#13 真夏のじゃがいも読本

馬鈴薯と読書

Photo:井上美野

はじまりは、江戸中・後期の本草学者、小野蘭山。日本の本草学の集大成とされる『本草綱目啓蒙』を記した権威者です。その蘭山が1808年に著した『耋莚小牘』の中で、「馬鈴薯は、ジャガイモの中国での呼称」と言ったそう…。

ちょっと昔の「馬鈴薯の本」で〝今の時代〞を読んでみる

じゃがいも=馬鈴薯。一般的には「じゃがいも」と呼びますが、今でも、学会や行政上は「馬鈴薯」という名が使われています。ここでは「馬鈴薯」にまつわる2冊を読んでみたいと思います。
まずは国木田独歩(1871〜1908)の短編小説『牛肉と馬鈴薯』。発表は1901(明治34)年で、独歩の思想・哲学小説の代表作です。
舞台は東京・芝区桜田本郷町の「明治倶楽部」。ここに集まった友人たちがお酒を飲みながら議論を交わしていきます。その中の会話で出てくる言葉が「馬鈴薯党」と「牛肉党」。馬鈴薯党はいわば「理想主義」、牛肉党は「実際主義」のこと。言い出したのは、北海道への移住経験を持つ上村でした。
当時の明治政府は維新以降、北海道の開拓を重視していました。1875(明治8)年には「札幌農学校」を開設。
初代教頭のウィリアム・スミス・クラークは熱心なキリスト教信者で、農学校の生徒たちにキリスト教に基づいた道徳教育を与えました。その影響力の大きさから、北海道へ憧れを抱くキリスト教信者の若者が多かったそうです(国木田独歩もしかり)。
かくして憧れの北海道に住み始めた上村は、馬鈴薯作りで生計を立てようとします。しかし、ほどなく挫折。今はお金が稼げて、馬鈴薯より美味しい牛肉が食べられ、温かい部屋でお酒が楽しめる日常、つまり現実主義になったと言います。
牛肉主義(先進的な都会の暮らし)と馬鈴薯主義(理想的な田舎暮らし)、これらの価値観について思いめぐらせてみると面白い。大正、昭和と時代が進むにつれて、日本人の豊かさに対する価値観は徐々に「牛肉主義」の色が強くなっていきますが、今は「馬鈴薯主義」も貫きやすくなり、こちらの方が豊かだと考える人も増えてきたような気がします。
次に紹介するのは〝日本の植物学の父〞と言われた近代植物分類学の権威、牧野富太郎(1862 〜1957)の随筆集『植物一日一題』。そもそも「馬鈴薯」とは何か?というお話です。江戸時代に小野蘭山が中国では「馬鈴薯=じゃがいもだと言ったことに対し、本物の馬鈴薯とは何かを解明しながら、「馬鈴薯はけっしてジャガタライモではない」と言いますが、「馬鈴薯の名は即刻放逐すべき」「笑止千万」など、強硬な物言いが読んでいて妙に楽しい。挙句に、「ジャガタライモは一般の人が呼んでいるように『ジャガイモ』と仮名で書けばいい。漢字を用いること自体がいらん作業で、ソラマメは『蚕豆』ではなくソラマメ」のようなことを言い出し、キュウリ(胡瓜)、ナス(茄)、トウモロコシ(玉蜀黍)の漢字までことごとく否定されてしまうのが少し笑えます。
しかし、たとえ中国では違う植物であっても、今や日本では馬鈴薯と言えば、すっかりじゃがいものこと。もしかしたら蘭山の間違いだったのかもしれませんが、そんな出来事も、もはや日本のじゃがいも史の一部になってしまったのかもしれません。

※こちらの記事は2016年8月20日発行
『メトロミニッツ』No.165に掲載された情報です。

更新: 2018年6月12日

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