日本の中華料理 # 2

来日してから約25年インタビュー
本物の料理を伝える人々、
中国と日本の違いを語る

香港で話題となっていたヌーヴェル・シノワ(新しい中華料理)が日本でも人気を博したのが1980年代後半。一方、その頃、中国からの輸入食材も入手しやすくなり、東京には本場をうたう店も増えていた。やがて、バブル崩壊。そんな時代だった、今から約25年前。このお二人が来日されたのもその頃でした。料理研究家のウー・ウェンさん、シェフの孫成順さんはいずれも1963年北京生まれで、来日もわずか1年差。同様に料理の仕事をされていますが、家庭料理とレストラン料理、活躍の舞台は異なります。そして、それぞれの舞台の上で様々模索しながら、本物の中国料理を日本に伝えてきたお二人。中国と日本の料理について、今、思うところをお聞きしました。

日本の中華料理は、国民性と風土がもたらしたもの

1963年北京生まれ。1990年来日。1996年、雑誌で紹介した小麦粉料理が評判となり、料理研究家となる。1997年より「ウー・ウェン クッキングサロン」主宰。現在、その教室は、19年間通っている人もいるというほど。心も身体も健やかに保ち、豊かな日常を育むウー・ウェンさんの家庭料理は多くの人を惹きつけている。また、「ウー・ウェンパン+」(鍋)など、オリジナル台所道具もプロデュースしている。
ウー・ウェンクッキングサロンHP http://www.cookingsalon.jp

料理研究家 「ウー・ウェンさん」

私が日本でずっと伝え続けてきたのは、中国のごく普通の家庭料理。それはお店で食べる凝った中華料理とは違い、シンプルに調理された、季節の食材の持ち味を生かした料理です。その根底にあるのが「医食同源」。つまり、毎日の食事を大切にすることが病気を予防する最善の策であり、医学に通じているという考え方です。たとえば、初夏は気温の変化で身体がバテがちなため、解毒効果や食欲増進効果のある香味野菜を多く使ったり、秋は夏の暑さで疲れた身体を休ませリセットしてくれるキノコや木の実などの食材を取り入れます。また、餃子は日本でも人気がありますが、具材は豚挽肉・ニラ・キャベツが定番ですよね。私が生まれ育った北京では、餃子は主食として毎日のように食べるもので、旬の食材をふんだんに使い、中の具材は日々変わるのが当たり前です。
中国料理が日本で独自のものとして確立された理由は、日本人の国民性と風土と関係が深いと思います。料理に限らず、日本人は新しいものを取り入れて自分のものにする能力に長けていますよね。フレンチもイタリアンも上手に取り入れていますし、さらに進化させていると思います。その背景の1つには、国の成り立ちが関係しているのでしょう。大陸で多民族国家の中国では地方ごとの特色がはっきりとあり、自分たちの文化を守ろうという意識も強い。逆に、日本は島国で単一民族であるせいか、文化を守ろうとする意識よりも、他国の文化への好奇心が勝って、柔軟な感性が育ったのだと思います。
また、日本の風土が育んだものに、水の文化がありますね。豊かな水源があり、蛇口をひねれば綺麗な軟水が出てくるのは世界でも稀。来日当初、日本人が水の味や匂いについて話しているのを聞いた時は、その繊細な感性に驚いたことをはっきりと憶えています。日本の独特な出汁文化も日本人の繊細な味覚とも密接な関わりがあるのではないでしょうか。日本の出汁は鰹節、昆布、煮干し、いずれも短時間で取ることができますが、美味しい水あってこそ。
一方、中国は油の文化です。連綿と続いてきた中国料理を支えてきたのは油の存在。揚げる、炒めるなど油で調理するという料理法には食材を美味しくするだけでなく、高温に熱した油で滅菌して安全な状態にするという意味も含まれます。さらに、油でサッと火を通すことで、食材の水分も保つことができ、油の旨みも加わって、味や食感などの素材の持ち味がより生きてきます。中国でごくシンプルな野菜炒めを食べたらとても美味しかった、という声をよく聞きますが、それは油の為せる技。日本では体に悪いと敬遠されがちですが、油は天然の旨みであり、身体の循環を促してくれる効果もあるのです。だって、中国人にそんなに太った人は少ないし、肌だってツヤツヤでしょう(笑)。
料理が生まれる背景には、風土が密接に関わっているんです。

青椒肉絲に衝撃。でもそれが、本当の味を知るきっかけになる

1963年北京生まれ。中國名菜「孫」オーナーシェフ。25歳で、当時、「50歳以上でなれるか、なれないか」と言われた中国料理最高位の「特級厨師」の資格を取得。91年に来日し、有名ホテルやレストランの料理長を歴任。2007年、六本木に中國名菜「孫」をオープン。2010年には阿佐ヶ谷店、日本橋店もオープン。伝統的な中国料理をベースに、旬の素材を活かした繊細かつ大胆な料理、その親しみのある人柄と分かりやすいレシピで、雑誌やテレビ番組でも活躍。
www.son-seijun.com

中國名菜「孫」 オーナーシェフ 孫成順さん

青椒肉絲、回鍋肉にエビチリ。28歳で来日当時、お客さんからの注文は、ほとんどがこれらの料理でした。正直、ショックでした。どれも中国では家庭料理で、プロが作る料理ではないですから。
料理人として中国で実力を認められていた僕は、日本で本場の味を伝えるべく気合いが入っていました。なのに、家庭料理ばかりが求められる。中華料理は青椒肉絲や回鍋肉だけと思われていることも、どれも正しい作り方ではないことも、そして何より、日本人好みに変わっている味も残念でした。
本場の料理を、自分の味を守りたい。拙い日本語では思いを伝えられない分、料理は正直に作ろうと思いました。肉だけで作る料理に「野菜を入れて」と言われると、プロとしてのプライドから、「だったら別の野菜料理を作ります。嫌なら帰って」と、時にはケンカ腰に。次第に「孫さんは面倒臭い」と言われるようになりました。
でもそのうち、気がついたことがあります。その1つが、食べる早さ。中国人は、出された料理は一気に食べます。美味しいうちに食べることが作ってくれた人への礼儀でもありますから。対して日本人は、食べるスピードがゆっくり。それは、料理の味わいにも影響します。たとえば、中国本来のスープたっぷりの水餃子は、のんびり食べていると餃子がスープを吸いすぎてしまう。だから、日本人には焼き餃子の方が美味しく感じられるのかな、とか。また、よく「中国料理は脂っこい」と言われます。確かに油を贅沢に使いますが、決して脂っぽくはありません。でも日本人みたいに遠慮しながら取り分けてゆっくり食べていると、炒め物でも油がどんどん下に落ち、結果、脂っぽく感じてしまう。そういう食べ方の違いを知ると、中華料理が日本風に発展した理由がわかるような気がしました。
ちなみに、僕が好きな日本食は刺身。味噌汁も、昔は絶対に食べなかった塩辛や納豆、生卵も大好き。良い卵が手に入ると「卵かけご飯にしよう」と思うくらいです(笑)。日本での暮らしが長いから、日本の美味しさも共有できるようになった。そう思うと、最初は衝撃的だった青椒肉絲にも納得できました。最初は日本人の好みに合わせた料理が、本物の味を知るきっかけになるのですから。15年前、酢豚に黒酢を使うと、「日本人は黒酢を食べ慣れていないからやめて」と言われましたが、今はどこも黒酢の酢豚を出しているでしょう?
日本の中華料理も、本場の味に近づいてきている気がします。
本場の味を知ってもらうには、皆が食べたい料理を美味しいと思ってもらうことから始めよう、ここは日本だから――。そう思って以来、青椒肉絲も喜んで作っています。僕も丸くなったなぁと思いますが(笑)、今、「(メニューは)シェフにお任せします」というお客様が増えて光栄です。豊かな日本の食材で、もっと美味しい料理を楽しんでもらえるよう頑張りたいですね!

Text:森亜紀子、松田亜子
Photo:松岡一哲
※こちらの記事は2016年6月20日発行『メトロミニッツ』No.164に掲載された情報です。

更新: 2017年6月20日

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