ワインとシャルキュトリ#10

東京生まれのシャルキュトリ

「PÂTÉ屋」の味

Photo 井上美野 Text 本城さつき

1973年に日本初のパテ専門店としてオープンして以来、多くの人に愛されてきた「PÂTÉ屋」。どの土地にもその場所ならではの食文化が育つものですが、フランスのパテの店でありながら東京の家庭にぴったりはまるのが「PÂTÉ屋」の味。その理由を、御年78歳にして今もお店に立ち続ける、店主の林のり子さんにお聞きしました。

好奇心と行動力をパテに詰め込んで

最初にパテ作りを学んだ本。特にTIMELIFE社の『世界の料理』シリーズ(左)には付箋がたくさん付けられている。「こんな生活があってこの料理を食べている、ということがわかる本」と林さん

大学を出てから設計の仕事をしていた林さんが、ある日アメリカで出合った手作りのレバーペースト。この時受けた「これって家でも作れるんだ!」という驚きが、林さんを建築から料理の世界へ導くきっかけとなりました。

店の奥には、蔵書がぎっしりと詰まった本棚が並ぶ。世界の食、自然など、緩やかにジャンル分けがされていて、スタッフとまかないのご飯を食べながら、気になることがあるとすぐに調べられる

「レバーペーストは子どもの頃から好物でしたが、自分で作れるとは考えたこともなくて。帰国後、日本でもレシピを記した本が出ていることを知り、さっそく作ってみました。そして、その後も様々なレシピを見つけては作って、を繰り返すようになったのです」

70代とは思えない若々しさで、ショートカットに個性的なメガネがよく似合う林さん。その好奇心は、食から周辺へと広がり続けて留まるところを知らない。お酒も大好き

当初は本の通りに作っていた林さん。レシピは次第に、複雑な工程を省き工夫を施した、シンプルなものに落ち着いていきました。こうして始まった林さんのパテ作りは、自家用に作って楽しむうち、少しずつ周りの評判を呼び始めます。分けて欲しいと頼まれることも増え、とうとう店を開くことになりました。ところが、オープン後ほどなく、林さんは「外国の保存食を日本で作ることには、無理があるのでは」と考え始めます。「暑い時期は、作っている当人でさえ、パテとワインより枝豆とビールの方が恋しいと思うのだから、他の人はなおさらでしょう」

レバーパテ600円、スモークしたかきとほうれん草のペースト600円、クリームチーズペースト550円(いずれも100gの価格)。パンに載せたり、カナッペにもぴったり。「食器に移し替えなくても、プラスティックカップのまま小さめのコーヒーカップやココットなどに入れるといいのよ」と林さん

そこで、フランス風の品揃えにこだわらず、その時手に入る素材を生かして季節感がある惣菜を作ろう、と方向転換をすることに。「例えば、暑い日にいいかも、と考案した砂肝カレー風味は、ビールによく合う味で、今も変わらず人気の商品です。一方、多くの種類を作ろうと考えていたパテは、種類を絞って少数精鋭でいこうと決めました」

世田谷の静かな住宅街に立つ一軒家。小さな看板が目印

プロのシェフが加盟する「全日本司厨士協会」主催の料理教室に足を運び、商品について意見を聞くこともあったそう。「以前から、外で食べた洋食を家でそれらしく再現することは得意でしたが、プロから西洋料理の手ほどきを受けたのはこれが初めて。レバーペーストがフランスではパテと呼ばれること、ハムやソーセージと同じく保存食の一種であることなどを改めて学びました」

奥のキッチンでは、仕込み作業に余念がない

林さんのパテ作りを支えるのは、こうした研究熱心な気質だけではありません。それまでの人生で重ねてきた食の経験もまた、大きな要素でした。「幼少期から洋食に親しんで育ちました。明治ハイカラ世代の祖母、モガだった母、ともに洋食を習った経験があったため、食卓に洋食が並ぶ機会も多かったのです。小学校の一時期、父の転勤で岡山と九州の田舎に暮らしましたが、母はその頃も、畑で採れた作物で洋食を作ってくれました」

ノルウェーで船上冷凍されたニシンの箱。これがPÂTÉ屋名物「にしんの酢漬け」になる

長じて大学で建築を修めた林さんは、建築事務所に職を得てヨーロッパへと渡ります。「初めはロッテルダム、後にパリで働くことになり、ヨーロッパの食に触れました。市場に並ぶ食材の豊かさ、肉の種類の豊富さなど、目を見張るものばかり。背景にある現地の文化も含め、すっかり心をつかまれました」

プラスティックカップは、そのまま器に入れれば洗い物が減らせる上、余っても蓋をして保存できる。お土産や持ち寄りパーティにも便利

PÂTÉ屋を開いた後も、林さんは食文化の面白さにますます惹かれていきました。関心は、パテから各地の保存食、そして土地固有の食材や食習慣へ。「学生時代に建築を学んだ時、空間は、土、石、草、木などその土地にある素材を使ってできるのだと教わりました。料理を仕事にした時も、料理の歴史や文化についてまとめた書物を探しましたが、見当たらないことに驚いて。ならば、自分で調べようと考えたのです」

ショーケースには、季節によって顔ぶれを変えつつ、いつも10数種の惣菜が並ぶ。どれにしようかと迷うのも楽しい

関心を持ったら、実際に行動に移すのが林さんのすごいところ。店とは別に<食>研究工房を設立し、世界の食のしくみについて調べ始めました。パテを作り始めた時同様、研究熱心な気質がここでも発揮されます。「地方へ足を運び、食習慣を聞き取ってまとめる調査などを手がけました。フィールドワークを通じ、やはり、食の背景にはいつも土地の歴史や文化があることが実感できました」

林さんと現役スタッフの皆さん。この小さなお店から巣立っていったOGは、これまでに50人を超える

研究の成果は林さんの中に蓄えられ、有形無形の影響をPÂTÉ屋にも与え続けているに違いありません。そして、PÂTÉ屋は今年でオープンから43年。これまでに、変えたこと、変えずに来たことはあるのでしょうか。「意識して変えるというより、素材次第です。いい素材が入ったら、それをどう生かして料理するかを考えるだけですから」
親子2代、3代にわたるファンも多いPÂTÉ屋。この、地に足のついた誠実な味作りこそが、息の長い人気の秘密です。

PÂTÉ屋
☎03・3722・1727
東京都世田谷区玉川田園調布2・12・6
11:00~18:00 日・月・火定休
1月、 8月は長期休業あり。HPで確認を

※こちらの記事は2016年10月20日発行『メトロミニッツ』No.168に掲載された情報です。

更新: 2018年4月18日

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