いま・ここにある「食」の話 #13

ミシュラン三つ星の日本料理・料理人が、今考える家庭料理

「かんだ」
主人
神田裕行さん
×
『暮しの手帖』
編集長
澤田康彦さん

Photo 花村謙太郎 text 神吉弘邦

『ミシュランガイド』で三つ星の評価を受け続ける日本料理店「かんだ」主人の神田裕行さんが、6年にわたって『暮しの手帖』誌で連載した「新・おそうざい十二カ月」が1冊になりました。最高峰の日本料理とふつうの家庭料理。両者に通じるものとは、いったい何だったのでしょう。同誌の編集長、澤田康彦さんが聞き手を務めたトークイベントにお邪魔し、話を伺いました。

※イベント当日、会場であるGINZA SIX内の銀座 蔦屋書店 BOOK EVENT SPACEは、日曜の夜ながら2人の話を聞きに来た方で満員に。2人は関西弁で時折ジョークを交え、軽快にトークを展開。連載期間中の裏話や、家庭での卵焼きの巻き方のコツ、神田さんが日頃の仕事で大事にしていること、日々のルーティンワークなど、時間ぎりぎりまでたっぷりと語られていました。

神田裕行 HIROYUKI KANDA (写真左)
1963年、徳島県生まれ。元麻布「かんだ」の主人。ミシュランガイド東京にて10年連続で三つ星を獲得している。

澤田康彦 YASUHIKO SAWADA (写真右)
1957年、滋賀県生まれ。『暮しの手帖』編集長。マガジンハウスに30年勤務後、フリー編集者を経て2015年に暮しの手帖社に。

見えない誰かのためでなく、自分のためにつくられる料理こそ最高の贅沢。 それが、これからも変わらない家庭料理の在り方。

澤田 1969年に暮しの手帖社から刊行され、いまだにロングセラーとなっているのが『おそうざい十二カ月』という本です。当時の料理本と言えば、料理学校の先生にレシピを聞くのが主流でした。でも「料理なら料理人が1番知っているはず」との考えの下、花森(安治。『暮しの手帖』創刊編集長)が「兆」で修行した料理人の小島信平さんに連載を依頼しました。花森は「普通の生活をしている人こそ、一流の料理を食べる権利がある」という信念を持っていたのです。徹底して家庭料理のレシピを解説した内容は、その後の料理本の手本にもなりました。私たちは、その伝統を受け継ぐ連載を神田さんにお願いしたのです。

神田 光栄ですね。今から30年ほど前の日本料理はもっと「和食」に近かったので、私も鰯を甘露煮にするような仕事をしていました。ただ、最近はもっとトンがったことをしているから、この本で紹介した豚の角煮なんて20年くらいつくっていませんでした。現代の家庭料理について、連載を通じて考えることで「昔の和食に立ち返ってやり直してみる」というのは貴重な経験でした。

目、手、気持ちが届くところで

澤田 神田さんのお店は2007年から10年連続で『ミシュランガイド(東京版)』で三つ星を獲得しています。カウンター越しにたくさん話しながら料理をいただいていくスタイルで、一対一感がありますよね。スタッフの皆さんも笑顔だから寛げるし、こうした雰囲気が評価されたのだと想像します。神田 実際はプレッシャーも大きいし、必死なんですよ(笑)。カウンター8席でお部屋が1つ。そのお店にスタッフが8人います。それでも、なかなか間に合わないくらい忙しいです。

澤田 神田さんが書かれた『日本料理の贅沢』(講談社現代新書)を読むと、お客さんがお酒を飲まれる方なのか、たくさん召し上がる方なのか、一人ひとりのことを考えながら料理を組み立てていく、とあります。

神田 以前に大きな店の料理長をさせていただいたときには、誰が何を食べて、喜んでくれたかがまったく見えない世界で心苦しかった。今、私の店ではつくり置きした料理をいっさい出していないんです。その場で火を入れ、仕上げることを目標にしています。

澤田 日本料理店の大きな魅力のひとつは、カウンターの存在がありますからね。

神田 ええ。日本料理の場合、職人の目が届き、手が届き、気持ちが届くところでしか美味しさが生まれないと思っています。フランス料理の場合、お皿も熱くてソースも濃厚なので簡単には冷めません。キッチンの奥でつくった料理が白い手袋でうやうやしく運ばれてきても、劣化しにくいのです。でも、焼き鳥で同じことをしたら冷めてしまうでしょう。カウンターで「えいっ」と手渡した方がいい。日本料理はあまり油を使わないので、出来上がった瞬間は美味しいのですが、そこから時間が経つとストンと味が落ちてしまうんですね。

家庭料理こそ、一番の贅沢

神田 私の出身地は徳島県の沖浜町(おきのはまちょう)です。太平洋と瀬戸内海の両方で獲れた魚が水揚げされる地で、実家は祖父の代から魚屋でした。父は毎晩のようにヨコ(本マグロやキハダマグロの幼魚)の刺身を食べていましたよ。東京のマグロが羊羹だとしたら、ヨコは水羊羹のような瑞々しさがあります。そこに特産のすだちをキュッと絞って食べると美味しい。私のソウルフードです。

澤田 魚屋さんから料理のお店に変わられたのはいつ頃でしたか。

神田 中学生の頃、料理と仕出しの店「沖の浜かんだ」になりました。本に収めた中で1番好きな「茶碗蒸し」の写真は、実家の器を使っています。昔ですから、親の仕事を子どもが手伝うのは当たり前でした。私は茶碗の中に百合根2個、椎茸1個、と入れていく係です。他に、鶏肉、銀杏、海老、かまぼこを入れました。そこに三つ葉とゆずを添えます。高級な料理店なら甘鯛の切り身を入れたりするのでしょうが、我が家は田舎の料理屋ですから。私は百合根が1番好きだったので、誕生日に百合根だけが山ほど入った茶碗蒸しをリクエストしたのです。さぞかし美味しいと思いきや、まるで美味しくない。「全ての素材がチームプレイをして美味しかったんだ。料理って難しいな」とわかった最初の経験です。

澤田 お母様は「巻き寿司」を巻くのが本当に上手だそうですね。

神田 法事の仕出しも多いので「精進巻き」なんですね。高野豆腐、椎茸、たまご焼き、かんぴょう、三つ葉という具材です。すごく難しいんですよ。ぎゅっと巻いちゃうと海苔がパンパンに張って反ってしまうし。母は高野豆腐をほとんど絞らず、キュッと握るだけ。それ以上の力をかけるとバサバサになってしまう。そういう加減は、実際につくってみて初めてわかりますし、繰り返すことで上達します。だから本でも「3度つくってください」と書きました。料理上手への1番の近道を考えた方法論を書きましたが、1度では無理なんですね。火加減にしても自分なりの中火があるだろうし、1度つくって「甘かった、濃かった」と感じたら調節すればいい。そうして3回くらいつくれば、自分なりに美味しいものができるはず。失敗して当たり前ですから、つくりながら自分の感覚でやってもらえばいいのです。

澤田 料理に自信のない人は、失敗を極端に恐れてしまいがちです。数品だけでも、普通の料理をしっかりものにできれば、自信につながりますよね。

神田 母の料理も、毎日違うものが出てきたわけではありません。得意料理はせいぜい5品か10品。私が子どもの頃、母は天ぷらを山盛りにつくって食卓にのせ、家族がそれぞれ好きなだけ食べました。残った天ぷらは次の日に天丼にしたり、うどんに入れたりしました。おそうざいは、たくさんつくって何日かで食べたし、今よりもっと大らかだったと思うのです。

澤田 ハレの日のご馳走とは違い、いつでも食べられるという大らかさ。「そんな家庭料理こそが贅沢」という神田さんの意見がとても新鮮でした。

神田 今の世の中、人と人との関係性が遠くなりがちです。見えない誰かのためにつくられたものではなく、自分のためにつくられたおかずを食べることが贅沢な経験になるはずです。親御さんがお子さんにつくる料理では「今日の献立は嫌いなものが多いから好物を足してあげよう」とか「にんじんは細かくして混ぜよう」と考えるでしょう。そんな風に相手のことを見てつくられる料理こそが一番の贅沢だと考えています。

連載を単行本化した『神田裕行のおそうざい十二カ月』が発売中

神田裕行さんの初のレシピ集が発売中。『暮しの手帖』の連載「新・おそうざい十二カ月」から厳選した内容に、新たな内容を加えて単行本化。これから「わが家の味」を作っていく若い人にも、料理を学び直したい人にも読んでほしい、家庭料理の新決定版。

暮しの手帖社  定価:2,376円

※こちらの記事は2017年7月20日発行『メトロミニッツ』No.177に掲載された情報です。

更新: 2017年10月14日

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