|地中海料理という、暮らし方。[2]|

マリーノ・ニオラ先生に訊く!
地中海料理とは?ー第2部ー

【第2部】地中海料理のダイエット革命

「地中海料理」という言葉は、英語にすると「Mediterranean diet」(日本語では「地中海式ダイエット」と呼ぶことが多い)。「ダイエット」と言うと、日本の皆さんは勘違いしてしまうかもしれませんね。

つまり、現代語の「ダイエット」は「痩せるための食事療法」を指しますが、本来ダイエットという言葉はそういう「食べる様式」を指す言葉ではありませんでした。語源はギリシャ語由来の「DIAITA」で、「生き方」を意味する言葉でしたが、その後で、別の意味合いも持つようになったのです。

もしかしたら、Mediterranean dietは「地中海料理」と訳すよりも、「地中海式養生法」や「食養生」と訳した方がしっくり来るのかもしれません。もしくは「地中海式食事スタイル」とか。また、DIAITAには「家」という意味もあります。さらに、二次的な意味では「船の操縦室」という意味も。

操縦室は、行き先を決定し舵を取る場所です。それは人生の舵をどう取るか…ということにもつながるのです。食生活次第で、長寿にも短命にもなりますしね。この「地中海料理」という概念を最初に提唱したのは1975年、アメリカ人のキーズ博士でした。

しかし、彼はMediterranean dietとは言わず、Mediterranean wayと呼んでいました。wayoflifeのwayです(wayには習慣、流儀という意味もある)。とにかく「地中海料理」(Mediterranean diet)と正反対にあるのが、現代のダイエットなのです。

先にお伝えましたように、「地中海料理」は共に食事をする、共有する、一緒に料理するというライフスタイルも含みますが、現代のダイエットとは過剰に個別化した食(例えば、ローフードやベジタリアン、ビーガンなどの方々に多い、食事は自分のためだけに、1人で食べるという人)につながるものでもあります。

ここで、先ほど少しご紹介したキーズ博士についてお話ししましょう。実は、「地中海料理」という概念は、アメリカのミネソタ大学教授のアンセル・キーズ博士によって作られたもの。それ以前は、地中海地方には何だか共通する食のスタイルがあるな、という認識だけで、特に呼び名などはなかったのです。

キーズ博士は、本国・アメリカでは優れた生理学者として、すでに有名な方でした。博士がFAOの国際会議に出席するためにローマを訪れたのは、第二次世界大戦後の1951年。その時の会議のテーマは「世界の人々の健康が損なわれていく」というもので、当時、多くの国では飢餓が最も大きな課題でした。

しかし、アメリカが抱えていた問題は、心血管系疾患(心筋梗塞)の増加。なんと成人の50%が心筋梗塞で亡くなっていたのです。しかし、どのように心筋梗塞に立ち向かって良いのかは誰にもわかりません。なぜなら、その頃はまだコレステロールと心筋梗塞の関係が明らかではなかったからです。

そんなFAOの会議会場で、キーズ博士に声をかけた人物がいました。その人物とはナポリ病院所属のプライマリードクターで、キーズ博士にこう言ったのです。「ナポリでは病院に心筋梗塞で運ばれてくる患者は1人もいませんよ」と。その足で、キーズ博士は生物学者である妻のマーガレットとともにナポリへ赴き、プライマリードクターの協力の下、鉄工所で働く成人(つまり貧しい人々)の血液検査をしました。結果、心血管系リスクは皆無で、血液成分は正常値内で全く問題がなかった。

実は、これはパラドックス(矛盾をはらんでいる)なのです。イタリア人が心筋梗塞になりにくいということは、当時、食糧不足に陥っていたヨーロッパの国々に対し、世界で最も栄養状態が良いと考えられていたアメリカ人に「ナポリ人のように粗食をなさい」と言わなければならなくなりますよね。彼にとってこのメッセージは挑戦でした。

なぜなら、アメリカの食産業を牛耳る大企業に喧嘩を売るようなものだからです。ナポリ滞在後、キーズ博士はコレステロールと栄養、食事の仕方についてより広く調査するべく、イタリアのカラブリア州やギリシャのクレタ島などを訪れました。そして、最終的にはイタリアのカンパーニャ州のチレント地方に家を購入しました。チレントに決めた理由は、地中海を代表する食習慣がここにある、とわかったからです。

そして、この家に相談所を作り、1年のうちに数カ月はここに滞在するようになりました。やがて世界中の著名な研究者たちもこの地を訪れるようになりましたが、キーズ博士にとってチレントはまさに理想の研究場所だったようです。

しかも「僕はここに住みたいよ。だって寿命を20年伸ばせるんだから」と言って、しまいには実行に移しましたね。博士は100歳で亡くなったのですから。ちなみに、博士の妻は97歳で亡くなりました。彼女が亡くなった理由は、夫に先立たれたためかもしれません。寂しくて死期が早まったのでしょう。

また、博士が家を買った後に、フィンランド人のカルボーネン医師やシカゴ大学の心臓脈血管疾患の権威スターナー医師(現在、御年97歳)も、チレントに住むことになりました。このチレントがあるサレルノ県と言うのは、11世紀に『サレルノ養生訓』が著された土地でもあります。

ヨーロッパ最古の医学校「サレルノ医学校」で生まれた健康読本で、今も読み継がれているくらいの名著です。サレルノ医学校は11世紀までは最も有名で、とても先進的な医学校でした。あの時代は、サレルノにはアラブ人がいましたから、薬学は西洋からだけでなくアラブの知識が相当入って来ていましたね。

11世紀には世界初の女医も誕生しています。トロトゥーラという女性で、『女性の病気』などの本を著したと言われています。

キーズ博士とは?

地中海料理のパイオニア キーズ博士とは?

アンセル・キーズ博士(1904〜2004)はミネソタ大学の教授で生理学者でした。博士がチレントを拠点に、1958年から10年をかけて行ったのが「世界7カ国共同研究」。

アメリカ、日本、フィンランド、オランダ、イタリア、ユーゴスラビア、ギリシャの7カ国で40~59歳の12,000人分の食生活を調査し、アメリカのように肉など動物性の飽和脂肪酸が多い食事はコレステロール値を上げ、心疾患の原因になるとの結論を出しました。

Interview:粉川妙
Text:メトロミニッツ編集部

※こちらの記事は2015年5月20日発行『メトロミニッツ』No.151に掲載された情報です。

更新: 2016年10月19日

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