”コク”って何?#3

『コク語辞典』を引いたら。
様々な人たちの用語解釈集③

小林幸司さん
杉本敬三さんの場合

Photo 牧田健太郎 Text 唐澤理恵

少し肌寒くなり、いよいよ本格的な“コク”の季節が到来しました。あの「ミルクのコク」なんて言う時の“コク”です。皆さんは、その言葉の意味を説明できますか?「コクがあってマズい」とは言いませんので、必ず「おいしい」につながることまではわかりますが、頭の中のイメージをまとめるのはなかなか難しく、これまで私たちもぼんやりしていたのです。誰でも知っている言葉なのに、調べてみる限り、どうやらきちんとした定義も確立されていないようで、解釈もきっと人それぞれ。そこで今月の特集は、“コク”に迫ってみたいと思います。様々な方に“コク観”をお聞きして、アーカイブ化。それを『コク語辞典』というカタチで展開したいと思います。

様々な人たちの用語解釈集

『コク語辞典』を引いたら。
コクとは何か?を探るためにまずは、東京で活躍される料理人・作り手の方々のコク語辞典を引いてみました。ここに登場するのは、各店のメニューの中で最もコクのある料理や飲み物です。どうぞ、コクをイメージしながら、ご覧ください。

こく【小林幸司さんの場合】

全ての食材に潜在的に存在するもので、調理することで現れる。温度や形状などの違いで印象が変化する、多面性のあるもの。
―――「リストランテエッフェ」シェフ(銀座/イタリア料理)

アクもまた味わいにする“コク使い”の名手

「コクは、塩辛い、甘いなどの味わいとはもちろん違いますし、うま味でも味の濃淡でもない。調理する前の食材にコクがあるという表現も使いません。食材を調理することで初めて出る味覚の“引っ掛かり”のようなもので、コクにも種類があると感じます」と話す小林さん。今回はその種類を比べるべく、同じグァツェットを使った2品を用意してくれました。エビや香味野菜を長時間煮詰めたグァツェットがうま味をたっぷり含んでいるのは想像に難くありませんが、コクがあるのにすっきりとした冷製のゼリー仕立てと、コクがありどっしりと濃厚な熱々スパゲッティでは、“引っ掛かり”=コクを強く感じられるのはやはり後者。つまり同じものでも、温度や形状などの条件が違えば、コクの感じ方が変わることが分かります。

【スカンピエビのグァツェットのゼリー仕立て スカンピとキャヴィア添え】/【スカンピエビのグァツェットといちょうガニのスパゲッティ】
どちらのメニューも、手長エビの頭や殻をトマト、香味野菜、ハーブとともに炒めて煮詰め、ミキサーにかけてから濾したグァツェットがベースだが、コクの感じ方は全く違うものに。「ゼリー仕立て」では生のエビを合わせた冷製にすることで、感じられるコクは控えめ。しかし、濃厚なフランス産いちょうガニを合わせた熱々のスパゲッティは、コクをぐっと強く感じることができる。「食材に秘められたコクを、温度や形状を変え、どう表に引き出していくのか。それこそが料理人の仕事なのでは」と小林さん。(左1,512円、右2,160円)

「本来はこのゼリー仕立ても、スパゲッティ同様、ひと皿でワインが1杯いけるくらいのコクがあるはず。それを見せるか見せないかは、料理人がどう表現したいかに尽きると思います」。そして、小林さんがコクを語る上で外せない要素こそ、料理の世界では悪者にされがちなアク。「エッフェ」ではどんな料理でも、アクは引かずに一緒に調理するのだとか。「えぐみや雑味も味わいのうち。それらがコクの幅を広げますから」。

小林さんの言う“幅”とは、例えるならば人間の面白み。「雑味が多くて人間くさい奴ほど、すぐ他人と仲良くなるし、ピュアでストイックな人って面白くない奴が多いでしょ(笑)。食材も同じで、他の素材と繋がって、味の広がりを生む要素が多いほど、コクに繋がるのだと感じます」。曰く、突き詰めて突き詰めて、クリアに仕上げたものより、多数の食材を長時間調理したものほどコクを感じやすいのだそう。そしてどんな食材も面白み、つまりコクの可能性を平等に持っているものなのだとか。それらの可能性をどれだけ引き出し、コクとして表現できるのか…これこそ、プロの料理人の腕の見せどころというわけなのです。

小林幸司さん
1958年、愛知県生まれ。89年渡伊、名店「リストランテ・ヴィッサーニ」に入店し、料理長に。帰国後、軽井沢に1日1組限定の店「フォリオリーナ・デッラ・ポルタ・フォルトゥーナ」をオープン。2015年「リストランテエッフェ」オープン。

Ristorante Feffe
☎03・6228・6206
東京都中央区銀座2・4・6銀座Velvia館8F
営12:00~14:30(13:30LO)、17:30~22:00(21:00LO)無休

コク【杉本敬三さんの場合】

うま味の深み、厚み。作り手の「仕事」と「時間」の積み重ねによって生み出されるものであり、フランス料理の根幹を支えるもの。
―――レストランラフィネス」シェフ(新橋/フランス料理)

煮込む、時間をかける。そんな正統派フレンチの工程がコクを生む

「フランス料理こそコクの塊」と語る杉本さん。「醤油や味噌などコクのある調味料を使う和食と違い、フランス料理はソース1つでも、全て一から作る。煮込む工程が生む深いうま味、つまりコクが重要なのです」。原点は、ベルサイユでフランス宮廷料理が確立された近世。歯の弱い国王が、噛まなくても肉を味わえるよう作られたのがコンソメスープでした。

【月の輪熊のコンソメスープ】
この1杯を作るのに約500gの月の輪熊を使用。複雑な味わいの濃厚な1品。杉本さんがコクを意識するのは、うま味に加えてアクや栄養が多い食材。熊肉はその最たるものだそう。好みでトリュフバターを加えると、さらにコクが豊かに。(23,760円のコースより/サ別)

「贅沢な素材をひたすら煮詰めてスープを作る。そこにフランス料理の本質があると思います」。それは、昨今流行の素材を生かした軽い料理とは一線を画すもの。「ワインと同じですよ。1,000円台でも美味しいワインはあるし、軽い料理には最適。でも長時間かけて作ったコクのある料理には、高価なヴィンテージワインが合うものです」。料理人が腕を振るい、時間をかけて作るものにこそ、深みが宿る。ゆえに「ラフィネス」の仕込み開始時刻は、なんと朝の9時!王でなくとも極上のコクを味わえる、ありがたい場所なのです。

杉本敬三さん
1979年、京都府生まれ。幼少期から料理人を目指す。99年渡仏。在仏4年目にシュノンソー「ボンラブルール」シェフに。12年間の滞在ののち帰国、2012年「レストランラフィネス」オープン。

Restaurant La FinS
☎03・6721・5484
東京都港区新橋4・9・1 新橋プラザビルB1F
営18:00~24 :00(19:30LO)
土曜のみランチあり12:00~16:00 (12:30LO) 日・月定休

こく【金子隆一さんの場合】

心地良いと感じられる、優しいうま味、美味しさ。手間暇かけた料理にこそ生まれ、料理人の技術、考え方、気持ちが反映されるもの。
―――「和風フレンチイチリュウ」シェフ(六本木一丁目/フランス料理)

一番出汁的ブイヨンで作る、“食べ疲れ”しない優しいフレンチ

フランス料理で多用するバターやクリームは、一般的にコクを感じやすい食材ですが、金子さんが提案するのは、それらを極力使わないフランス料理。「ランチでフルコースを食べ『お腹が苦しいから、晩御飯いらないね』と話すのは何か違う。そもそも日本人はバターやクリームを大量に摂取できる体質ではありません」。

【海の幸のサラダ青海苔のジュレ】
魚介と野菜のボイルに、青海苔入りホタテスープのジュレを合わせて。磯の香りを持つ食材こそ、コクを意識するという金子さん。「コクが入ることで磯臭いだけにならず、魚介や野菜の繊細な味わいが引き立つのです」(7,500円、10,000円、12,000円のコースより)

金子さんが一度フランス料理の常識から離れて見つけたのが、和食の出汁。「フランス料理のブイヨンはそのまま飲むと物足りない味ですが、和食の出汁はそのままでも美味しい。だからブイヨンでもベースにしっかりとうま味を持たせればいいと気付きました」。素材を一度蒸し焼きにする、雑味を取り除く卵白を入れるなど、独自の方法で作る澄んだ一番出汁のような金子流ブイヨンこそ、全料理に使われる味の要であり、コクそのもの。すまし汁のように身体に染み入る心地良さと、食材の繊細な味や香りを引き出す名アシストぶりに、コクが持つ懐の広さを実感できます。

金子隆一さん

金子隆一さん
1958年、埼玉県生まれ。18歳より料理の道へ進む。「ヴェスコンティ」、「成川亭」等で修業し、93年「成川亭」シェフに就任。2007年、飯倉片町に「和風フレンチichiRyu」オープン。

和風フレンチ ichiRyu
☎03・3560・2116
東京都港区麻布台3・4・8 VK ビルB1F
営12:00~ 15:00、17:30~23 :00  月定休

※こちらの記事は2016年9月20日発行『メトロミニッツ』No.167に掲載された情報です。

更新: 2018年4月19日

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