時代別”食卓の風景”に見る

|日本の家庭料理[4]|
「家庭料理」が歩んできた道

現在ではミックスカルチャー化した家庭料理。これまでにどんな時代を経て、今日まで 至ったのでしょうか?その道のりを振り返ってみたいと思います。まずは〝ちゃぶ台? から見ていくことにしましょう。

時代別”食卓の風景”に見る「家庭料理」が歩んできた道

「家庭料理」の歩みを振り返るのに、なぜちゃぶ台?とお思いかもしれませんが、「食卓」という観点から考えるのがどうやらわかりやすいようなのです。そもそも「家庭」という言葉が生まれたのは、明治時代。急速に近代化する中で、農業社会から産業社会に移行した時代です。

農家が多かった時代には親戚同士が近くに暮らしたり、商家であれば家に使用人がいたりなど、家族以外の人と同居しているケースが多かったもの。しかし産業化が進み、会社、工場など、外へ働きに出る人が増えて、家族だけで居を構えるようになります。そして「家庭」という概念が生まれたり、「ちゃぶ台」が普及することに。

ちゃぶ台よりも前に主流だったのは、「箱膳」。家族で1つの食卓を囲むことなく、1人ずつが目の前の食事と向き合うスタイルです。転じて、ちゃぶ台時代の衰退は1950年代以降。ダイニングテーブルの台頭によります。つまり、箱膳は明治、ちゃぶ台は大正から昭和、テーブルは高度経済成長期の近辺から活躍するイメージです。

では、一体それぞれ食卓にはどんな食事が載せられたのでしょうか?「箱膳」の明治時代は、肉食が解禁となり、街では様々な洋食が生まれましたが、庶民の食事は江戸時代の延長線上にあったそうです。一概には言えませんが、江戸時代同様に副食は少なく、主食のコメをしっかりと食べるような食事の人が多かった。

ちゃぶ台時代は、「一汁三菜」。ご飯と汁物、漬物以外はおかわりをせず、各自取り分けられた一定量の副食で食事を済ませます。そしてテーブルの普及期は、日本人の食事が急激に変化した時期と重なります。

肉、乳製品、油脂、洋野菜の消費が拡大し、洋食、中華料理も一般家庭で日常的に作られるようになりました。お米の消費が減少し、朝食にパンを食べるのも日常に。主食(ご飯)が中心だった食生活から豊かな副食を楽しむ時代になったのです。

右の表は、箱膳、ちゃぶ台、テーブルのそれぞれの時代における食事中の会話に関するデータです。箱膳時代は、おしゃべり厳禁の家が多かった。一方、ちゃぶ台、テーブルと時代が進むにつれて、食事中の会話は解禁になります。この時代の移り変わりからは家庭の中での父親の地位の変遷も感じることができ、箱膳時代は家長として圧倒的な存在感、ちゃぶ台時代も一家の大黒柱、テーブル時代になると段々と家族の一員に!?出典:石毛直道『食卓文明論』

家庭の食卓の時代の変遷

■箱膳ライフ 全盛期:明治~大正時代

食器の収納機能を兼ね備えた、蓋付きの箱型膳。自分の食器を中に入れておき、食事の際には蓋を返して膳として使用する。江戸の頃も個別に膳を使って食事をしたが(今も旅館の部屋食でお目見えするような「銘々膳」)、箱膳が出てきたのは明治になってから

■ちゃぶ台ライフ 全盛期:大正時代~1950年代

明治20年頃から使用が始ま るようになり、全国に普及し たのは大正末期から昭和初 めにかけて(都市部、農村部 など地域差がある)。近代小 説に初めてちゃぶ台が現れた のは、森田草平の新聞連載 『煤煙』(1909年)、夏目漱石 『門』(1910年)らしい

■テーブルライフ 全盛期:1950年代~

テーブルが世に出回り始めるのは昭和30年代から。これまで、食事は1人前ずつをお皿に取り分けて供するスタイル(一汁三菜)でしたが、テーブルを使うようになり、大皿料理を皆でシェアするようになるなど、日本人のライフスタイルが大きく変わりました。

Text:メトロミニッツ編集部

※こちらの記事は2014年5月20日発行『メトロミニッツ』No.139に掲載された情報です

更新: 2016年10月23日

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