|メキシコの風、吹く[5]|
すべての起源は7000年前にあり
メキシコ料理の歴史 ー近代編ー

【近代】 18 世紀? 19 世紀ごろ

各地域でヨーロッパ文化が浸透
現在のメキシコ料理のベースに


スペインの侵略後、新たな食の世界が広がったものの、庶民の生活は苦しいまま。スペイン人、クリオージョ(メキシコ生まれのスペイン人)、メスティーソ(スペイン人と先住民の混血)、先住民の階級社会が構成されていました。やがて1821年にメキシコは独立国家となりますが、その後もフランスの傀儡政権、テキサスの独立、アメリカへの併合など、他国からの介入は絶えませんでした。

アメリカやフランスなどの影響や銀輸出などによる経済発展で、軽食がとれる食堂や、街中でのレストランの出現など、主に食事の提供スタイルに変化が現れ、メキシコの食生活も多様化が進みます。また、各地域とスペインの文化の融合も発展。もともと小麦がとれなかったメキシコにも関わらず北部ではパンを食べるように。

スペインの玄関口であったベラクルスでは、ヨーロッパから入ってきたオリーブや白ワインを使ったベラクルスソースで鯛を煮る料理が生まれ、今も名物として知られています。人口に占める先住民族の割合が高いオアハカでも、モッツアレラチーズのようなケシージョというチーズが有名になるなど、現在に続くメキシコ料理の基本はこの時期に確立されました。

[ベラクルス]
メキシコ湾に面し、魚介類が豊富。スペイン人の侵略の拠点で、ヨーロッパからの玄関口という地理的条件のため、オリーブやパセリ、オレガノを使ったベラクルスソースでワチナンゴ(鯛の一種)を煮た料理が名物。

[プエブラ]
有名な伝統料理、モレ・ポブラーノで知られる。「ポブラーノ」は「プエブラの」という意味。メキシコシティへの中継地点として、ヨーロッパからの要人をもてなす機会が多く、グルメの街として発展する。

[チワワ]
アメリカ・テキサス州などと隣接するメキシコ北西部の州で、最大面積を誇る。トウモロコシで作るトルティーヤのタコスに対して、北部は小麦粉を使用したブリトーが普及。一説にはブリトー発祥の地とも。

[オアハカ]
ケシージョというモッツアレラに似たチーズの名産地。「オアハカのピザ」とも言われるトラユダにも使われる。伝統料理も色濃く残り、黄色、黒、赤、緑など「7色のモレ」と呼ばれるモレで知られている。

[グアダラハラ]
メキシコ第2の都市であり、テキーラの生産地、マリアッチ発祥の地であるハリスコ州の州都2006年には原材料のアガベが広がる景観とテキーラ工場が世界遺産に登録。テキーラ発祥のテキーラ村と隣接。

[ミチョアカン州]
先住民の文化が今も息づくアボカドの産地。世界遺産の登録の際に、伝統的なメキシコ料理の代表とされる。トウモロコシの粒をすり潰し、蒸したウチェポスや豚肉をラードで揚げ煮したカルニータスが有名。

~北部~
|小麦、牧畜中心。アメリカ文化を色濃く受ける|
土地がやせているため、牧畜が発達。乾燥した気候のため、セシナ(牛肉の干し肉)を作りますが、これは北部に見られる食習慣。小麦、牛肉、チーズを使うのがこの地域の特徴で、ヤギのバルバコアも名物。トルティーヤはトウモロコシではなく小麦粉を使うことも。ブリトーもよく見られ、アメリカに近いため「TEX-MEX」文化と互いに影響を与えあっています。

~中部~
|スペインの影響が強く花開いたコロニアル文化|
メキシコシティやテキーラの生産地などがあり、人口の半数以上を有するエリア。トウモロコシ農業が盛んな地域で二期作が行われています。「チレス・エン・ノガタ」という名物料理があり、メキシコ独立記念を祝うごちそうで、チレ・ポブラノに鶏肉や桃などを詰めて揚げ、クルミのクリームソースに、赤いザクロとパセリを散らした華やかな料理。

~南部~
|先住民の食文化を根強く残す独自の文化|
オルメカやマヤなど古代文明が栄えた湿潤な熱帯低地が多い地域で、先住民の伝統料理を代々継承。7色のモレやケシージョと言われるチーズなど独自の食文化を持つオアハカ州や、アジアからの玄関口アカプルコが含まれる。ユカタン半島では、サメを茹でてトルティーヤや豆で挟んだパン・デ・カソンが名物。チアパス州では、コーヒー豆が特産品。

※こちらの記事は2015年6月20日発行『メトロミニッツ』No.152に掲載された情報です。

更新: 2016年11月4日

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