TOKYO FOOD JOURNAL 2016 # 10

フランス料理「sincère」石井真介さん
イタリア料理「TACUBO」田窪大祐さん

オーナーシェフINTERVIEW

Text:唐澤理恵、河﨑志乃
Photo:井上美野

最後は、今年活躍された5名の料理人のインタビューです。待望の新店、新たなステージへの挑戦など、それぞれの活動をもとに2016年を振り返っていただきました。

フランス料理「sincère」
オーナーシェフ 石井真介さん

今年4月に産声をあげた石井さんの「シンシア」。店の前には、名だたる料理人仲間たちから開店祝いに贈られたローリエの木が、青々と葉を茂らせています。「バカール」閉店後、活躍の場を探し求めて苦しい日々を過ごした石井さんは、たくさんの人に支えられ、今年「シンシア」という新たな舞台に立ちました。「バカール」の石井シェフから、「シンシア」の石井シェフに生まれ変わるために歩んだ道。もっとお客様を喜ばせようと、スタッフたちと共に奮闘した毎日。挑戦と苦労の連続だったけれど、充実した1年だったと石井さんは語ります。

バカール閉店後の苦悩を経て
多くの人に支えられ再スタート
感謝を胸に熱く駆け抜けた1年

レストラン バカール」のオーナーソムリエだった金山幸司さんが体調を崩し、閉店を余儀なくされたのが2015年3月。シェフを務めていた私は退職し、その日から厳しい闘いが始まりました。活躍の場を失い、新たな場所を探し求めながら悶々と過ごす日々は、とても辛かったですね。その間、たくさんの仲間たちやお客様に励まされ、自分がいかに周りの方々に支えられているかを実感しました。そのことが、これまでの料理や食への考え方を見つめ直すきっかけになったと思います。そして今年4月、オーナーシェフとして「シンシア」をオープンすることができました。店名の「シンシア」は、“噓偽りのない”という意味の言葉です。これは、私がかつて修業をした「ラ・ブランシュ」の田代和久シェフの人柄を表す言葉でもあり、私が目指す料理人の姿でもあるんです。「シンシア」は1つの空間にキッチンと客席が一体になっていて、全てのテーブルからキッチンの様子が見られるような作りにしました。食材や料理を私が自らテーブルへ運び、楽しく食べていただけるようにお客様と言葉を交わします。カウンターの向こう側で黙々と調理に徹していた「バカール」の私とは全く違う姿に、驚かれるお客様も多いですね。

「シンシア」4月12日のオープン直後から多くのファンに愛されて、瞬く間に東京の人気店に。お客様の来店回数や要望に合わせて細やかな食事を提供している。右の写真は人気の“鯛焼き”(10,368円のコースより)。中にはあんこではなく、金目鯛など季節の魚が詰まっている。Tel 03・6804・2006 東京都渋谷区千駄ヶ谷3・7・13 原宿東急アパートメントB1F 18:00~23:00(21:00 LO)日・第1第3第5月定休(12月31日~1月10日休)

若い世代の料理人を育てる

「バカール」ではデザートを含む全ての料理をほぼ1人で作っていましたが、「シンシア」では若手の料理人やパティシエとチームを組み、皆で調理をしています。そして、出来上がった料理は若手の料理人もテーブルに運びます。お客様と顔を合わせることで、自分たちの仕事に責任を持ち、料理人として成長してほしいからです。うまくいかないこともあるけれど、皆だんだん頼もしくなってきました。先輩のシェフたちから学んだことを次の世代へ伝えるのも、今の私にとって大切な仕事です。振り返ってみると、この1年は悩みながらも、とても充実していました。活躍できる場があること、お客様が店へ足を運んでくださることに日々感謝しながら、全力で闘い抜いた1年でした。これからもスタッフの皆と「シンシア」を磨き、もっと良い店にしていきたいと思っています。さらに、今後は新たな展開も考えているんです。これまでフレンチに触れたことのないような若い人も親しめる店や、仕事帰りに1人でもふらっと寄って気軽にフレンチが楽しめる店。スタバがコーヒーの文化を日本に根付かせたように、フレンチの文化が今よりもっと日本に根付くような店を作りたいですね。

イタリア料理「TACUBO」
オーナーシェフ 田窪大祐さん

今年も肉トピックスで盛り上がった日本の食シーン。中でも、4月に移転オープンした「TACUBO」は、飲食業界を大いにザワつかせました。それまで6年間「アーリア ディ タクボ」でモダンかつ繊細なイタリア料理を提供してきた田窪大祐シェフが、方向性をガラリと変更。木のぬくもりたっぷりのカウンター席、カジュアルなエプロン姿のシェフ、そしてその向こうに鎮座するのは、炭ならぬ薪窯。ふっくらと仕上げられた薪火焼きの肉の美味しさにうなぎ登りとなる評判、さらには初年度にしてミシュランの星も獲得! 目を見張る快進撃に、気になるシェフの見解は?

薪焼きも、カウンター席もしかり
頭で考えるより、
ダイレクトに熱量を伝えたいと気付いた

今回で2度目の移転オープンですが、移転のたびに店の形式が変わるね、とはよく言われます。確かにそれも自覚していますが、僕から言わせてもらえば、逆に移転したのに変えない方がおかしい。僕自身、薪焼きの肉は赤坂「ヴァッカロッサ」(シェフは渡邊雅之さん)で初めて食べました。炭の煙で付く香ばしさとは違う、適度な香りが肉の旨みを引き立てていて。それまで炭が一番と思っていたのに、薪の方が美味しいと感じたんです。あとは今まで、窒素を使った料理など色々なことを一通り試して、結局流行りのやり方は合わないなと感じたのも理由ですね。しみじみと「旨いなあ」と思う料理って、僕の場合はシンプルに火で焼いたりするもの。頭を使って食べるものではありませんでした。特にイタリア料理は、見た目の美しさより、調理した時の温度や熱量をそのまま食べるというイメージがあって。薪は焼いていて“ほっこり”するのもいい。こういう感覚的なものは、店の作りでも意識しました。姿が見えない調理場で作って料理を出すのと、カウンター席のお客さんの目の前で作った料理を、自分で「どうぞ」と渡すのとは全然違う。間に人を介すことで、どうしてもテンションが下がると気付いたんです。これは生産者さんとのやり取りでもそうですが、なるべくなら直接仕入れたいし、食材を注文するのも、メールやFAXより、しょうもない世間話なんてしながら電話で伝えたいなと。

「タクボ」
広尾「リストランティーノ バルカ」、前述の「アーリア~」を経て、今年4月恵比寿に移転オープン。8カ月で「 ミシュランガイド東京2017」の一ツ星を獲得。写真は「十勝田くぼ牛の薪焼き」4,104円(100g)。肉料理だけでなく、繊細な季節感を感じられる前菜やプリモピアットにも定評がある。

Tel 03・6455・3822 東京都渋谷区恵比寿西2・13・16 ラングス代官山1F 18:00~翌1:00(23:00LO)、水土祝のみランチ12:00~15:30(13:00LO)日定休(祝日の場合営業、翌月曜休)(12月30日~1月9日休)

まさに“チャレンジの年”でした

この薪窯が完成して初めて薪火を起こして肉を焼いたくらいですし、最初は営業中に火を切らさないか心配で、「料理の提供順が変わることがあります」なんて自分から申し出ていたほど(笑)。正直、今年の展開が早過ぎて追いつけていないというのが本音ですが、あえて来年の目標を挙げるなら「じっとしていること」でしょうか。SNSの影響もあると思いますが、オープンして2カ月半くらいで、売り上げも「食べログ」の評価も一気に上がって。「ミシュラン」で星をもらったのもそう。喜びより、調子に乗らずに冷静にしていないと危ないぞ、という危機感の方が大きいです。とは言え、薪火には色々な可能性があるので、挑戦したいことも。魚って、薪火で焼くと絶対美味しいと思うんですよ。薪は炭と違って水分があるので、蒸し焼きになるイメージです。今も毎日火の前に張り付きなのに、魚も薪で焼き始めたら、さらに大変になるのは間違いないのですが(笑)。

※こちらの記事は、
2017年12月20日発行『メトロミニッツ』No.170に掲載された情報です。

更新: 2017年12月20日

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