ビストロの現在地 #7

その文化はいかにして育まれてきたのか

フランスのビストロ学

セバスチャン・ドゥモランさんが語る
かくして生まれた
“ビストロノミー”

セバスチャン・ドォモランさんは、長年、フランス料理界の第一線で活躍されてきた有名なフードジャーナリストです。そして2004年、「ビストロノミー」という言葉を生み出した張本人でもあります。ビストロノミーは、これまでの枠組みでは収まらなくなった今どきのビストロを表現する言葉として、現在、広く使われていますが、一体どのような背景があってその言葉は生まれてきたのでしょうか。ドォモランさんに直接お目にかかって、話を伺ってきました。これより先は、これまでのビストロのこと、「ビストロノミー」について、ドォモランさんに語っていただきます。

「振り返ってみれば、年に『ポトフ』をオープンさせた、ミシェル・ゲラールこそがビストロノミーの先駆者だったと思います。若く才能あるシェフが独立する際、限られた予算の中で自分のお店を持てるのがこのビストロでしたが、そこでは一流の腕で作られた、美味しいビストロ料理が供されていました。年代に、ミシェル・ロスタンやギー・サヴォワなどのセカンド店も、ガストロノミーのシェフが金銭的なリスクを取らずに2店舗目が出せるという点で、〝ビストロ〞が有効な手段でした。これらの流れが後の時代に『ビストロノミー』というジャンルが確立されるための土壌となりました。

その後、今日のようなビストロノミーのブームを起こした立役者としては、イヴ・カンドボルドがいます。カンドボルドがミッシェル・ゲラールを意識していたとは考え難いですが、ビストロ開店までの経緯には共通項がありました。カンドボルドが独立して自分のお店を持とうとした際、最初はホテル「ル・クリヨン」での経験を活かし、高級レストランにしようとしました。しかし時代は湾岸戦争の真っ只中、フランス経済はどん底で、人々は外食を控える傾向にあったため高級料理店では経営が成り立たないと判断。そして、これまでのフランス料理の歴史では見たことがないお店にすることを決めたのです。

ビストロのようにテーブルクロスがなく簡素な内装で、サービスは堅苦しさを取っ払い、価格を抑えました。その一方、高級料理店での経験で培われた確かな腕で、誠実な料理を作りました。ビストロで定番だった煮込み料理やパテなどは、シンプルな料理だからこそ、技術の差が一目瞭然。そんな定番料理に、少しだけガストロノミーの風を取り入れてみることにしたのです。それは食材だったり、調理法だったり。当時としては、全てが非常に前衛的な発想でした。こうして、1992年にわずか歳でオープンした『ラ・レガラード』は、あっと言う間に超人気店となったのです。

『ラ・レガラード』の成功の後、イヴ・カンドボルドに触発された若いシェフたちが、次々に革新的なビストロを開店させていきます。まさに『ビストロノミー時代』の幕が開けたのでした。その後、年に開店した『ル・コントワール・デュ・ルレ』で、イヴ・カンデドルドは、伝統的なフランス料理を高級料理の技術と個性で作るという趣向を強化。それにより、ビストロノミーの流行はさらに加速し、一大ブームを巻き起こします。昔、ビストロと言えば、予約しなくても必ず座れたものですが、『ル・コントワール・デュ・ルレ』は〝半年先まで予約が埋まっているビストロ〞として、その評判がたちまち世界を駆け巡りました。このようにビストロノミーが成功し、現在も人気が継続しているのは、時代のニーズとマッチしたからです。

時代は堅苦しいサービスと、行くのに身構えてしまうような高級レストランではなく、気軽で簡単に行けるお店を求めていました。また、かつて、高級料理のシェフは、決まったプロトコール(作法)に従った料理や店構えにしなければ、一流として認められませんでした。しかし近年、若いシェフが高級料理の作法から自由になって、自分の個性を存分に発揮できるような環境が整ってきたのです。ビストロノミーには〝定番のスタイル〞やこうしなければいけないなどの決まりがありません。各々の感性で表現できるその自由さがお客を魅了しているのです。そして最大の成功の要因は、ハイレベルの料理を手軽な値段で食べられるというコストパフォーマンスの良さでしょう。

しかし、私たち料理業界としては『ラ・レガラード』がオープンし、若いシェフがその流れに追随し始めてから、この新しく生まれた潮流をどのように説明すれば良いのか、すごく迷っていました。〝ビストロ〞とも〝ガストロノミー〞とも言えず、何と呼んだら良いのかわからなかったのです。そんな中で〝ビストロノミー〞をはじめ、

〝ネオ・ビストロ〞という言葉も生まれ、これら新しい店をより的確に言い表しているとして世の中に広まっていきました。そのため、ビストロノミーとネオ・ビストロは、ほとんど同じものを意味する言葉です。近年、もはやビストロとレストランの境目も曖昧になってきています。過去年で、ビストロノミーは進化を遂げ、もはやカテゴライズすることすらナンセンスになってきているのかもしれません。しかし、シンプルで心地良い内装に、高品質な食材を確かな技術で素直に料理する。そして、友達の家に来たような温かくてフレンドリーな接客。その哲学は変わらないまま、ビストロノミーは今後さらに自由度を増し、多様化していくことでしょう」

そもそもビストロとは、いつの時代もお店のサービスや業態のことというよりも、その〝エスプリ〞のことでした。いわばビストロという言葉には、家族や友達と気楽な雰囲気で楽しく飲んだり食べたりするという意味が込められているとも言えます。人々の日常に寄り添う存在であるビストロは、時代ごとの価値観やライフスタイルに合わせて変化するのが自然の流れ。街に素敵なビストロがあると人々の日常が少し豊かになるという点も、今も昔も普遍的な〝エスプリ〞ではないでしょうか。

おさらい “ビストロノミー”とは?

「ガストロノミー」と「ビストロ」 を掛け合わせた造語。ミシュラン の星付き店に代表されるようなガストロノミーで研鑽を積んだシェ フたちが、高級料理のプロトコー ル(作法)を知りながら、あえてビストロのようなカジュアルさを 加えて作る料理やレストランのこと。「ネオ・ビストロ」とほぼ同義

sébastien demorand
セばスチャン・ドゥモランさん

フードジャーナリスト/ル・ベル・オーディナー共同創業者。フランスラジオや『ゴー&ミヨ』を始めとし、テレビ、ラジオ、雑誌などで活躍する有名フードジャーナリスト。フランスの料理番組『マスターシェフ』で審査員も務めていた。

写真の店
Le Bel Ordinaire

今年3月、ドゥモランさんが元イーコマースの会社を経営していたシリル・ロセットさんとともにオープンさせた、高級食材店兼ビストロ。共同オーナー制という新しい形式の店で、現在114人が出資している。世界中から厳選した食材やフランスを中心としたワインを販売し、シンプルかつ美味しい料理を提供。日曜日に自宅にいるような雰囲気で、良い音楽を聴きながら食べたり、隣の人と話したり。そんなリラックスした雰囲気の店を目指している

ル・ベル・オーディナー
☎+33 01 46 27 46 67
54RuedeParadis75010Paris 

 

更新: 2017年5月22日

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