”コク”って何?#9

科学的な視点から導き出した
「コクって何?」

土田美登世・編
【コク語辞典 後編】

数々の食雑誌で活躍するフードジャーナリストの土田美登世さんですが、じつは大学院では、うま味を研究していたという経歴の持ち主。そんな土田さんに、コクを科学的な視点で紐解いてもらうのが本ページ。コクの解釈は人により様々ですが、科学の面から見ると「コクとは○○だ」とズバッと切り込める要素もあります。特に、ここ20年くらいで、無味無臭ながら、味のあるものに加えると〝コクづけ〞効果を示す〝コク味〞物質が解明されたことも注目すべきこと。そんな食べ物の美味しさを引き出すコクをサイエンスな視点からお届けします。

文・土田美登世さん Mitose Tsuchida

広島大学卒、お茶の水女子大学大学院(調理科学)修了。大学院では、加熱牛肉のうま味を研究。「専門料理」「料理王国」編集部を経て現在は、フリーランスの編集者。食の科学には一家言をもつフードジャーナリストでもある。グルメ系の文章によく登場する「コク」とは何かが気になり始め、講師を務める大学では学生に「コク」のアンケートをとったことも。

注目の〝コク味〞物質「グルタチオン」と「グルタミルバリルグリシン」

このように無味無臭だが、コクを与える物質〝コク味〞の研究として、最近、注目されているのが「ペプチド」である。ペプチドとはアミノ酸が2個以上つながったものを指し、味を感知できるものは舌の構造上、アミノ酸が2個〜数個連なった程度のものであろうか。
〝コク味〞とされているペプチドはこれまでの報告ですでにいくつかみられるが、比較的最近の2012年の研究には「グルタチオン」(図1上)という名のペプチドが食品開発の現場でコク味として大きく注目された。これはグルタミン酸、システイン、グリシンという3つのアミノ酸が連なったトリ(=3)ペプチドと呼ばれるものである。

グルタチオンは、先のグリコーゲンと同じようにそれ自体は無味無臭だが、他の味の厚みや持続性、広がりを引き出す効果があり、タマネギやニンニクなどに含まれている。そう、ここでも「タマネギ」「ニンニク」なのである。この2つの素材は、うま味を持つ食材と言われるものではないものの、うま味に寄り添って美味しさを増す役割を果たすものであることは、それらのレシピでの登場頻度を思えば、経験上でも理解できるだろう。タマネギ、ニンニクはコクづけの立役者とも言えるかもしれない。

生クリームや卵の脂肪分が濃厚に溶け込んだ上質なアイスクリームはなめらかながら、ねっとりした食感。スイーツ界のコク女王 ⒸAlamy/PPS

ところで、〝コク味〞のペプチドとして工業化されている「グルタミルバリルグリシン」(図1下)というホタテ貝や本醸造醤油、魚醤などに含まれる物質がある。工業化に成功したのは長年にわたりアミノ酸などのうま味を研究し続けている味の素株式会社だ。
グルタミルバリルグリシン、と続けて書くとわかりにくいので区切ってみると「グルタミル-バリル-グリシン」となる。グルタミルとはグルタミン酸、バリルとはバリン、グリシンはグリシンというアミノ酸のことである。つまり、これも3つのアミノ酸がつながったトリペプチドである。これももちろん無味無臭だ。
工業化という言葉を使っているが自然界に存在している物質である。2014年8月、厚生労働省の食品添加物として認可されており、すでに多くの食品に使われている。

香ばしく甘い香りもコクとろっとした食感もコク

こうした〝コク味〞以外にも、「コクを感じる」要素はサイエンスの目で見てももちろんたくさんある。コクの定義を図2のように「濃厚感。複雑さ、口の中での広がり、持続性」に求めるならば、味だけではなく香りも、食感も大きく付与する。
その要素を、フランス料理のシェフたちがコクのある料理として挙げることの多い「オニオングラタンスープ」をイメージしながらまとめてみよう。これまで述べてきた、コクの立役者、タマネギがメインの料理ということからも、わかりやすいかもしれない。オニオングラタンスープは飴色になるまでじっくり炒めたタマネギをスープとともに容器に入れ、パンをのせてチーズをかけてオーブンで加熱した料理である。

まず最初に出合うコクは鼻から。つまり香りだが、タマネギの何とも言えない香ばしい香りの成分は先にも触れたアリインが分解した「アリシン」で、硫黄分子(化学記号はS)が入っている。コク味物質である「グルタチオン」に含まれるシステインというアミノ酸も硫黄分子を持っている。これらを総称して含硫化合物と言うが、これもまたコクに影響すると言われている物質の1つだ。

コクを感じさせる香りの成分をさらに調べていくと、ピーマンのにおいの成分である「ピラジン」という物質も挙げられていた。その他「セロリ」の香気成分である「フタライド」という物質も、チキンブロス(鶏ガラと野菜をじっくり煮込んだスープ)の風味を増強することが知られている。セロリはタマネギ、ニンジンとともに香味野菜に欠かせないものだ。
さて「オニオングラタンスープ」に戻す。鼻の次は口から。ここでは何と言っても「物理的な濃厚さ」でコクを感じるだろう。炒めたタマネギや熱々に溶けたチーズはねっとりと舌に絡みついてくる。コクの要素の1つを余韻、持続性と捉えるならば、舌に触れる時間が長い、粘度は重要な要素だ。「カレー」や「シチュー」「豚骨ラーメン」、「フカヒレスープ」も然り。葛や片栗粉でとろみをつけるのも物理的なコクだ。

ラーメンもコクのある料理の代表。背脂チャッチャラーメンや豚骨スープなど、ねっとり濃厚な「脂」はコクを出すための重要な因子 ⒸAlamy/PPS

ちなみに、冒頭の煮物椀は、昆布とかつお節の一番出汁に、白身魚のしんじょう、ゆず、青味、にんじん、そこに、うっすらと葛。コクを感じたのは当然のような気がしてきた。
ねっとりといえば、タマネギを炒める際の油や上にかけるチーズの油脂。じつは、新鮮な油には、いわゆる味というものがない。「油を含むもの」は美味しいが、純粋の油はトリグリセリドという構造を持っていて、水に不溶性のために味細胞を刺激できず、無味である。だから、その美味しさはなめらかな食感とされていて、それがコクに影響していると言える。もちろん、食感だけではない何かもあるようだが、油の粘着性は味の厚みづけに一役買っている。ラーメンの背脂チャッチャも、コクチャッチャというわけだ。
こうして見ていくと、コクの解明は進んでいるようにも思えるが、定義もまだ曖昧で、複雑ゆえにそう簡単に解明できるものでもない。

それにしても、食に関するテーマが無限に広がっていくように、様々な要因が絡むコクを追い求めることは、好奇心が広がっていく感覚があって面白い。
コクとは、簡単に使ってしまう言葉だが、科学の領域では未解明なものが多いとされている難しいジャンルだ。でも確かに複雑なものであるが、薄くはないもの、つまり濃さ、厚み、広がり、持続性といった立体的な味のイメージを彷彿させるものであることには間違いないだろう。今後、新たな〝コク味〞が見つかったとしてもそれはおそらく無味無臭であり、縁の下の力持ちとして美味しさを盛り上げてくれるはずだ。

参考文献
«Agriculturalandbiologicalchemistry54»(1990年)
«Bioscience,Biotechnology,andBiochemistry58»(1994年)
「日本食品工業学会誌37」(1990年)
「月刊フードケミカル」(2014年8月)
«FoodChemistry99»(2006年)
«PLoSONE»(2012年)
『コクと旨味の秘密』(新潮新書)伏木亨(2005年)
«Foods & Food Ingredients Journal of Japan»(2008年)
太陽化学株式会社メールマガジン(2014年11月)

※こちらの記事は2016年9月20日発行『メトロミニッツ』No.167に掲載された情報です。

更新: 2018年4月19日

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