”コク”って何?#8

科学的な視点から導き出した
「コクって何?」

土田美登世・編
【コク語辞典 前編】

数々の食雑誌で活躍するフードジャーナリストの土田美登世さんですが、じつは大学院では、うま味を研究していたという経歴の持ち主。そんな土田さんに、コクを科学的な視点で紐解いてもらうのが本ページ。コクの解釈は人により様々ですが、科学の面から見ると「コクとは○○だ」とズバッと切り込める要素もあります。特に、ここ20年くらいで、無味無臭ながら、味のあるものに加えると〝コクづけ〞効果を示す〝コク味〞物質が解明されたことも注目すべきこと。そんな食べ物の美味しさを引き出すコクをサイエンスな視点からお届けします。

文・土田美登世さん Mitose Tsuchida

広島大学卒、お茶の水女子大学大学院(調理科学)修了。大学院では、加熱牛肉のうま味を研究。「専門料理」「料理王国」編集部を経て現在は、フリーランスの編集者。食の科学には一家言をもつフードジャーナリストでもある。グルメ系の文章によく登場する「コク」とは何かが気になり始め、講師を務める大学では学生に「コク」のアンケートをとったことも。

英語に訳すとコクはRich flavor?Body?

「この料理にはコクがある」と言ったり書いたりするとたいてい「美味しい」という意味であり、褒め言葉である。自分で使う時もそういう意味を込める。でも日本料理に対して言う時には慎重になる。なぜなら以前、マイナスに捉えられたことがあるからだ。馴染みの割烹で煮物椀が出た。ひと口飲んで「ふむ」と唸るほど美味しかった。うま味が広がり、余韻を感じるその味わいに「コク」という言葉で何気なく感想を伝えた。するとその大将が「かつおが強すぎたかなぁ」とポソッと反省の弁を述べた。昆布とかつお節でとる一番出汁は、ピンとした鋭角的なバランスのとれたうまさが大事であり、コクを感じてはダメだと言うのだ。そういう意味じゃないのに……すみません、みたいな雰囲気になった。

もちろん割烹の大将なりのコクの解釈なのだろうが、この一件以来、コクが気になりだした。一番出汁に使う昆布のうま味成分はグルタミン酸で、かつお節のそれはイノシン酸であり、それらが合わさると相乗効果によってうまさが増すことは知られている。でもそれだけでは説明できない濃厚で複雑な味に出合うと、思わず出てくるコクという言葉。コクとは何だろう?

「コクがあるのにキレがある」というCMが有名なビール。オールモルトビールなど、濃く仕上がったビールにコクという言葉はぴったりはまる ⒸAlamy/PPS

龍谷大学農学部教授の伏木亨先生は著書、その名もズバリ『コクと旨味の秘密』で、コクに迫っている。その冒頭で「コクは極めて複雑な要因が絡み合い、それが絶妙のバランスをとったときに発生する」とあるように、やはりコクとは〝複雑〞なのだ。
味を科学するプロフェッショナルたちは、この複雑なコクに注目をした。それもおそらく最初は日本で。さすが「umami」を生んだ国である。2002年に「うま味シンポジウム」が開かれ、「食べ物のおいしさと〝こく〞」に関しての意見を交わした。以来、コクの科学的アプローチは日本他、海外の論文等でもいくつか見られる。

いやそもそも、日本からでなければ最初に発信できなかったのかも知れない。なぜなら、コクという言葉に当たるものを外国語で見つけにくいからだ。
外国語で味を表現する達人であるソムリエにもコクとは何かを聞いたことがあるが、「うーん、難しいけど、強いて言えばrich(リッチ)、body(ボディ)、toughness(タフネス)かな」との答えが返ってきた。そもそも、ワインの世界ではコクという言葉をあまり使わないのだそうだ。ちなみに、コクのあるワインをリクエストされたらどうするかを聞いてみたところ「熟成したブルゴーニュとか、濃厚でスパイシーな南仏の……」との答え。ボジョレー・ヌーヴォーのような若いワインではなく、時間が経った熟成ワインを選ぶのは、長時間煮込んだ方がスープにコクが出る、というイメージと重なるのかもしれない。

タマネギ由来のものなどコクを付与する物質のいろいろ

ヒトが料理を食べるとき、視覚や嗅覚、聴覚、触覚、味覚といった五感をフル動員して美味しさを感じようとする。グルメな人ならなおさらだ。その中でも特に重要とされる要素は味覚で感じる「味」だろう。
味には「塩味」「甘味」「酸味」「苦味」「うま味」の5つあって、これらは基本味と呼ばれている。コクはというと、そのものの味ではなく、味や香り、食感などの複雑な刺激によって引き起こされる「現象」のようなものだ。

素材をトロトロ煮込んで出てくるうま味、様々なスパイスの香り、ルーのとろみなどが複雑に絡み合って生まれるカレーの味はコクの象徴 ⒸSuperstock/PPS

先の基本味の中で〝コク現象〞を引き起こすのは「うま味物質」「苦味物質」「酸味物質」だと言われている。
例えば、味噌だけで作った味噌汁は塩味や味噌独特の香りはあるが、かならずしもコクがあるとは言えない。そこに、出汁のうま味が加わることで、味の持続性、つまりコクを感じることができる。
こうしたうま味物質とコクとの関係は経験上、理解しやすいが、苦味物質がコクに影響を与えると聞いてもなかなかイメージしにくい。しかし、そういえばあるイタリア料理人がジュニエーブル(ネズの実)を加えるとコクが増すと言っていたことがある。ジュニエーブルとは、ジンの香りの由来となっているスパイスのことだ。ほのかな苦味を加えることで複雑性を与えるのだろう。

ニュアンスは違うかも知れないが、甘いおしるこに塩を加えるように、反する味を加えることは複雑性を増す要素のひとつなのだろう。その効果については酸味物質も同じだ。まかないのカレーに酢をわずかに加えるとコクが出ると言っていたシェフの言葉を思い出す。

さらに研究は進み、コクを付与する「物質」も見つかってきた。その最初と言われている文献は1990年代前半に遡る。ニンニク由来のアリインという物質や、タマネギ由来のS-propenyl-L-cysteinesul foxide(SプロペニルLシステインスルホキシド)といった物質を、あらかじめうま味を持つ液と合わせると、厚み、持続性、広がりを与えることが見出されて、「kokumi flavor」と呼ばれた。
SプロペニルLシステインスルホキシドという舌をかみそうな名前のものがコクを付与し、それが「タマネギ由来」であったことは妙に腑に落ちた。なぜなら、フランス料理のシェフたちは、フォン・ド・ヴォーという仔牛でとった出汁にコクをつけたいと意識する時、焦がしたタマネギを使うことがあるからだ。

また同じく1990年には、人工的に作ったホタテ貝のエキスにグリコーゲンという物質を加えると、厚みや持続性、広がりが増すことが報告された。グリコーゲンとは主に肝臓や筋肉の中に含まれる糖類のことで、「江崎グリコ」の名の由来となった物質だ。糖類といっても無味無臭である。無味無臭なのに、うま味のある物質と合わせると、私たちがイメージできる、いわゆる〝コクが増す〞何らかの作用が起こるのだから面白い。

更新: 2018年4月19日

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