COFFEE AND TOKYO # 9

special feature
featuring J-WAVE 81.3 FM
コーヒーと時代
~御三家物語~

Text:石川博也 Photo:菊池良助

今、世界的なコーヒーのメインストリームは、浅煎りのフレッシュな味わいを追い求めること。ですが東京には、日本のコーヒー黎明期から、深煎りにこだわり、独自の哲学を貫き通す“御三家”と呼ばれる自家焙煎店があります。こちらでは、今の東京のコーヒー文化の礎を築いたとも言える、御三家の功績を知るために、『コーヒーに憑かれた男たち』著者・嶋中労さんとJ-WAVEナビゲーター渡辺祐さんの対談をお届けします。

東京のコーヒー御三家

対談は南千住にあるカフェ バッハで行われた。「この店は酒を飲んでの入店は禁じられています。昔、泥酔状態で入ってきたお客さんがいて、店主の田口さんが大立ち回りの末に追い出したことがありますね」(嶋中さん)

カフェ・バッハ( 南千住) Since1968
手作業で選別した豆を毎日使う分だけ焙煎。いつ行っても新鮮なコーヒーが味わえる。店主・田口護さんの著書『田口護の珈琲大全』はプロも愛読する名著である。

カフェ・ド・ランブル( 銀座) Since1948
メニューはコーヒーのみ。世界でも珍しい10年以上寝かせたオールドコーヒーも名を連ね、唯一無二の味わいを楽しむことができる。御歳103歳の関口一郎さんも健在。

もか( 吉祥寺) Since1962
店主の標交紀さんがネルドリップで淹れるコーヒーに多くのファンが酔いしれた。コーヒー研究家、コーヒー器具の収集家としても知られた標さんの逝去で2007年に閉店。

NAVIGATOR / ROU SHIMANAKA 嶋中 労

1952年、埼玉県川越市生まれ。慶應義塾大学卒業後、出版社に勤務。月刊誌の編集長、編集委員などを歴任。退社後はフリージャーナリストとして活躍中。著書に『コーヒーに憑かれた男たち』、『コーヒーの鬼がゆく 吉祥寺「もか」遺聞』(ともに中公文庫)があり、日本のコーヒー文化にも精通する。http://shimanakarou.blogspot.jp/
著書:「コーヒーに憑かれた男たち」 
自家焙煎珈琲の御三家と呼ばれる、カフェ バッハの田口護、カフェ・ド・ランブルの関口一郎、もかの標交紀。コーヒーに人生を捧げた3人の歩んだ道のりを、彼らの驚くべきエピソードや古き良き昭和の時代背景を交えて紹介。コーヒーの求道者とも言うべき、その生き様に胸を打たれる1冊。

時代へのアンチテーゼで、
東京に自家焙煎店が登場。

渡辺 今、日本は空前のコーヒーブームに沸いていますが、その礎を築いた店と言えば、南千住のカフェ・バッハ、銀座のカフェ・ド・ランブル、吉祥寺のもか。これらのお店はコーヒーの御三家と呼ばれ、もはや伝説とも言える存在ですよね。
嶋中 店主はいずれもコーヒーを仕事以上のものとしてとらえ、その道を究めようとした求道的な人たちとして知られています。
渡辺 御三家のお店が昭和のある時期に現れた背景を教えてください。1020cc。
嶋中 コーヒー専門店である喫茶店が次々と誕生したのは1970年代から80年代にかけて。でも、当時はおいしいコーヒーを飲みたかったらコーヒー専門店には行くな、なんてことも言われた時代でした。
渡辺 それはどうしてですか?
嶋中 当時、流行っていたお店のほとんどは焙煎業者から煎り豆をとっていて、そのほとんどが浅煎りと中煎りが中心だったんです。理由は単純で、深く煎るとそれだけ目方が減ってしまうから。
渡辺 商売として考えると、浅煎りや中煎りの段階で売ってしまったほうが効率がいいからですよね。
嶋中 その通りです。でも、浅煎りや中煎りの豆で淹れたコーヒーには深みや甘みがない。そこで、そのアンチテーゼとして出てきたのが自家焙煎の店なんです。コーヒーは深煎りに限るんだ!って人たちが細々と活動を始めたんですね。でも、当初彼らは変人のような扱いをされていました。それを僕らが雑誌で取り上げて、御三家が認知されたあたりから自家焙煎の店が増えてきて、ようやく深煎りのコーヒーが市民権を得るようになったんです。
渡辺 どんなジャンルでも新しい取り組みとかやり方って、結果を出す人が出てこないとなかなか周りの人たちの意識や状況を変えられないんですよね。そういう意味で言えば、コーヒー御三家のお店は、革新的で求道的なんですね。野球で言うところのイチロー選手みたいな存在だと思いますが、それぞれどんな特徴がありますか?
嶋中 銀座8丁目にあるカフェ・ド・ランブルは、生豆を寝かせたオールドコーヒーを堪能できるお店です。それも2〜3年ではなくて、10年〜20年は寝かせる。その結果、鼈甲色のカリカリした状態になった豆を焙煎して50ccのデミタスカップに抽出し、なめるようにいただくんです。枯れ草みたいな風味だったりもするんですが、この侘び寂びとも言える感覚がわかるのは日本人ならではですよね。
渡辺 どんなきっかけからコーヒー豆を寝かすようになったんでしょう?
嶋中 店主の関口さんが、知り合いの部屋に何年も置かれたままになっていたコーヒー豆の見本を試しに焙煎して飲んでみたらおいしくて、豆を寝かせると大化けすることもあることを見つけたんです。ただ、こうしたオールドコーヒーには賛否両論あるのも事実。ランブルさんもオールドコーヒーだけを提供しているわけではなくて、そういう飲み方もあるんだよっていう提案のひとつなんですね。
渡辺 逆にカフェ バッハさんは豆の新鮮さにすごくこだわってますよね。
嶋中 バッハさんにとってコーヒー豆は生鮮食品ですからね。寝かせることはしていません。
渡辺 お店としての特徴は?
嶋中 バッハの店主である田口護さんは日本のコーヒー界にさまざまな功績を残してきた方で、中でもすごいのが、それまでは職人の世界の技として秘密のベールに包まれていたコーヒーの焙煎を言葉や数字で語ったこと。
渡辺 合理的に説明できたんですか?
嶋中 そうなんです。コーヒーがどういうもので、焙煎がいかに大事なのかを微に入り細を穿って語ったんです。田口さんにとっては、全てが科学なんですよ。その内容は『田口護の珈琲大全』という本にまとめられていますが、それが今や中国や台湾、韓国でも売れていて、現地に行くと田口さんは神様扱いされているほどです。
渡辺 御三家のもう1店、吉祥寺にあったもかさんはどんなお店でしたか?
嶋中 店主の標交紀さんが我を忘れて一心不乱にコーヒーにのめり込んでいる店でしたね。標さんが焙煎をしていたり、コーヒーを淹れている姿には鬼気迫るものがあって、話しかけたら怒られそうな雰囲気すらありました。おそらく彼の頭の中にはコーヒーのことしかなかったんだと思います。まさしく求道者的な方でしたね。
渡辺 コーヒーを飲み残して店を出たお客さんを追いかけていったとか。
嶋中 おそらく飲み残されると気になってしょうがなかったんだと思います。

NAVIGATOR /
TASUKU WATANABE 渡辺 祐

1959年、神奈川県相模原市生まれ。早稲田大学在学中から『宝島』編集部に出入りし、そのまま社員となる。1986年にフリーランスとなり、編集・執筆を担当した『VOW』(宝島社)シリーズが大ヒット。1989年には編集プロダクション「ドゥ・ザ・モンキー」を設立。テレビ番組への出演やJ-WAVEのナビゲーターなど幅広く活躍中。

WITH MUSIC
トム・ウェイツ/Downtown Train
渡辺祐さんが選んだ1曲は、映画『Coffee andCigarettes』にも出演していたトム・ウェイの“深煎り”なテイストのナンバー。対談を行ったのがバッハのある南千住だったことも、この曲の世界観と合っているのだとか。『RAINDOGS』収録。

J-WAVE 81.3 FM 土曜 08:00-12:00
毎週多彩なゲストを迎え、J-WAVE製のドーナツ盤から流れるハッピーな音楽と共に、今のTOKYO、ドーナツてるの?を届けます。2007年から続く人気番組。
RADIO DONUTS [ナビゲーター:渡辺祐]

コーヒーの淹れ方には
多様性があっていい。

渡辺 そこまでして御三家の店主が追求したのが深煎りコーヒーですが、ここ数年のサードウェーブの流れはコーヒーの香りを重視するがゆえに、浅煎りから中煎りの方に向かってますよね。
嶋中 そう。ボディがあるとかコクがあるなど味わい重視の日本とは逆に、世界では香りを楽しむことがいいとされています。けど、いろいろな国にいろいろなコーヒーの淹れ方があっていいし、その評価の仕方も違っていいと思う。日本は日本なりのコーヒー文化を築き上げたし、御三家みたいな人たちが出てくる風土もある。サードウェーブもいいけど、日本の昔ながらのコーヒー文化も捨てたもんじゃないんだよってことを、今の若い人たちにもっと知ってほしいと思います。
渡辺 海外からさまざまなものが入ってきて共存できるのが東京のいいところ。そんな多様性のひとつとして、コーヒーの世界でも日本で磨いたものがキッチリ残ってくれるといいですね。

※こちらの記事は、
2017年4月20日発行『メトロミニッツ』No.174に掲載された情報です。

更新: 2017年12月15日

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