|異彩のビストロ[5]|

その進化の裏側を追いかけてみた
【ビストロ概論】第5章(最終)
「進化するビストロ」

90年代、"冬の時代"が訪れるそして、第二次「ビストロブーム」に

隆盛を極めた日本のフランス料理にも、いよいよ陰りが生じ始めます。1980年代にパリのレストランで働いていた日本人は数千人を超えていたと言われ、次々に帰国するシェフたちのおかげで技術レベルは飛躍的に底上げされましたが、シェフの数が飽和状態。そんな中、バブル景気により不動産賃貸価格が高騰。独立・開業することが次第に難しくなっていきました。また、1985年頃から都内では"イタリア料理"が勢力を拡大し始め、決定打となったのが1991年のバブル崩壊。「高い・重い・堅苦しい」と思われがちなフランス料理は、「安い・軽い・オシャレ」なイメージのイタリアンに人気を奪われ、停滞し、「失われた10年」という冬の時代が訪れます。そして、フランス料理界が歩き出した道は「高級派」または「庶民派」という2つの方向。ジョエル・ロブション氏、ベルナール・ロワゾー氏などフランスからやってきた最高峰のシェフたちが日本にレストランを作り、大きな話題を集める一方で、真剣にフランス料理のカジュアル化と向き合う日本人シェフたちも現れました。1993年に平松宏之さんが広尾に開いた「カフェ・デ・プレ」を皮切りに、カフェブームが到来。また、1990年代半ば頃からは、再び「ビストロブーム」がやってきます。1995年には、ビストロやブラッセリー、カフェなど、フランスの食文化の要素を複合的に備えた店「オー・バカナル」や、1997年に「レストランキノシタ」がオープンするなど、相次いでビストロが誕生しました。これらのビストロの中には、それまで日本にはあまり知られていなかったフランスの家庭料理や郷土料理を扱う店が多くあり、フランス料理のまた新たな魅力を伝えてくれました。

00年代、革新的な料理が時代の中心にビストロの人気もまだまだ続く

2003年、『ニューヨーク・タイムズ』に「革新的料理人を輩出し、台頭著しいスペイン料理に対して、過去の栄光に安住するフランス料理は衰退しつつある」という趣旨の記事が掲載され、フランス料理界に衝撃が走りました。発端は、1994年からスペインの「エル・ブリ」のシェフ、フェラン・アドリア氏が取り組み始めた、料理の技術革新。例えば、液体に亜酸化窒素を注入してできる、これまでにない軽い口当たりの中に香りをしっかりと封じ込めたエスプーマ(泡)など、アドリア氏が見出したのはテクノロジーを駆使し、五感に働きかける料理「テクノ=エモーショナル」。それは伝統や常識を打ち破り、人々を魅了し、やがて世界最高のシェフと称えられました。そして、スペイン人であるアドリア氏が未来に向けて、料理の可能性を一気に広げたことで、常に新しさを求め、時代とともに変化を繰り返してきたフランス料理が最先端ではなくなったというムードが広がったようです。

その頃、日本では「高級派」と「庶民派」の2方向に分かれた傾向はそのままで、2000年以降のレストラン業界では、新しい世代の若手シェフたちの活躍がひと際目立つようになりました。そんな新世代のシェフに期待されているのは、やはり「本場の再現性」よりも「創作性・革新性」という傾向。2007年に創刊された『ミシュランガイド東京2008』でも、高く評価されたフランス料理店は革新的な料理を提案するような店がほとんどでした。一方、"庶民派"なビストロの出店が相次ぎ、そして年々、ネオ・ビストロの数も増えています。

ところで、日本でネオ・ビストロと言えば「一流フランス料理店で修業したシェフが本格的な料理を振る舞うビストロ」のこと。しかし、フランスのフーディングのジュリアさんは、「ビストロ」と「ネオ・ビストロ」の違いは"定番料理を作る伝統的な店"か"エッジの効いた料理を作る革新的な店"だと言っていました。

しかし、元々ネオ・ビストロはシェフのカンドボルド氏がレストランからビストロに進出したことに始まった現象で、「一流レストラン出身のシェフ」という部分は、たとえ例外はあったとしても、常にベースにある要素ではないでしょうか。まず、1992年に「ラ・レガラード」ができ、ビストロを目指すシェフが次々と現れた。2000年頃、スペインの「エル・ブリ」の革新的な料理が話題を呼び、ネオ・ビストロのシェフたち(彼らも"ボボ"?)も刺激され、エッジを効かせた料理を作るようになった。そして、次第に一流レストラン出身」と言うことはなくなっていった、と勝手に想像しています。

さて、話を戻せば、これまで日本の時代を振り返ってきましたが、1970年代頃からレストランとビストロは同じ時代を生き、いつも密接な関係値で歩んできました。どちらも同じ「フランス料理」という1つの枠組みの中で進化してきたのです。そのせいか、日本ででは「ビストロ」がという店のイメージがますます曖昧になってしまったこともあるかもしれません。しかし、最近、東京に増えているビストロの中には、料理にもサービスにも、独自の色をしっかり身にまとった「異彩のビストロ」を多く見かけます。しかも、どの店も「街のライフスタイルに合い、人々の暮らしを豊かにしてくれる」というビストロの基本をきちんと押さえているようで。そして、これらのビストロをめぐってみれば、これまでグレーだった「東京らしいビストロ」のイメージに少しずつ色が付いていくかもしれません。

Jorge Cubells Biela / Shutterstock.com

The kitchen and serving area at El Bulli (Credit: Francesc Guillamet, courtesy of Phaidon)

Text:野中ゆみ(メトロミニッツ編集部)
coordinate:勅使瓦加奈子(CREMA)

※こちらの記事は2015年8月20日発行『メトロミニッツ』No.154掲載された情報です。

更新: 2016年10月27日

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