”コク”って何?#12

日本酒、ビール、そして
醤油をめぐる「コクって何?」

杉村啓・編
【コク語辞典】

9月某日、松屋銀座1Fで待ち合わせした杉村啓さんは、遠目からでも「あの人!」とよくわかる「SOY SAUCE HANDBOOK(醤油手帳)」柄のTシャツ&バッグを肩にかけて佇んでいらっしゃいました。杉村さんは全国1億2千万人の醬油好きを唸らせたという『醤油手帖』の著者であり、他にも日本酒ライター、料理漫画研究家などの肩書を持つ人物です。そんな杉村さんなら「コク」を大いに語っていただけるのでは?とお聞きしたところ、「まずは実際に現場へ行ってみませんか?」と、向かった先が松屋銀座の「職人醤油」でした。というわけで、最後にお届けするのは、杉村啓さんによるコラムです。

文・杉村啓さん Kei Sugimura

日本酒ライター、醤油研究家、料理漫画研究家。2003年頃より日本酒の魅力にとりつかれ始め、2009年には醤油ブログ『醤油手帖』を開設。2011年からは同人誌『醤油手帖』の刊行を開始し(現在11冊)、2014年にはいよいよ書籍化も実現(河出書房新社・刊)。その他の著書は、『白熱日本酒教室』『白熱洋酒教室』『白熱ビール教室』(星海社新書)など

「コク」という言葉は、醤油やお酒を紹介している立場からすると、非常になじみ深い、便利すぎる、そして難しい言葉です。というのも「この醤油はコクがある」という表現をした時に、じゃあそのコクって何と聞かれると、限られた中では答えきれないからなのです。みんな「コク」というのがどんな感じなのかは何となく知っている。味わってみればこれにはコクがある、コクがないということがわかる。だから、読者側に甘えて「コクのある味わい」と言っているのが現状です。

コクの正体を紐解いて、きちんと説明するためには、コクにまつわる言葉から考えていくのが一番です。まずは「コクがあっておいしい」という言葉を考えてみましょう。「コクがあっておいしくない」とは、あまり言いませんよね。つまり、我々はコクというものをおいしさの1つの要素だと考えていることがわかります。

コクという言葉が使われる時に、よく一緒に扱われるのが旨味です。「旨味とコクがあっておいしい」とも言いますよね。このことから、旨味とコクは近い関係にあり、相性が良いことがわかります。他にもコクと味が一緒に表現されるものを探してみましょう。「卵本来の甘味とコクが引き立つ」「この珈琲には酸味のきいた繊細で芳醇なコクがある」「シャープな苦味と深いコクのある珈琲」など、甘味や酸味、苦味などと一緒に表現されています。コクはそれぞれの味わいと対立するものではなく、一緒にあるということが見えてきました。もうちょっとこの部分を掘り下げると、「コクがあって味わい深い」という言葉に行き着きます。ここで出てくる味が「深い」という表現もまた、わかるようでわかりにくいですよね。

これは、じっくりと味わうと様々な味があることがわかる、味と向かい合って潜っていくとそこで新たな味わいを見つけることができる、というものです。つまり、コクというものは、1つの「コク味」ではなく、味わえば味わうほど様々な味わいが出てくる複合的なものだということが見えてきました。だからこそ、他の味覚と一緒に語られることが多いのです。

そして、「まったりとしてコクがある」というよく使われる表現があります。まったりもまた感覚的な言葉ですが、口当たりがまろやかで、とろんと口の中に広がっていくような食感のことを指します。このことから、味覚だけではなく、食感もコクを感じるのに重要な要素だということがわかります。

そろそろまとめてみましょう。コクの正体とは、複合的な味わいです。いわゆる五味と呼ばれるもののうち、甘味、酸味、苦味、旨味などが組み合わさって、どれか1つが突出しすぎず他の味が打ち消されていない時に感じるものです。バランスよく、全ての味わいを感じる状態ですね。全ての味わいを感じるためには、それぞれの味が他の味に負けないことが必要なので、全体的には濃い味わいのものにコクを感じるのです。特に相性が良いのは旨味で、旨味が強めの方がコクをより感じる傾向があります。ちなみに、五味の最後の1つである塩味は味を引き締め、まとめる役割を持っています。

これだけでもコクの正体と言ってもいいのですが、さらにここに食感が加わります。少し柔らかめの、特にとろみがついていると、より強いコクがあると感じるようです。

『醤油手帖』の最新号は、1冊丸ごと「職人醤油」をガイド。『醤油手帖』とは、杉村啓さんによる醤油ブログ&同人誌です

以上のことを踏まえてみると、何となくコクが具体的に見えてくるのではないでしょうか。例えばコクのある味わいと言えば、日本酒です。日本酒は塩味以外の甘味、酸味、苦味、旨味を豊富に含んでいます。料理にコクを出すためにお酒を加えることは、これらの味を加えているということになるのですね。さらには、和食の定番調味料である醤油も味わいを豊富に含んでいます。実は、甘味、酸味、苦味、旨味、塩味の全てがあるのですね。だからこそ、醤油は万能調味料と言われています。

「コクがあるのにキレがある」でおなじみのビールも甘味、酸味、苦味、旨味を含んでいます。キレというのは、強い味わいを感じた後に、スッと消える後味のことを指します。強い旨味や苦味などを味わった後に、さっぱりとそれが消えるというのが、コクがあるのにキレがあるということです。

さらに、煮込んだものに「コクがある」と表現されるものが多いのも、何となくわかるのではないでしょうか。醤油、みりん、お酒を加えて煮込んだものには、コクのある味わいが付きます。煮込むと水分が減り、しっかりと素材に味が染み込んで、五味を強く感じるようになるためにコクが出るというわけです。醤油やお酒に含まれている様々な味わいや、みりんの甘味、さらには、そこにとろみが加わることもあるので、深いコクが加わります。

最後に、コクのある醤油とは一体どんなものなのか、具体的に見ていきましょう。醤油は大きく分けると「濃口醤油」「淡口醤油」「溜(たまり)醤油」「再仕込(さいしこみ)醤油」「白醤油」があります。使われている頻度から考えると、ここに「ダシ醤油」を加えてもいいでしょう。ダシ醤油はダシによって旨味が加わるものの、その他の味が薄まるため、コクのある味わいとはなかなかいきません。煮込んだりするのにはいいのですが、単体だとダシ醤油でコクがあるものは、かなり少ないのです。

醤油は大豆と小麦から造られます。簡単に言うと、大豆を発酵させると旨味が出て色が黒くなり、小麦を発酵させると甘味になります。淡口醤油や白醤油は、発酵期間が短かったり、大豆をあまり使わなかったりするので色が淡いのです。したがって、旨味が物足りず、コクのある味わいとは言えません。

というわけで、コクがあるのは主に濃口醤油、溜醤油、再仕込醤油です。このうち、濃口醤油は大豆と小麦が1:1、溜醤油は9:1(もしくは10:0)です。溜醤油は旨味がとても強く、さらにとろみがあるため、コクを強めに感じます。再仕込醤油は、一度濃口醤油を造り、その醤油を水の代わりに用いてさらに醤油を仕込むという、いわば大豆と小麦が2:2の贅沢な醤油です。材料を倍使っている分、濃厚な旨味があり、こちらもコクを強く感じます。したがって、普通の濃口醤油でもコクを感じるけれども、さらに強いコクが欲しければ、溜醤油や再仕込醤油を使うといいということがわかります。

そんなに強いコクがある醤油を試してみたいという人は、松屋銀座内にある「職人醤油」に行ってみましょう。全国の醤油を試しながら買うことができます。再仕込醤油でオススメなのは「鶴醤」です。濃厚な旨味を持ちながら口当たりが優しく、コクとは何かをしっかりと味わうことができます。溜醤油では「尾張のたまり」を味わってみてください。大豆のみを使っている溜醤油で、これ以上ないぐらい強い旨味とコクを感じます。濃口醤油なら「古式しょうゆ」もいいですね。木桶でじっくりと2年間発酵と熟成をさせた醤油で、濃口醤油の旨味やコクを存分に味わえる醤油です。

ちなみに職人醤油では、「鶴醤」の、全く加熱殺菌をしていない「生」なしぼりたての醤油も買うことができます。加熱殺菌をするとどのように味わいが変わるのか、コクはどう変わるのかを試すことができるので、できたら両方買って味比べをしたいところですね。

コクのある醤油を探しに「職人醤油」へ

上の写真は、醬油専門店「職人醤油」で選んだコクのある3本。松屋銀座にある「職人醤油」の店頭では、東北から九州まで80種類の醬油がずらりと並び、試飲しながら、質問しながら、実に楽しく自分好みの醬油を見つけることができる。また、初めて出合った醤油を買ってみて、後で持て余してしまわないよう、商品は全て100mlの小瓶で販売(もし気に入ったらメーカーから買えばOKという、醤油蔵とお客間の立ち位置が素敵な店なのです)。また、デザイン性の高いラッピングが揃っているので、ギフト利用もおすすめ。

【右】[溜醤油]尾張のたまり(愛知/丸又商店)
溜醤油の主産地・武豊町の丸又商店は1829(文政12)年の創業。原材料は大豆・塩のみ、愛知県産大豆100%使用。木桶で3年熟成した、個性的で濃厚な味わい。462円
【中】[再仕込醤油]鶴醤(香川/ヤマロク醤油)
約2年の熟成期間後、さらに2年間ほど仕込んで造る。長期熟成により、豊かな香り、深いコクとまろやかさを追求。「ヤマロク醤油」は小豆島で古くから続く蔵。462円
【左】[濃口醤油]古式しょうゆ(和歌山/カネイワ醤油)
有田川の清流のほとりに佇む醤油醸造所で、木桶2年間育ち。搾って火入れし、濾過した後にすぐに瓶詰めしている。つまり、調整を加えていないそのままの醬油。514円

写真の「生揚げ醤油」(量り売り)は、普通、瓶詰の時に行う火入れをせず、搾ったままの状態。そのため、乳酸菌や酵母菌などが生きている。現在、濃口「吟醸純生しょうゆ」と再仕込「しぼったまんまの鶴醤」の2種類を用意。量り売りは醤油1ml単位~で、好きなビンを持参してもOK(50ml、100ml、180mlのビンも販売)

職人醤油 松屋銀座店
☎03・3567・1211(松屋銀座/大代表)
東京都中央区銀座3・6・1松屋銀座店B2F
営10:00~20:00
http://www.s-shoyu.com/

※こちらの記事は2016年9月20日発行『メトロミニッツ』No.167に掲載された情報です。

更新: 2018年4月19日

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