WHISKY DAISKY ! #9

花崎一夫さんに聞く②
「ウイスキーとバーの関係」

Text 浅井直子

洋酒研究家でウイスキー畑を歩んできた花崎一夫さんは、バーの達人でもあります。そんな花崎さんに、日本人がどのようにウイスキーを受け入れ、楽しんできたのか。さらには、ウイスキーと出合う場として欠かせないバーとの付き合い方まで、伺ってみました。

花崎一夫/洋酒研究家

1949年東京生まれ。明治大学文学部卒業。サントリースクール校長退職後、現在株式会社エスポア特別顧問。著書、監修書に『新バーテンダーズマニュアル』、『今宵も大人はバーで癒やされる』など。

ステータスのある酒だったウイスキー 低迷の時代から、再起動

ウイスキーとバーがその成り立ちから切っても切れない関係であることが伝わる、「bar」の語源のエピソードを、花崎さんが披露してくれました。


「酒場は古代からあったようですが、〝barという言葉が登場したのは19世紀、西部開拓時代のアメリカです。開拓者に酒を提供する酒場では、ウイスキーやビールは、樽から量り売りするのが基本。しかし、気性の荒い開拓者たちは、酔いが回ると、樽から勝手に酒を汲み出して飲んでしまうこともあったそうです。見かねた酒場の経営者が酒樽を〝bar(棒)で囲むようになりました。それが、板になり、現在のようなカウンターになったと言われています」と花崎さん。


日本におけるウイスキー文化も、その歴史を眺めてみると、バーという空間をゆりかごに発展してきたと言えるかもしれません。


「1860年に横浜ホテルが開業。そのバーが、日本最初のバーと言われています。1870年には横浜グランドホテルのバーで、日本初のカクテル〝バンブーが生まれました。しかし、これらのホテルはあくまでも外国人向け。恐らく、このバーで楽しんだ日本人は一握りに過ぎないでしょう。日本人を対象にしたバーは1910年、銀座に開業した、カフェ・プランタンだと言われています」。


大正に入ると、いよいよ国内でウイスキーの蒸溜が始まります。1923年には、「サントリー山崎蒸溜所」が京都郊外に建設開始。1929年には、国産ウイスキー第1号「サントリー」(通称「白札」)が誕生します。

昭和にもあった、ハイボールブーム

その後、戦時下を経て本格的にバーが広がるきっかけになったのは、1949年5月のバーの営業認可再開。この年は「酒場元年」と言われ、7月には、酒類の販売が自由化されました。しかし、戦後からまだ4年。花崎さんは、こう分析します。


「業界的には、昭和24年が、洋酒元年、バー元年と言われていますが、当時はまだまだ、トニックウォーターやソーダなどの副材料の入手がままならない時代。実際に街中でバーの体裁が出来上がったのは、昭和30年以降だと思います」。


その間、1950年には、庶民的な価格でウイスキーを提供する「トリスバー」が一気に広まり、ピーク時は全国で35000軒を数えるほどに。この時、最もよく飲まれていたのは、トリス・ウイスキーがベースのハイボール。ハイボールのブームは実は、昭和にもあったのです。


1960年代に入ると、トリスバーが大型化した「マンモス・バー」など酒場の大衆化が進みます。70年代には、ウイスキーのボトルキープの全盛期が訪れ、飲み方の主軸も、ハイボールから水割りに移って行きました。

海外洋酒ブームの到来と、ウィスキーのステータス化

その後、1971年には、バーボン、コニャックに続き、スコッチウイスキーの輸入自由化。それをきっかけに、当時の高度経済成長期とも相まって、海外洋酒ブームが湧き起こります。ウイスキーはステータスのある酒として認知され、「ボトルキープ」のシステムも普及。1977年には、カラオケ・バーが誕生。こうして、酒を飲む場としてのバーは、時代と共に、様々な形態が登場しました。


「1970年代後半以降から、コンパとして若い人が会社帰りに飲みに行くようになりました。それまで、日本での普段の酒の楽しみ方は、会社から家に真っ直ぐ帰って、家庭で晩酌するというのが基本ですから、高度経済成長期を経て、人々が豊かになり、外で飲めるようになったのだと思います」。


1979年には、若者を中心にカクテルブームが到来。80年代には、おしゃれな軽食も楽しめるカフェ・バーも増加。ウイスキーは、1983年に消費量のピークを迎えます。


しかし、その年のウイスキー価格の引き上げ、1984年には酒税の増税、1989年には級別制度が廃止となったことで、それまで、お手頃なウイスキーとして親しまれていた、国産のブレンデッドウイスキーの価格が上昇。ウイスキーの消費は落ち込みますが、一方、バーは90年代に入って、ようやく、酒をメインに提供する本格的な空間が増加しました。


「こうして見ると、日本で大人がグラスを傾けるようなバーが増えてから、約30年しか経っていないことがわかります」と花崎さん。だからこそ、バーを、日々の句読点となるような「インタースペース」として使いこなして欲しいと言います。

【コラム】ウイスキー縮小期から一転 2009年以降はハイボールブーム再来

1971年のウイスキー輸入自由化によりウイスキーの消費量も急上昇。ボトルキープの文化も生まれ、83年には過去最高の消費量に。その後、値上げや酎ハイブームのあおりを受けて縮小を辿ってきたウイスキー市場ですが、2009年からのハイボールブームを追い風に、以降右肩上がりで成長しています。
※国税庁の統計などを元に作成 日本経済新聞電子版 2016年6月24日より転載


▶非日常な空間でウイスキーを楽しむ方法を教えて貰いました。

花崎一夫さん

洋酒研究家 花崎一夫さん

1949年東京生まれ。明治大学文学部卒業。サントリースクール校長退職後、現在株式会社エスポア特別顧問。著書、監修書に『新バーテンダーズマニュアル』、『今宵も大人はバーで癒やされる』など。

※こちらの記事は2017年6月20日発行『メトロミニッツ』No.176に掲載された情報です。

更新: 2017年11月14日

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