。気候も、最も寒い地域の1つ、黒龍江省の漠河鎮の1月の平均気温は-30.6℃ですが、新疆ウイグル自治区トルファンの過去最高気温は49.6℃だそう。つまり、単に「中国料理」と言っても、民族、気候、歴史や地理ごとに膨大な種類の料理があるのは当然。地域別に見れば、8つの菜系(「菜」は「料理」の意味)に分けることができます。ちなみに「中国四大料理」と言えば、北京、上海、広東、四川料理です。

山東菜系(さんとんさいけい)

ニンニクなど香り高い料理が多く、彩りは鮮やか。塩味しっかりめで、海鮮料理、スープ料理も多い。北宋時代に起源がある中国最古の食文化。

左から
写真① 北京ダック[ 北京]日本では、北京ダックと言えば、皮しか食べないが、中国では皮、肉ともに食べる。春餅に巻くところが、粉ものを主食とする北京らしい。
写真② 地三鮮[東北部]じゃがいも、ナス、ピーマンの炒め物。東北地方は家庭料理っぽい炒め煮が多い。辛みがある調味料を使わないので日本人向き。
写真③  大盤鶏[ 新疆]新疆ウイグル自治区一帯で食べられ ている鶏肉とじゃがいものピリ辛煮 込み。新疆はイスラム教徒が多い地 方なので、羊、牛、鶏肉料理が中心。

 

江蘇菜系(こうそさいけい)

東西南北、各地の文化が融合する中継地で、多種多様な料理が食べられる地域。農産物、長江・東シナ海で獲れる魚など、食材の豊富さは抜群。
写真/清燉獅子頭[ 江蘇]
豚肉団子スープは、とろ火料理を得意とする江蘇省を代表する料理。江蘇料理は塩、醤油、酒で味を調えるものが多いあっさり系。

安徽菜系(あんきさいけい)

山で採れた野草、野生動物を用いた料理が多い。薬膳料理も発達。味付けは濃いめで、油分も多め。とろみを付けてこってりした料理が代表的。
写真/紅焼臭桂魚[ 安徽]
スズキに似た桂魚の醤油煮込み。徽菜は、とろ火の煮込み料理やしょうゆ味のとろみ料理を得意としており、味付けは全体的に辛め。

浙江菜系(せっこうさいけい)

味付けは、塩味でさっぱり系。調理法は精緻で、盛り付けは鮮やか系。丘陵地帯の野菜・野草、海産物、湖産物など、食材が豊富。

福建菜系(ふっけんさいけい)

塩分は抑えめで淡白、甘めの料理が多い。半島や島が多く、平地が少なめのため、海岸部、山間地域で用いる食材の地域差が明確。

広東菜系(かんとんさいけい)

最古の貿易港を擁し、昔から世界各地の美味が集まった食の中心地。「4本足のものは机以外食べる」と何でも食材に変える地域としても有名。
写真/白切鶏[ 広東]
広東省一帯で食べられているゆで鶏。塩、しょうが、ネギで作ったタレは鶏肉の味を邪魔しない。食材の持ち味を大切にするのが広東料理。

湖南菜系(こなんさいけい)

こってり濃厚な激辛料理が多い地域で、四川の「麻辣」(マーラー)に対し、湖南は「酸辣」(スワンラー)。辛みの他、酸味が効いた料理が特徴。
写真/蒸菜[ 湖南]
湖南料理は、四川料理と同じように豆板醤や唐辛子を多用するので辛いが、油は控えめなので軽い食感。蒸すだけで調理する蒸菜が有名。

四川菜系(しせんさいけい)

唐辛子などの香辛料を多用した、辛い料理が充実。夏と冬の寒暖の差が激しく、湿度の高い盆地気候のため、発汗を促す料理が発達したよう。

左から
写真① 中国の担々麺は、本場の四川省だけでなく、どこで食べても汁なし。四川省のものは、ゴマダレも入っているが、ラー油たっぷりなので激辛!
写真② 担々麺[ 四川]中国の担々麺は、本場の四川省だけでなく、どこで食べても汁なし。四川省のものは、ゴマダレも入っているが、ラー油たっぷりなので激辛!
写真③ 回鍋肉[ 四川]もともとは四川料理だが、中国全土で食べられる。豆板醤で味を付けるが、地方によって使用する野菜は様々。写真は甘粛省の回鍋肉。

日本人にお馴染みの料理は、 中国では見つからない

私が本場との味の違いに戸惑いつつ、中国の旅を続けていた90年代、多くの日本人が中国を旅していた。しかし、中国の食堂には日本人が知っている料理がほとんどなく、彼らはお馴染みの料理を見つけてはそれらを注文した。
その”お馴染み“とは、麻婆豆腐、青椒肉絲、回鍋肉、古老肉(酢豚)など、いわば、「クック ドゥ」シリーズといった市販の中華調味料にラインアップされているような日本で定番の中華料理のことだ。ただ実際に食べてみると、味付けや食材の違いに同じ料理とは思えないことの方が多かった。
例えば、回鍋肉。回鍋肉は、豆板醤や唐辛子などを多用した辛い料理で知られる四川省の定番料理だ。成都で初めて食べた時、「キャベツが入っていない! どうして辛い?」と、これが回鍋肉とは思えなかった。四川の回鍋肉は、ニンニクの芽を使い、甜麺醤ではなく、豆板醤を使うので辛い。日本の回鍋肉は、四川省出身の陳建民さんが、日本人の好みに合わせて作った料理だと言われているが、まさにその通りだった。ちなみに回鍋肉は、四川料理と言っても、中国全土で食べられる国民的料理の1つ。地方によって味付けや食材のバリエーションが豊富だ。北京や河北省では玉ねぎを、西安や張掖などの西北部では、ピーマンやニラを使う。味付けは、豆板醤や唐辛子を使い、日本のように甜麺醤を使うところはない。
麻婆豆腐も成都が本場だ。元祖麻婆豆腐の「陳麻婆豆腐店」では、麻婆豆腐の表面が黒くなるほど花椒がかかっていた。これが四川料理の特徴の「麻」の素で、しびれるような辛さを指す。四川人以外のお客は、表面の花椒をレンゲですくい取り、床に叩きつけてから食べていた。他の地方の中国人でも辛いのだから日本人には辛いのは当然だった。
また、酢豚を指す「古老肉」は、中国ではまず見かけない。古老肉とは、広東料理の呼び方なので、他の地方では「糖醋里脊」と言う。これは、唐揚げにした豚スペアリブの黒酢あんかけで、一度食べると、ハマってしまう日本人旅行者続出の人気料理だ。しかし、糖醋里脊には、古老肉にはつきもののパイナップルは入っていない。骨付きの豚肉だけを使う地方が多く、甘みも控えめで大人の味だが、古老肉ではない。お馴染みの中華調味料料理は、日本ならではのものだったのかと気づくことになるのだ。

日本在住の中国人は、 日本の中華をどう思っている?

では、日本在住の中国人には、日本の中華料理は口に合うのだろうか。中国人は、故郷以外の味を美味しいと褒める人は非常に少ない。地方によって味付けが大きく異なることも理由の1つだが、中国人は、故郷の味に対する愛が日本人よりもずっと深い人たちなのだ。
京都大学の留学生に尋ねてみた。広東、四川、安徽、江蘇、山東省など、出身地は異なるが、答えはほぼ同じ。「日本の中華料理は味が薄く、日本化している」だった。また、安徽省出身の学生以外は、「油が足りない」と言う。本場の中華料理で、日本人が一番驚くのは、大量の油を使うことだ。最近の中国人は90年代に比べ、健康を意識して脂っこい料理を食べない人も増えていると言うが、中華鍋で卵焼きを作るところを見ると、油で揚げているに近い。こうでないと美味しくないと言うのだ。
日本人の好みに合わせて油控えめで、塩みや辛みも抑えた日本の中華料理は、やはり「日本の料理であって、中国の料理ではない」。

浜井幸子

1966年、神戸生まれ。19歳の時、鑑真号就航の年に人生初の海外旅行で中国を訪れ、何が飛び出してくるかわからないお国柄に魅了される。その後、成都と北京に留学も経験。現在は中国のみならず、アジア圏の食と旅をテーマにしたライターとして活動中。

Text:浜井幸子
※こちらの記事は2016年6月20日発行『メトロミニッツ』No.164に掲載された情報です。

更新: 2017年6月20日

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