|異彩のビストロ[2]|

その進化の裏側を追いかけてみた
【ビストロ概論】第2章
「"ガストロノミー"から"ビストロノミー"へ」

「ネオ・ビストロ」の時代が訪れる前にその土壌を作った、2人の立役者

reference:not drinking poison in paris

1992年8月21日、パリ14区の外れに小さなビストロが誕生しました。この店のオーナーシェフのイヴ・カンドボルド氏は、オテル・リッツ、オテル・ド・クリヨンといったパラス(フランスにおける格付け最高位のホテル)や、ラ・トゥール・ダルジャンなどの最高峰のレストランで修業を重ねてきたエリートシェフ。ビストロへ転向するなど愚行だと非難を受けながらも、この店をオープンさせました。店の名は、「ラ・レガラード」。今、振り返ってみれば、このラ・レガラードこそが最初のネオ・ビストロでに"レガラート前・レガラード後の時代"と言われるほど、ネオ・ビストロの歴史にその名は深く刻み込まれています。

フランスでは"シェフ"という仕事をする人たちは、基本的にレストランの中にいるもの。シェフを目指せば必然的にレストランの厨房に入ることになり、後は、星の数など、店の格付けを上げることをひたむきに目指していくような世界。かつて、かのジョエル・ロブション氏も「ミシュランの星を維持していくための張り詰めた暮らしは50歳までが限界だ」と引退宣言をしていましたが、一生をかけて追求していくのがシェフの仕事なのです。一方、ビストロにはビストロの店主がいるもの。「プロのシェフが手がけるビストロ」というのは、あり得ないものでした。

カンドボルド氏は一流レストランで働きながら、ある時、急に「自分が何かを演じているような、まるで美術館で料理をしているような違和感」を覚えたと言います。確かにフランス料理の高級レストランと言えば、美術館並みに豪華な設えのフロアで、芸術作品のような料理を楽しむ場所ではあるかもしれませんが…。そして店を辞め、真っ白のテーブルクロスや銀食器などないビストロで、自身の故郷であるフランス南西部の郷土色を込めた、洗練されたビストロ料理を作り始めました。

そんな「ラ・レガラード」は、ほどなく行列ができる店になり、まさに一世を風靡する存在に。以後、カンドボルド氏に追随するようにティエリー・フォシェ氏、ティエリー・ブルトン氏(いずれもオテル・ド・クリヨン出身)がビストロをはじめ、「ラミ・ジャン」「ル・バラタン」「ル・ヴェール・ヴォレ」といった前衛的なビストロがパリの街に次々と誕生していきました。

兼業型ネオ・ビストロ(?)、誕生

そしてもう1人、「ネオ・ビストロ」という一連の流れの中では傍流の店になるのかもしれませんが、新たなビストロスタイルを築いた人として注目したいシェフがいます。ミシュラン2ツ星シェフのミシェル・ロスタン氏です。カンドボルド氏のラ・レガラードより少し前の1987年、ロスタン氏は自身のレストランの近所に「ビストロ・ダ・コテ」という名のセカンドレストランを開店させ、ガストロノミーのノウハウを生かした上質な料理を、気軽な価格帯で提供し始めました。

ロスタン氏がビストロを始めた理由は様々あったとは思いますが、経営者としての采配であったと捉えることができます。例えば、高級店にはある程度の人員が必要で、客席数もそう簡単に増やすことはできません。つまり、質の高いサービスを提供するためには、お客1人当たりにかけるスタッフ数も減らすわけにはいきませんし、テーブルが接近して並び、隣の客の会話がよく聞こえるような店ではあってはならないのです。しかしながら、いつも満席とは限りませんし、食材も高級食材、品質の良いものを使わなければなりません。ガストロノミーには守らねばならない大切なことがたくさんあり、コストがかかる割に利益が出にくいことも。だからこそ、ビストロを作ることが有効だったのです。テーブル数を多くでき、客の回転が良いビストロが近所にあれば、スタッフも行き来させられますし、食材の面でもロスが減らせます。というのも、レストランでは部分的にしか使わないカニの残った身を、ビストロでサラダにしたり、レストランではアスパラの穂先しか使わない料理があっても、茎の方はビストロでスープにして提供することもできるのです。さらに、ビストロで食事を楽しんでもらったお客に、結婚式、誕生日など、記念日にはレストランの方を利用してもらえる、そのきっかけにもなるかもしれません。

この頃、ロスタン氏の他に、3ツ星シェフのギー・サヴォワ氏もビストロ(セカンドレストラン)を作り、この動きは多くのシェフに影響を与えました。そして、まもなく1990年代を迎えると世の中の景気は悪化。若手シェフたちが「レストランより開業資金が安いビストロを始めてみようか」と考えられる余地ができたのも、カンドボルド氏やロスタン氏がすでに土壌を用意してくれていてくれたからではないでしょうか。

Chef YvesCamdeborde chemis.fr/時事通信フォト

"ガストロノミー"から"ビストロノミー"へ日本語で「美食学」と訳されることが多い、ガストロノミー。レストランという舞台で、"美食"を演出するフランス料理のシェフたちの仕事は、ビストロに舞台を移してもまた新たな美食学(ビストロノミー)を生み出した。

Text:野中ゆみ(メトロミニッツ編集部)
coordinate:勅使瓦加奈子(CREMA)

※こちらの記事は2015年8月20日発行『メトロミニッツ』No.154掲載された情報です。

更新: 2016年10月6日

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