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|WASHOKU GOOD NEWS[7]|
近い将来、和食が日本から消えてなくなる!?
【和食クライシス】03

今、世界中で和食が楽しめるようになった一方で、「このままでは日本に本物の和食はなくなる。和食は特別化し、日本人から遠く離れた存在のものになるでしょう」と警鐘を鳴らすのは、日本料理「銀座 小十」の奥田透さんです。一体どういうこと?その原因は、実は私たち自身にもあるんです。

みそ、しょうゆ、酢、みりん。“発酵”の力で作るのは?

答えは「全部」です。米、大豆、麦などといった単純な材料から、これほどまでにバリエーション豊かな食品を生み出す発酵技術は、私たち日本人の食卓を支えてきました。調味料以外にも、日本酒や漬物、「なれずし」や「へしこ」なども発酵食品。豊かな食材に恵まれた日本ですが、端境期や冬場など食料が乏しくなる時期のため、そしてまた災害や飢饉に備えるために工夫されたのが、こうした発酵や乾物、塩蔵などの長期保存が可能となる加工技術です。

また、魚の肝などの内蔵を調理に使ったり、小麦粉を精粉する際に残る「ふすま」のグルテンを集めて麩を作ったりと、食材を余すことなく、最後まで使い切る工夫もされました。どの方法も、昔の人々が資源には限りがあることを知っていたからこそ発展したもの。何かと言うとエコだのサスティナブルだのと叫ばれる昨今ですが、言われずともそれをしていたのが和食なのです。

しかし、和食を家庭で作る機会が減っているのと同時に、これらの消費量ももちろん減りつつあるのが日本の現状。下のグラフからも分かるように、1世帯あたりのしょうゆの消費量は、ここ20年で半分近く落ち込みました。消費量が減ると産業は廃れます。例えば、みそ、しょうゆ、酢、みりんはすべて大きな木桶で作られてきましたが、今やその木桶を作る職人も、大阪にたった1人残るのみ。

便利なステンレスタンクを使う蔵も増えたものの、昔ながらの手法で作り続ける蔵人の中には、今ある桶を大切に、少しでも長く使っていくことしかできないと嘆く人も。身近なものをもったいないと大切にするのならば、昔から和食が守ってきた資源を大切に使う知恵に、もう一度目を向け、残していくべきでしょう。

■どんどん下がる発酵調味料の消費量

※総務省統計局「家計調査年報」二人以上の世帯の調査結果より作成

日本の調味料の中でも一番身近なしょうゆと味噌さえ、急激な消費量の落ち込みを見せている。売れなければ、生産者は減る。発酵技術の継承は、今や先が見えない状態だ。

そもそも和食って食べていますか?

朝ご飯にパン、ランチにはラーメン、そして夜ご飯はパスタ。そんな1日を過ごしたことが、誰しもあるのではないでしょうか。食のグローバル化は、もちろんいいものです。でも「今まとめている調査では、20代男性の16.8%は1ヵ月に1度もご飯を食べないという結果が見えてきました」と話すのは熊倉さん。

あえてご飯を和食の中心的存在と考えると、和食離れはそこまで進んでいるのかと驚きます。奥田さんは「高度成長期に○○風と表現して、和食にチーズやソースをかけてアレンジする料理が流行りました。本流の和食が残るうちはいいですが、今や格式ある店でもそうした料理を出すようになってしまった。本流が廃れ、○○風がスタンダートになろうとしています。

本流がなくなることほど怖いことはありません。それを取り戻すのに、どれほどの労力、時間がかかることか」と話します。パン、ラーメン、パスタが台頭する日本に、自国料理は存在できるのでしょうか。そして、それらの食べ物を、あなたは自国料理ですと言いたいでしょうか。

また、よく「おふくろの味」と呼ばれる家庭で受け継がれた和食には、郷土色が如実に反映されてきました。例えば、お雑煮は、塩味、みそ味、しょうゆ味、餅なら丸いか四角いか、焼くか煮るかといった具合に、驚くほどの個性があり、それらはすべて土地の気候や風習に基づいていたのです。郷土料理は和食の多様性を表す大事な要素。

親から家庭の味を継承しなくなった現在は食が画一化し、日本のどこへ行っても同じ料理が出てくることになりかねません。その土地の料理を食べることは、旅の楽しみでもあるでしょう。それがなくなるとしたら、あなたはどう思いますか?

■米よりパンと麺!な日本人が増加中?

総務省統計局「家計調査年報」二人以上の世帯の調査結果より作成

1962年に8割以上を占めていた米への支出が、2010年にはパンに取って代わられた。消費量だけ見ると、依然米はパンより多い。ということは、家庭では炊飯の必要がある米よりも、すぐに食べられるパンや麺を選ぶ人が増え、家庭で料理することが減っていることを示しているとも言える。

和食の危機は他人事ではなく自分事であると自覚しよう。

そもそも多くの人が、「和食とは何か」と聞かれて答えられないのではないでしょうか。肉じゃがや焼き魚といった、献立そのものを想像する人もいるでしょう。でも「和食の神髄は、たとえば自然に祈り感謝する、相手の気持ちを思って食事を作るといった心の部分にこそあります。しかし、目で見えないものは伝わりづらいもの。

意識して感じようとすることが大切です」と話してくれたのは、「和食文化国民会議」副会長の江原絢子さん。長い歴史の中で育まれたそうした心は、私たちが気付かないうちに、自然と受け入れていた日本のアイデンティティです。「食は文化ですから、日々の暮らしや価値観の変化を反映して変わるもの。

単純に昔が正しい、元に戻すべきとは言い難い。それより、今日の和食が私たちのどんな変化に対応して変わってきたのか見つめる事も必要です。今、和食を見直すことは、卓上の食の見直しに留まらず、私たちの暮らしや価値観を問い直すこと」とは、キユーピー株式会社顧問で、日本の家庭の食卓を見つめ続けてきた岩村暢子さんの言葉。

さあ、あなたは和食の心の存在に気付きましたか?そして、どうしたいと思いましたか?和食の危機は、決して飲食業界の問題でも、教育現場の問題でもありません。今日あなたが何をどのように食べるか、それが直結しているのです。和食の危機は他人事ではなく自分事であると自覚しよう。

参考:農林水産省「和食」冊子

Text:唐澤理恵
グラフ:groovisions

※こちらの記事は2016年2月20日発行『メトロミニッツ』No.160掲載された情報です。

更新: 2016年11月6日

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