日本の中華料理 # 7

日本の四川料理の父
陳建民物語

麻婆豆腐、回鍋肉、エビのチリソース。今や定番のこれらの中華料理を日本中に広めた、四川飯店グループ創業者の陳建民氏。彼の功績は、日本の中華料理全体の進化と発展にも大きく貢献した。ここではそんな「四川料理の神様」の歩みをたどります。

中国各地の店をさすらった修業時代。 その経験が日本の中華料理の進化にも たらしたものとは?

一代で日本の四川料理の基礎を築き上げたカリスマシェフも、息子の建一さんには優しかっ たそう。現在、全国に四川飯店、スーツァンレストラン陳、陳建一麻婆豆腐店など13店舗を構 えるグループに成長し、最近では建一さんの長男、建太郎さんも最前線で活躍している。

陳建民氏は1933年、14歳の時に故郷の四川で料理人のキャリアをスタートさせる。しかし、師匠からはいつまでたっても料理を教えてもらえないため、お客へ運ぶそばに少し指を入れ、なめて味を覚えていた。見て習って、技を盗む。この考え方は、今も四川飯店の伝統として息づいており、皆が鍋の底に残った先輩の料理をひと口とって学んでいるという。さて、建民はその後、腕のよさと人のよさを見込まれて、上海、台湾、香港など各地を渡り歩くことに。なかでも、香港での5年は、彼の料理の腕をさらに高めた。海がない四川出身のため、香港での海鮮類の充実ぶりに目を見張り、どう料理するか熱心に研究を行った。また、食材のみならず、広東料理や上海料理、山東料理に潮州料理…と、香港にはさまざまな地域の料理が集まっていたため、調理法のバリエーションも身に付けた。となれば、もちろん店は連日大盛況。しかしながら、1952年に店をいったん畳み、ふと、2ヶ月程度のまだ見ぬ日本への観光旅行を思いつく。後に、「四川料理の神様」と称えらえる建民さんの来日理由が、「観光」だったのだ。
実はその際、建民は包丁、鍋、お皿を鞄に入れていた。軍資金がなくなるようなことがあればこれで…との考えだったが、まさかそこから40年近く日本に滞在するとは、彼自身も想像していなかったのだろう。

「私の四川料理、ちょっとインチキね」。 その言葉の意味するところ

日本滞在中、知人からの依頼で外務省官邸のゲストに向けて料理を作るようになった建民。いつしか、日本に家庭を持つまでになった「さすらいの料理人」に、1958年、転機が訪れる。当時中華料理の名門店がひしめく田村町(現在の西新橋付近)に、念願だった「田村町四川飯店」をオープンさせたのだ。当時は四川料理と言われてもピンとこない日本人にも受け入れられたのが、麻婆豆腐。「私の四川料理、ちょっとインチキね。でもそれはよいインチキね」という建民の言葉が残っている。それは、日本の枠の中でどうしたらベストな四川料理が作れるかと試行錯誤した上での「工夫」だった。四川料理に欠かせない豆板醤が手に入らない。ならば、自分で作る。山椒は、日本と四川ではまったく風味が異なるので入れない。そして、味の基本は変えずに辛みを穏やかにする。回鍋肉も本場では使わないキャベツやピーマンを加えてみたらおいしかった。エビのチリソースも、生トマトを刻んで炒めたソースや、醤油も使ってみたりと、紆余曲折を経て、今おなじみのトマトケチャップを使ったソースの味に落ち着く。初めて食べる四川料理の味わいに日本人は驚き、やがてそのおいしさに魅了されていった。こうして建民は、日本人の口に合うようローカライズされた四川料理を作り、広めていったのだ。

NHK『きょうの料理』に出演。 一躍、四川料理が日本の食卓へ

≪陳 建民のDNAを継ぐ店≫ 陳 建民氏の息子である建一氏による本格四川料理店。痺れる辛みの陳麻婆豆腐はあまりにも有名。コースだけでなく、アラカルトメニューも充実している。 Tel 03・3263・9371 東京都千代田区平河町2・5・5 全国旅館会館ビル5・6F 11:30~15:00(14:00LO)、17:00~22:00(21:00LO)  無休(年末年始のみ休)

田村町に四川飯店をオープンした頃、建民はNHK『きょうの料理』に頻繁に出演する。料理を説明しながら、「イカやエビ、着物をつけてお風呂に入れましょ。長湯はダメよ。イシモチないとき、どんな魚でもOKね。でも、ヤキモチだめ」と、独特のユーモア溢れるトークで、たちまちお茶の間の人気者となった。この番組出演により、四川料理の知名度が一気に上がり、家庭で作れるおかずとして認知され始める。番組ではさまざまな四川料理を披露し、なかでも麻婆豆腐にリクエストが殺到。この人気は、様々な中華の合わせ調味料の誕生を後押ししたともいわれている。かくして四川料理は、日本中で親しみのある中華料理となっていった。
さらに、建民が番組内で説いた「料理は愛情を込めて」という教えも、視聴者の心を掴んだ。「父は、調理場で弟子たちに、〝あなた 彼女 作る いいま〞と声をかけていました。〝あなたは大切な彼女(家族、友人)に、心を込めて料理を作りなさい〞という意味ですが、今もその言葉は心に留めています」と、建民の跡を継いだ「中華の鉄人」、息子の陳建一氏は言う。彼を筆頭に、全国にいる大勢の弟子たちの心のなかには、先代亡き今も中華料理への「工夫」と
「愛情」が息づいている。それこそが、日本ならではの中華料理文化を築き、今後も進化していく土台となるのかもしれない。

Text:浅井直子
Photo:今井広一
※こちらの記事は2016年6月20日発行『メトロミニッツ』No.164に掲載された情報です。

更新: 2017年6月20日

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