”コク”って何?#2

『コク語辞典』を引いたら。
様々な人たちの用語解釈集②

野﨑洋光さん
鄧徳勝さんの場合

Photo 牧田健太郎、小林秀銀 Text 浅井直子、松本典子

少し肌寒くなり、いよいよ本格的な“コク”の季節が到来しました。あの「ミルクのコク」なんて言う時の“コク”です。皆さんは、その言葉の意味を説明できますか?「コクがあってマズい」とは言いませんので、必ず「おいしい」につながることまではわかりますが、頭の中のイメージをまとめるのはなかなか難しく、これまで私たちもぼんやりしていたのです。誰でも知っている言葉なのに、調べてみる限り、どうやらきちんとした定義も確立されていないようで、解釈もきっと人それぞれ。そこで今月の特集は、“コク”に迫ってみたいと思います。様々な方に“コク観”をお聞きして、アーカイブ化。それを『コク語辞典』というカタチで展開したいと思います。

様々な人たちの用語解釈集

『コク語辞典』を引いたら。
コクとは何か?を探るためにまずは、東京で活躍される料理人・作り手の方々のコク語辞典を引いてみました。ここに登場するのは、各店のメニューの中で最もコクのある料理や飲み物です。どうぞ、コクをイメージしながら、ご覧ください。

こく【野﨑洋光さんの場合】

うま味を感じる美味しさを表現する言葉。出汁に頼らず、全体のバランスが取れた結果、生まれる味わい深さを指す。
―――「分とく山」総料理長(広尾/日本料理)

出汁に頼らないコクが真骨頂バランスをとるのは苦味と酸味

押しも押されもせぬ日本料理の名店、「分とく山」。開店から27年経った今も、夜毎、板場に立つ総料理長の野﨑洋光さんは、明快な理論と語り口で和食を伝える、オピニオンリーダーでもあります。研究熱心で、和食がたどってきた道にも明るい野﨑さんはコクについて、「出汁を使わない時代に、料理に感じたうま味をコクという言葉で表現していたのでは」と、歴史を振り返りながら紐解いていきます。「その名残で、現在もコクがあるとは、出汁が効いていて美味しいという意味で使われているんでしょうね」。

【松茸の炊き込みごはん】
野﨑流のコクが堪能できる一品。出汁は使用する食材のバランスを見て、必要な時しか使わない。そのため、今回の炊き込みごはんは出汁不使用。なのに、滋味深い味わいが、口の中でいつまでも繊細に鳴り響くのは、細かく刻んだ油揚げのうま味がごはんにしみ込んでいるため。あとは水と醤油のみというシンプルさ。だからこそ、旬のごちそう、香り高い松茸の存在が、いっそう引き立つ。「油抜きをして程良い油分になったお揚げで炊き込むと、米がほぐれて全体にうま味がしみ渡り、コクに繋がります」。(16,200円のコースより/サ別)

野﨑さんが調べたところ、かつお出汁や昆布出汁が広く使われるようになったのは戦後ですが、近年、特に過剰な出汁や油分の存在が強調される風潮にあるとのこと。「それだけそういう料理に“コク”を感じる人が多いのでしょう。でも、実際に舌が感じるのは、甘味、酸味、塩味、苦味、辛味、渋味、うま味の七味。あまりにも強烈なうま味や油分は、美味しさに必要な要素なのでしょうか?」と、現在の「コク」の傾向について疑問を呈します。では、野﨑さんの考えるコクとは?

「全体的なバランスの良さによって生まれる深い味わいです。そのバランスの決め手となるのが、苦味や酸味の要素。和食につきものの薬味は苦味です。あんこに少々塩を入れると美味しいのも、甘味を引き立てるのは塩味ではなく、塩が持つ苦味。もう1つの酸味はすっぱくない酸、すなわちグルタミン酸やイノシン酸など、出汁のうま味となるアミノ酸です。うちでは出汁の塩分を、人間の体液に近い塩分濃度0.8%を元に、お吸い物のベースは0.75%くらい、すり流しは0.7~0.8%で調整します。野菜からもうま味は出ますから、食材のうま味を見越した上で昆布出汁を足してバランスを見る。そこで初めて出汁が出てくるんです」。全体を見渡してから導き出す「美味しい方程式」は、野﨑さんの真骨頂。最もミニマルなコクは、和食の中にこそ息づいているのかもしれません。

野﨑洋光さん

武蔵野栄養専門学校卒業後、1973年の東京グランドホテルを皮切りに、八芳園での修業を経て、80年に「とく山」料理長、89年「分とく山」総料理長に。ロングセラーの『美味しい方程式』(文化出版局)を始め、著書も多数。

分とく山
☎03・5789・3838
東京都港区南麻布5・1・5
営17:00~23:00(22:00LO)日定休

こく【鄧徳勝さんの場合】

素材の旨みが凝縮した「エキス」のこと。広東料理のコクを一番ダイレクトに感じられるのがスープであり、コクを生み出すには上湯をはじめとするベースのスープが不可欠。
―――マンダリンオリエンタル東京広東料理「センス」料理長(三越前/広東料理)

広東料理の鬼才が繰り出す、エキスを楽しむ繊細な味

「巷には様々なヌーベル・シノワがありますが、私は基本を忠実に守ったスタイルで歴史を掘りたいですね」と語るのは、日本で指折りの本格的な広東料理の名手、鄧徳勝さん。鮑や帆立、伊勢海老、東星ハタやナポレオンフィッシュといった高級海鮮、広東高級乾物、中国野菜に至るまで、メイド・イン・ジャパンにできる限りこだわった最高級の食材を駆使し、調味料を極力抑えたこちらの料理には、「素材の持ち味を活かす」という広東料理の極意が息づいています。

ミシュランの星も輝く「センス」のコクはどこから生まれるのでしょうか?「ベースのスープが不可欠だと思います。写真のスープに使った上湯(ショントン)スープは豚肉や鶏肉、金華ハムを使ってバランスのいい濃度に炊いたもので、センスの味を守るベースになっています。鮑のオイスターソースは鶏肉とモミジ(足)で作る濃厚な鶏スープでコクを出していますし、東星ハタの骨を炊いたフィッシュスープ、2週間かけて戻す鮑や乾燥キノコの戻し汁なども美味しいベースになります。やっぱりスープを絡めた料理はコクが出ますね。例えば、新鮮な帆立を薬味と塩でサッと炒めたものは、それだけで力があって味を足す必要がない旨みなので、コクとは感じ方が違います。ベースのスープと素材のエキスが融合して深まったコクを、一番ダイレクトに感じられるのが、“スープを飲む”ということだと考えます」。

【鄧料理長特製乾燥とフレッシュ高麗人参のすっぽんの薬膳蒸しスープ】
上湯スープをベースに、直前にさばく活すっぽんと各素材を3~4時間蒸したスープ。使用する素材は、乾燥と生の両方を使う高麗人参、花しいたけ、広東白菜、山ごぼう、干し貝柱、龍眼の実、クコの実、白きくらげの9種類で、重視するのは味のバランス。わずかな塩のみで調味し、すべての食材のエキスがどれ1つとして強すぎない重層的なコクが生まれる。(ディナーコース19,440円の一部と、アラカルト7,344円で提供)

強い味の美味しい食べ物は世間にたくさんありますが、鄧さんが目指しているのは「モア、モア(もっと、もっと)」。追求すると、やはり素材の旨みでありエキスに行きつくのだそう。ちなみにこちらは、スープや魚など「これを食べたい」と目的意識を持って通う常連も多いお店。エキスを楽しむ繊細な料理は飽きることがなく、スカイツリーを一望するエレガントな空間が華を添えてくれます。

鄧徳勝さん
浅草生まれ、横浜育ちの中国人華僑で料理人の家の3代目として育ち、伝統的な調理技法を習得。香港、都内のホテル等で研鑽を積む。親しみやすい人柄でスタッフからの人望も厚い

マンダリンオリエンタル東京広東料理「センス」
0120・806・823(レストラン総合予約)
東京都中央区日本橋室町2・1・1マンダリンオリエンタル東京37F
営11:30~14:30(土・日・祝飲茶11:00~15:00)、17:30~22:00無休

※こちらの記事は2016年9月20日発行『メトロミニッツ』No.167に掲載された情報です。

更新: 2018年4月19日

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