”コク”って何?#6

『コク語辞典』を引いたら。
様々な人たちの用語解釈集⑥

藤田統三さん
田中勝幸さんの場合

Photo 小林秀銀、加藤純平 
Text 本城さつき、立石郁

少し肌寒くなり、いよいよ本格的な“コク”の季節が到来しました。あの「ミルクのコク」なんて言う時の“コク”です。皆さんは、その言葉の意味を説明できますか?「コクがあってマズい」とは言いませんので、必ず「おいしい」につながることまではわかりますが、頭の中のイメージをまとめるのはなかなか難しく、これまで私たちもぼんやりしていたのです。誰でも知っている言葉なのに、調べてみる限り、どうやらきちんとした定義も確立されていないようで、解釈もきっと人それぞれ。そこで今月の特集は、“コク”に迫ってみたいと思います。様々な方に“コク観”をお聞きして、アーカイブ化。それを『コク語辞典』というカタチで展開したいと思います。

様々な人たちの用語解釈集

『コク語辞典』を引いたら。
コクとは何か?を探るためにまずは、東京で活躍される料理人・作り手の方々のコク語辞典を引いてみました。ここに登場するのは、各店のメニューの中で最もコクのある料理や飲み物です。どうぞ、コクをイメージしながら、ご覧ください。

こく【藤田統三さんの場合】

良質の小麦粉でカリッと焼いた生地と、無脂乳固形分を用いて適切に炊いたクリームのハーモニー。クリームを炊く際は、旨味が増すタイミングに気を配りたい。
―――「ラトリエモトゾー」シェフ(池尻大橋/イタリア菓子)

伝統香るイタリア菓子店で出合う、深い味わい

華やかなショーケースの反対側には、シックなブラウンのカウンター。店内には、クリームやフルーツを使った生菓子をはじめ、日本では珍しいイタリアの伝統的焼き菓子もずらりと並びます。このバリエーションの広さが「ラトリエモトゾー」の大きな魅力。オーナーシェフの藤田統三さんは、約20年前、料理の勉強をしようと渡ったイタリアで、日本ではそれまで見たことのなかったイタリア菓子に出合い、衝撃を受けました。特徴は、小麦粉を使ったものが多いこと。

カーヴォロ
カーヴォロ(350円)はパイ、サブレ、シュー生地の3層構造と、濃厚カスタードクリームの相性が抜群。藤田さんのオリジナル菓子。

「パスタやらピッツアやら、食事でさんざん小麦粉を食べているのに、まだお菓子を食べる。どれだけ小麦粉好きなのかと思いました。でも、それもそのはず、小麦はイタリアの土壌と相性が良く、良質なものが多いのです」その小麦粉を使って焼き上げた生地とクリームの組み合わせこそ、藤田さんが追求するコク。粉だけでコクを出すことは難しくても、クリームを合わせることで、より深い味わいが立ち現れると考えます。

ティラミス
ティラミス(600円)は、レシピはオーソドックスながら、少しだけ加えた練乳(これも無脂乳固形分)がコクと旨味を与える。

「クリームのおいしさのカギは脂肪分と思われがちですが、私は無脂乳固形分、つまり牛乳に含まれる脂肪分以外のタンパク質、乳糖といった成分を重視しています。また、クリームを炊いていると、固かった材料が鍋の中でふっと緩む瞬間があるのですが、それを逃さずつかまえることも大事。その時に、旨味がグンとアップするのです。昔ながらの作り方ですが、シンプルなだけに、ごまかしが効きません」

パンナコッタ アル バルサミコ
パンナコッタ アル バルサミコ(430円)は、ゼラチンではなく卵白を入れて固める古典的な作り方。カラメルソースに少し入ったバルサミコ酢が、パンナコッタのしっかりとした甘みを引き立てる。

カウンター奥の棚にはグラスが並び、ワインセラーも完備。藤田さんは、近い将来、ここを本場イタリアのように、お酒も出すバール併設の菓子店にしたいと計画しているそう。おみやげを買いに寄ったついでにお菓子をつまみ、コーヒーを1杯。あるいは、仕事帰りにお疲れ様のワインを1杯。そんな風に使い方が広がる“身近なイタリア”の誕生ももうすぐです。

藤田統三さん
イタリアで修業後、大阪のイタリア菓子専門店、表参道のイタリア菓子店&バール「ソル・レヴァンテ」を経て独立。今年8月13日、自らの名を冠した待望の菓子店をオープン

L'atelierMOTOZO
☎03・6451・2389
東京都目黒区東山3・1・4
営10:30~19:00月定休

こく【田中勝幸さんの場合】

美味しいという誰もがわかる感覚よりさらに上の最高潮な状態。そのギリギリの感覚を掴むためには日々店に立ち、真摯に作り続けることが重要。その姿勢がバリスタとしてのエネルギーとなり、コクを生む。
―――「ベアポンドエスプレッソ」オーナーバリスタ(下北沢/カフェ)

この手でしか作れない存在感を

1995年頃にアメリカでコーヒーのサードウェーブ・シーンが巻き起こった、その波のど真ん中・ニューヨークでバリスタとして活躍した田中勝幸さんが、下北沢にオープンした「Bear Pond Espresso」。この店のシグネチャーメニューの1つ「エンジェルステイン」は、まず鮮烈なスパイシーさが口の中で広がり、時間が経つと豊潤な甘みや酸味が余韻を引く、複雑で濃厚な味わい。そんな1杯を、エスプレッソマシンの向こう側からさらりと出してくる田中さんの考える「コク」とは、意外にも職人的で哲学とも取れる話でした。

エンジェル・ステイン(シグネチャーエスプレッソ)
エスプレッソを作る際、豆を抽出しきらずに、ここというタイミングでカップを引くときに付く染みを「エンジェル・ステイン」と呼ぶ(690円)

「初めはエンジェルステインとエスプレッソの違いについて話をしようと思ったんだけど、それじゃつまらないと思って。僕が考えるエスプレッソのコクについて…例えば、とてもキレイな女性がいて、もう一人は、普通なんだけれど何故かトキメく、ということがあるでしょう?つまりそれって、一般的な理屈ではなくて、もう一段階上の次元の世界観。『なぜか魅了される』とか、そういう余韻。形にできない、エネルギーや存在感。僕はこれが『コク』だと思うんだ」。

トップ(シグネチャーラテ)
エンジェル・ステインで作るシグネチャーラテは飲み口によって味わいが変化する1杯(550円)

そう熱く語り出した彼の手をよく見ると、右手だけ少し指先の形が違うような。これはエスプレッソを作る上で次第に自分の体が作業環境に進化していったのだと言います。「コクという言葉の語源を調べると、「酷」という漢字や、「極」という何かを極めた、最高の状態を意味する漢字が出てくる。これが答えじゃないかな?信じる味をどれだけ、己に恥ずかしくなく、0.1秒、0.1g単位で抽出の様子を見て1杯1杯作っていくか。つまり1人のバリスタとして『個』の『技』を極める以外にコクを出す方法はないと思います。毎日マシンの前に立ち、エスプレッソを作り続ける。ただ、それだけですよ」。

ダーティー
エスプレッソとミルクを2回に分けて落として2層に。世界が驚いた3段階に変化する味を楽しめる(550円)

溢れる思いが生み出す、彼のコク深き1杯からどんなインスピレーションを受け止めるか?そんな視点でエスプレッソを楽しむという体験を、この店で味わってみてください。

田中勝幸さん
1989年に留学のため渡米。転職後、スペシャルティコーヒーの魅力に惹き込まれ、米国の大企業で働きながらもバリスタの道へ。2009年、下北沢にBear Pond Espressoをオープン。http://www.bear-pond.com/

BEAR POND ESPRESSO
☎03・5454・2486
東京都世田谷区北沢2・36・12
エンジェルステインの提供は11:00~13:00(限定数終わり次第終了)火定休

※こちらの記事は2016年9月20日発行『メトロミニッツ』No.167に掲載された情報です。

更新: 2018年4月19日

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