”コク”って何?#10

「コク語辞典」を引いたら

日本酒・チーズ
オリーブオイル

Photo 花村謙太郎、井上美野 
Text 浅井直子、松本典子

コクとは何か?を探るために、活躍されている料理人・作り手の方々のコク語辞典を引いてみました。どうぞ、コクをイメージしながら、ご覧ください。

福島県「会津娘」
醸造元 髙橋庄作酒造店

コク【日本酒の場合】
日本酒のコクは、「奥行き」のこと。舌には感じづらい糖分が生む繊細な余韻や、酒造りの美学も含めた深みを表現する言葉。
―――「髙橋庄作酒造店」蔵元杜氏髙橋亘さんの場合

盃の中に広がるのは、余韻のある味わいと田んぼの物語

日本酒で「コク」と言えば、思い浮かべるのは、米由来のふっくらしたうま味?それとも、無濾過生原酒のようなどっしりした飲み心地?恐らく、人によって解釈は千差万別ですが、福島県・会津若松市で銘酒「会津娘」を醸す、髙橋庄作酒造店6代目蔵元杜氏の髙橋亘さんに聞いてみると「日本酒のコクは、すなわち“奥行き”」とのこと。

蔵の前には「五百万石」などの酒米を栽培する自社田が拡がる。先祖代々引き継がれた田んぼであり、95年から有機栽培も行われている。

「会津娘が目指すのは、高次元で成立する究極的に“中庸な味”です。でも、飲んだ人の記憶にどこか残る。それが奥行きなんです」。確かに、会津娘を口に含むと派手さはなく、コットンのような素朴な味わい。しかしその後に続く余韻は、極上の風合いで知られるシーアイランドコットンのような上品さを湛えています。

【会津娘純米吟醸酒】雄町独特の深い味わいとクリアなコクが共存
一般的に他の酒米に比べてボディがあると言われる雄町だが、こちらは、余分なボリュームをシェイプした、会津娘らしいきれいなコクが楽しめる。「五百万石にはない、雄町ならではの味の深まりが魅力です」

では、会津娘らしい奥行き=コクとは?「ポイントは2つ。1つ目は、余韻や複雑さを持っていること。例えば、酒造りの過程で、人の舌では甘みを捉えられない分子の大きいデキストリンという糖が発生します。しかし、マウスで実験するとちゃんとその糖に集まる。つまり、人間に限界があるだけで甘味そのものは存在するんです。そこを意識して余韻のある味わいを造っています」。そして、2つ目は、お酒の背景を自ら語れること。蔵の目の前に広がる黄金色の自社田を眺めながら、髙橋さんは言います。「僕は、自分のお酒の奥行きを、この会津の地と米に求めました。1995年から有機栽培も始め、米はこの風土に合う五百万石がほとんど。毎年3月に先祖代々の田んぼを耕すことから、酒造りが始まります。これも奥行きの1つと言えるのではないでしょうか」。

【会津娘特別純米酒無為信】「土産土法」を形にした渾身の一本
農薬と化学肥料を使わず、蔵の前に広がる自社田で栽培した五百万石を100%使った「土産土法」を象徴する特別純米酒。「うちのレギュラーの純米酒と同じスペックですが、こちらは有機米を使用。澄んだ米の味を感じます」

会津の風土を生かした「土産土法」の酒造りを掲げ、いち早く米作りから取り組む蔵として先陣を切ってきただけに、しっかりした物語には事欠きません。味わいの奥行きと、酒造りの美学の奥行きと。この両輪の「コク」を携えて、髙橋さんは今年も酒造りの季節を迎えます。

髙橋亘さん
東京農業大学を卒業後、酒販店などを経て、実家の「会津娘」醸造元、髙橋庄作酒造店を継ぎ、6代目蔵元杜氏となる。会津の米で醸す会津の酒を真摯に追求する姿には、業界関係者から飲み手まで敬愛の念を抱く者多し。

髙橋庄作酒造店
☎0242・27・0108
福島県会津若松市門田町 大字一ノ堰村東755
蔵見学・直販不可

長野県 チーズ工房
アトリエ・ド・フロマージュ

コク【チーズの場合】
口に入れてから残り続ける、余韻の長さ。熟成だけでなく、長野固有の乳酸菌が生きた地元の牛乳を使い、その中に12%しかない乳脂固形(クリーム分)をいかに留めるかでチーズのコクは大きく変わる。
―――「アトリエ・ド・フロマージュ」チーズ工房チーフ塩川和史さん

歴史と実績が美味しさを裏打ちする、信州の極上チーズ

昨年フランスの国際コンテストで最高金賞を受賞するなど、世界に誇れるチーズを輩出する日本屈指のチーズ工房で、創業は1982年。創業者の松岡茂夫さん・容子さん夫婦がフランスでのチーズ留学で培った技術が基盤になっており、日本で初めて生チーズ(フロマージュ・フレ)を製造した工房でもあります。

ブルーチーズ(左)ココン(右)
左/ブルーチーズ(100g1,512円)は塩川さんが日本人好みの味を追求して開発した大人気商品。高度な技術で雑味を出さずに抑えた塩気となめらかな甘みのバランスが秀逸で、クセが少なく上品なコクがある
右/ココン(50g756円)はジオトリカムという酵母に近い白カビで覆われ、カマンベールより旨みが強い。出荷時は酸味のあるコク、1ヵ月ほど置くと中がトロトロになって濃厚な深みが出る

原料となるのは、浅間山麓に広がる地元の牧場で毎朝集乳する搾りたてのミルク。白黒のホルスタイン種を中心に、契約牧場で飼育する茶色のジャージー種、夏場は青草をたっぷり食べてミルクが上質になる山羊のザーネン種も夏限定で使用しています。「長野固有の乳酸菌がいる地元の牛乳でなければ出せないものを作っているので、いかに牛乳を生かし切るかが大事。ホルスタインの牛乳の脂肪率は3.8%程度ですが、ジャージーは5%ほどあり、コクを出したい時はジャージーの割合を高くするなど、チーズの種類によって調整しています」とは、チーズ工房チーフの塩川さん。

熟成中のブルーチーズ。途中で青カビの成長を調整するためにアルミで包み、数日ごとに反転させながら3カ月熟成させる。

約20種類を製造する中、牛乳の乳脂固形(クリーム分)を逃がさないことが味を左右するのが、ジャパンチーズアワード2014グランプリ、フランスの国際ナチュラルチーズコンテスト「モンディアル・デュ・フロマージュ」2015で最高金賞を受賞した、ブルーチーズ。分離した牛乳の水分・ホエーが濁っていればいるほど旨みが排出した証なので、ホエーが透き通るほどに旨みを乳脂固形に留め、他では真似のできないコクを作り出しています。

殺菌したミルクにレンネット(仔牛の4番目の胃から取れる酵素)を加えたチーズのベース

「商品にこだわれる余力を持ちつつ、ここだけの味を広げていきたいですね」と塩川さん。売店には八ヶ岳や蓼科山、美ヶ原を絵画のように見渡せるカフェが併設され、チーズを使った料理やケーキを天国気分で味わえるのも魅力です。

アトリエ・ド・フロマージュ 本店
☎0268・64・2767
長野県東御市新張504・6
営売店10:00~17:30、カフェ平日 10:00~17:00 無休
http://www.a-fromage.co.jp 内のオンラインショップで取り寄せ可能

アトリエ・ド・フロマージュ 南青山店
本店のチーズと信州の食材を駆使した、チーズフォンデュやリゾットなどを楽しめるレストラン。チーズやケーキのテイクアウト も可能
☎03・6459・2464
東京都港区南青山3・8・5
営 11:30~15:30(15:00LO)、17:30~22:30(21:30LO) 無休

表参道/シチリア産オリーブオイルとシチリア食材
セドリック・カサノヴァ

コク【オリーブオイルの場合】
口に入れた瞬間にワッとインパクトがある、濃く、しっかりとした味わい。なお、〝コク〞と〝奥深さ〞は別のもの。
―――セドリック・カサノヴァさん

畑、品種、そして長い年月がもたらしてくれるオリーブの“個性”を引き出す仕事人

セドリック・カサノヴァさんがまるで口癖のようによく言うことがあります。「畑ごと、品種ごとに個性が全く違うんだ」と。2008年、地元・フランスのパリに、父親の故郷であるイタリア・シチリアのオリーブオイルと食材の店「ラ・テット・ダン・レ・ゾリーブ」をオープンさせたカサノヴァさんは、それぞれが味の個性を主張するフレッシュなオリーブオイルの数々で、名だたるシェフたちや感度の高いフランスの消費者たちをあっと驚かせました。

と言うのも、広く流通しているオリーブオイルはブレンドされたものが主流。しかし、カサノヴァさんのオイルは「生産者名×品種名」で販売されている、すなわち「単一畑×単一品種」のシングルオリジン。例えば「フランチェスコのビアンコリーラ」と「グロッタのビアンコリーラ」では、同じ品種ながらもグロッタさんの畑で採れたビアンコリーラの方が若草のような青い香りが強いように感じます。

オリーブオイルは、全8種類のラインアップ。店内のカウンター席で、味見しながら選ぶことができる(各5,184円/500ml)。また、ドライフラワーを花束にして売っているオレガノ(1,026円)など、シチリア食材もかなり素敵な商品が揃っている

「オリーブはとても長寿な木。今、私が扱っているオイルも樹齢200~400年の木から採れたものが多いんですが、長い年月を経て成熟した木は素晴らしい実をつけてくれます。そこから人間ができることなど限られていますので、私の仕事は健康的なオリーブの木を見つけること、その実を最も正しい方法で絞り、それぞれの個性を引き出したオイルの価値を広く伝えていくことです」。

店内で売っているオリーブオイル&食材の楽しみ方は、「ターブル・ユニーク」で提案している。閉店後、お客の目の前でシンプルに作った小皿料理が楽しめるテーブルディナーで、1日1組限定(1人3,240円、利用は4~8名、要予約)

かく話す、カサノヴァさんに「では、コクのあるオリーブオイルとは?」と聞いたところ、ノッチェラーラ種もその1つだと言います。「この品種は口に入れた瞬間にグッと強い味わいが広がりますが、オリーブオイルのコクとは、濃く、しっかりとした味わいのこと。また、それとは別に『奥深いオリーブオイル』というのもあります。以前、樹齢1,000年を超える木から造ったオイルを味わったことがありますが、特に表現力があるとか、力強いということはありませんでした。しかし、15分経っても口の中に香りが残っていて、それが徐々に変化していく。その話をワインの醸造家にしたら、それが“奥深さ”なんだと言いました。ぶどうは古木ほど余韻が長く続くワインができますが、それはオリーブも同じこと。

例えば『パオラのノッチェラーラ』は、1683年に植えられた木から造ったオイルですのでコクの他に、深みも感じていただけるかもしれません」。そんな「パオラのノッチェラーラ」は世界的なシェフ、アラン・デュカスさんも自身のレストランで使っているそうです。さて、最後になりましたが、この9月、東京・外苑前にシチリア産オーブオイルとシチリア食材の店「セドリック・カサノヴァ」がオープンしました!!

※カサノヴァさんには、「コクがある」は「corsé」(仏)、「奥深い」は「Profond」(仏)と訳して話を聞いています

Cedric Casanova(セドリック・カサノヴァ)
☎03・6721・0434
東京都渋谷区神宮前3・1・14・1F
営ショップ12:00~19:00、ターブルユニーク18:00~22:30 不定休
http://cedriccasanova.jp/

※こちらの記事は2016年9月20日発行『メトロミニッツ』No.167に掲載された情報です。

更新: 2018年4月19日

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