時代別”食卓の風景”に見る

|日本の家庭料理[5]|
「家庭料理」が歩んできた道

現在ではミックスカルチャー化した家庭料理。これまでにどんな時代を経て、今日まで至ったのでしょうか?その道のりを食生活の近代史とともに振り返ってみたいと思います。

食生活の近代史

明治時代(1868?1912年)

1869年頃(明治2年頃)函館、横浜に西洋料理の店が相次いで開店/1980年には横浜に日本初のパン屋ができる

1871年(明治4年)日本初の缶詰が試作される/「乳母いらず」という商品名でほ乳瓶が売り出される

1872年(明治5年)家庭への牛乳の配達が始まる/西洋料理の本が相次いで出版。雑誌での紹介も増える

1874年(明治7年)あんパン発売/高松の精糖問屋がイギリスから精糖機械を輸入。砂糖の需要が高まる

1875年(明治8年)西洋菓子・風月堂が日本初のビスケットの製造に成功

1876年(明治9年)緑茶ブームで栽培も盛んになる/ラムネ、ミカン水などの清涼飲料水も流行

1880年(明治13年)電熱を使った卵のふ化に成功/日本初の洋式製糖所が創設される/缶詰が普及し始める

1889年(明治22年)山形県鶴岡市の私立忠愛小学校で給食が始まる。これが学校給食の始まりと言われる

1890年(明治23年)牛のと畜数が10万頭を超える/鶏肉、魚類、甲殻類、卵の冷凍が試みられる

1897年(明治30年)日清戦争の影響で缶詰の普及が加速。大和煮、蒲焼き、しぐれ煮など日本人好みの味が登場

1898年(明治31年)地方でも牛乳配達が始まる/『日本料理法大全』にライスカレーが登場

1902年(明治35年)調理用のガスが普及/アルミニウムの鍋、食器類に使われるようになる

1905年(明治38年)弁当持参が一般化/洋食器、ガラス器、テーブル掛けなど西洋台所器具の広告が登場

1910年(明治43年)「不二家」創業/寿屋(現・サントリー)が国産の「ヘルメスウヰスキー」を発売

大正時代(1912?1926年)

1912年(大正元年)ちくわ、かまぼこなどの生産増/カレーライスが庶民の食べ物として定着/全国49都市で都市ガス普及/鉄道の発達により、地方産の農作物が都市に流れ込み、都市近郊の農家が打撃を受ける

1913年(大正2年)森永製菓が「ミルクキャラメル」発売/雑誌『婦人之友』創刊/銀座にコーヒー店「カフェーパウリスタ」開店/ビーフステーキ、オムレツなどが雑誌で紹介される

1914年(大正3年)インスタントコーヒーが日本で特許に/国産ドライイーストで作ったパンの店が上野に開業

1915年(大正4年)雑誌『婦人之友』が揚げ物をするのに適していると「割烹着」を考案して発表

1917年(大正6年)雑誌『主婦之友』創刊/ビール生産高がうなぎ登りに増加/ドイツ人技師によってソーセージを製造

1920年(大正9年)ジャガイモの生産量が180万トンを超える/中国料理ブーム到来。この頃、東京市内の日本料理店は約2万軒、西洋料理店5,000軒、兼業1,500軒、中華料理店1,000軒/早稲田のそば屋・三朝庵が「カツ丼」を考案

1921年(大正10年)東京電灯が電気七輪の貸出開始/かまどに代わり立って料理をする立式台所が現れる

1923年(大正12年)関東大震災発生。日本橋の魚河岸が焼失、新たに築地に開設される/小麦の生産量、国内供給量増加

実に秀逸で、夢がある!大正、昭和初期の頃の新しい家庭料理

例えば明治の頃、フランスの「クロケット」が日本に伝わって、考案されたのが「コロッケ」。いわゆる和洋折衷料理です。そんな風にかつて、西洋料理と日本の主婦の手料理が折衷した〝創作家庭料理?がたくさん生まれていた。そして現代、それらの料理を再現し、体験しているブログがあって面白い。非常に独創性の強い家庭料理が揃ってます。

魚の皮のコロッケ 【主婦之友昭和八年五月号に掲載】

魚の皮と葱をバターで炒め、硬めのホワイトソースに混ぜてコロッケに。節約と栄養の両方の条件を満たそうと考案された料理ですが、魚の皮をコロッケに入れたアイデアがすごい

蕎麥(そば)の東雲煮 【料理の友昭和八年十一月号に掲載】

そば、鶏挽肉を炒めたところに出汁やトマトケチャップ、水溶き片栗粉、味の素などで味付けします。ケチャップの色を日本古来の言葉「東雲」と表現する感性も素晴らしい

モダン汁粉 【料理の友昭和十一年一月号に掲載】

白餡にペパーミント酒を合わせた餡に切り餅を浮かべた汁粉。餡は片栗粉を水で溶かして、とろみをつける。白餡+ペパーミント酒がおしゃれで、お餅料理を大人っぽくモダンにさせたところが素敵です。

温故知新で食べてみた

戦前、主に昭和初期の料理本や婦人誌に掲載されたレシピを紹介しているブログ、衝撃料理も多数。書籍も発売(1,512円/山本直味著/主婦の友社刊)

http://nawomayo.jugem.jp/

昭和時代(1926?1989年)

1926年(昭和元年)自動電気パン焼き器発明/浦上商店(現・ハウス食品)が「ホームカレー」を発売

1930年(昭和5年)東芝が家庭用冷蔵庫第1号を開発/日本橋三越の食堂に「お子様ランチ」登場

1934年(昭和9年)味の素の総消費量が1,585トンを記録/南米産コーヒーの輸入量が急増する

1945年(昭和20年)ポツダム宣言受諾、終戦/東京、上野駅における餓死者は1日平均2.5人

1953年(昭和28年)日本で初のスーパーマーケット紀ノ国屋がオープン

1955年(昭和30年)東芝より電気釜登場/米の生産が史上最高の1239万トンに。米不足時代が終わる

1958年(昭和33年)「チキンラーメン」発売/翌年サッポロビールが缶ビールを発売/丸の内OLにおにぎりが流行

1960年(昭和35年)呉羽化学「クレラップ」、旭化成「サランラップ」が発売/森永インスタントコーヒー発売

1961年(昭和36年)「上を向いて歩こう」がヒット/米の配給が1人毎月10kgに/インスタント製品がブーム

1962年(昭和37年)「コカ・コーラ」自動販売機が登場/スーパーマーケットが2700店舗に/食糧自給率は73%

1969年(昭和44年)「サザエさん」放送開始/米の生産量が過剰になり、1人あたりの米消費量も減少の兆しが

1970年(昭和45年)東京国立にすかいらーく1号店がオープン/名古屋にケンタッキーフライドチキン1号店がオープン

1971年(昭和46年)日清食品「カップヌードル」発売/銀座にマクドナルド1号店オープン

1974年(昭和49年)セブン-イレブン1号店が豊洲にオープン/永谷園より「あさげ」発売/システムキッチン登場

1982年(昭和57年)おせちなど1人前パック食品などが登場/5人に1人は子供だけで朝食を摂っている実態が判明

Text:メトロミニッツ編集部

※こちらの記事は2014年5月20日発行『メトロミニッツ』No.139に掲載された情報です

更新: 2016年10月30日

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