いま・ここにある「食」の話 #12

もはや「ゼロか100か」の世の中とは違う これからの食に求める
“それなりの幸せ”とは?

写真家・食文化研究家
森枝 卓士さん
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「サーモン&トラウト」
シェフ
森枝 幹さん

Text 唐澤理恵 Photo 花村謙太朗

新しい驚きと発見をくれる店として、世の食いしん坊たちから絶大な支持を得る下北沢「サーモン&トラウト」。本誌でもおなじみの店主・森枝幹さんは、食文化研究家である父・卓士さんから大きな影響を受けたと言います。かたや膨大なフィールドワークから得た経験をもとに、多くの著書を発表してきた卓士さん。それぞれ料理人、研究者と異なる分野に身を置く2人は、昨今の食事情をどう捉えているのでしょうか。今を生きる私たちに、食を通じてヒントを与えてくれる対談です。

※「お互い顔を合わせるのは、正月とか親戚の集まりとか、年に数回くらい。ごく普通の家族です(笑)」(幹さん)。顔を突き合わせて話すのは久々と言いつつも、開始早々から素の応酬が止まらない2人。本音で語り合う森枝家の日常が垣間見えた対談となりました

森枝 卓士 TAKASHI MORIEDA (写真右)
1986年生まれ。専門学校卒業後、オーストラリア「Tetsuya’s」で修業。帰国後、「湖月」、マンダリン オリエンタル 東京「タパス モラキュラーバー」など幅広い分野の店舗で経験を積む。屋台経営の後、2014年より自店を開業。フードマガジン『RiCE』編集も手掛ける。

森枝 幹 KAN MORIEDA (写真左)
1955年生まれ。高校生の頃からジャーナリストを志す。大学在学中より世界各地を取材。特に食文化の視点から、数々の媒体に写真やレポートを発表し、著書多数。子ども向けの絵本も手掛け、2017年には第22回日本絵本賞を受賞。数々の大学で教鞭をふるう。

無農薬が正解でも、うま味調味料が不正解でもないということ

卓士 今の日本を考えたら、国や政治家に言いたいことは色々ある。けど、誌面に書けない内容になっちゃうから(笑)、そうでないところで気になるのは、子どもの食の教育についてだね。絵本を出版しているのも(注:今までに10冊以上の絵本や児童書、中高生向けの食についての本を上梓)、子どもたちが大きくなる前に伝えたいことがあるから。大学の授業で学生に聞くと、冗談かと思うけど、昼ご飯がポテトチップスとコーラっていう子が本当にいるんだよ。添加物がどうのという話以前に、普通にきちんとしたものを食べることが、ないがしろにされている

 でも年々、生活環境は変化してるから。例えば「クックパッド」って、最近はめんつゆを使うレシピがすごく増えているんだって。理由は、忙しくても手軽に早く作れるから。安い給料で長く働いて、毎晩遅くに帰宅してっていう生活を考えたら、めんつゆを使うのが一概に悪いとは言えないと思う。似たような話でいうと、以前、料理人が農家さんたちと一緒に料理をするイベントがあって。僕ら側からすると驚くんだけど、農家のおばあちゃんとかは普通にうま味調味料を使うの。それが日常なんだよね。

卓士 そういう話はよくあるね。うちの近くに市民農園があるでしょ。そこで無農薬の野菜を作ると、近所で昔から農家をやっている人から「おたくのせいで虫がくる」とクレームが来る。でも彼らは1960年代から70年代に、いかに虫の付かない野菜を作るか頑張った時代の人たちだから。何がちゃんとしているのか、どちらが正解かを決めるのは難しいよね。それこそ、うま味調味料を使えば、乏しい食材でも美味しく食べられるとい
う考え方もあるし。

 ラインをどこに引くか、というね。

卓士 だから、ゼロか100か、オールオアナッシングじゃない。ポテトチップスとコーラまでいっちゃうと、というのはありつつ、そこそこの〝ちゃんと〞でいいんだよっていうメッセージを、本や授業を通じてどう伝えるか、いつも考えるわけ。

世の中いろんなグラデーションがある だから矛盾が生まれるのは当たり前

 そこそこでいいとなると、答えが出ないことに虚しさを感じることもあるけどね。例えば、地方によっては、食にとって一番大事なのは安さだったりする。おしゃれさも二の次、サスティナビリティなんてもっと先。僕はそういうところで、自分のやりたい店はできないなと思った。

卓士 でも、それは今の経済状態も関係しているから。夫婦共働きだけど年収は低いとか。だからこそ、オールオアナッシングじゃないんだよ。めんつゆの話もそうだけど、ほら、「一汁一菜」っていう本があるじゃない(注:『一汁一菜でよいという提案』土井善晴著、グラフィック社刊。毎日の食事作りの負担を軽減しつつ、きちんと栄養も摂れるスタイルとして〝一汁一菜を勧める本)。そういう発想は大事だと思うよ。

 僕も、自分がすごく矛盾していると感じることはあるわけ。お金持ちが飛びつくようないわゆる高級食材は使いたくないけど、料理や味付けは割とガストロノミーでしょ。そうすると、結局高級店に行きつくした人たちはおもしろがってくれるけど、ごく普通の食生活をしている人たちからは、なんか難しいって思われる(笑)。本当はもっと純粋に食べることが好きな人に向けて作っているのに。結局、今は自分がやりたいことをやるだけだと考えるようになったけど。

卓士 そもそもがそういうものなのよ。美味しい料理って、王侯貴族の富の上でできたものが後々大衆化したりするわけで。特に日本は、1970年代に一億総中流社会になった。僕が子どもの頃は、肉を食べるなんて週に1、2回だったけど、今は毎日食べられる。ガストロノミーも、世界の一部でできたアイデアや技法を、みんなが楽しめる時代になったということ。世の中イエスかノーかでは決められない、色んなグラデーションがあるってことだと思うんだ。

今の暮らしの中で各人の幸せを探す サスティナブルもその延長線上

卓士 最初に『手で食べる?』という絵本を出したきっかけも、君ら兄弟が小さい頃、テレビでインドのドキュメンタリーを見て、手で食事しているのを「汚い」とか言ったんだよ。そんなことはないよ、色んな文化があるんだよ、というのを本に書いたんだけどさ。

 え、俺そんなこと言ったっけ(笑)?でも、小さい頃の体験が大切だなっていうのは、すごく実感している。未来の日本も、色々な体験をできる国であってほしいというのはあるよね。暑い国に行くと酸っぱい料理が多いけど、それが気候や風土の上に成り立つ文化だと知れば、その土地や人への理解もより深まったりする。だから僕はブラックバスとか普通の流通ルートに乗らない食材を使って、既存の価値観を壊す料理を作れたらおもしろいなと。そういう食体験を経ることで、想像力豊かな人が増えてほしい。色々な感覚が得られるのも、食の楽しさだと思うし。

卓士 「変なもの食べたけど、ブラックバスってうまいじゃん」でいいんだよな。私が一番愚かだと思っているのは、よその国のすごさも知らずに「日本すごい!」とか言うこと。物事を相対化して、色んな料理を食べて、その上で「やっぱり日本料理が一番だ」って言うならいいんだけどね。

 ただ10年後、日本の食環境が良くなっているかというと、それはないと思う。明るい未来が感じられないのは、少子化にも表れているし。

卓士 だからこそ、自分たちの努力の話になるんじゃない? 世の中が縮小していくのはもう分かっているから、いかにその中でソフトランディングするか。スペインやポルトガルを見ると、かつてあれほど世界を支配した国がねぇ、と思うんだ。当時は栄華を極めた人たちだったのだろうけど、今は日常で美味しいワインを飲めることが幸せ、みたいな。成熟の果てというかね。そんな風に、これからの日本でも、各人が自分の軸を持って、それなりの幸せを求めることはできると思うのよ。それに、日本にはまだ多様性を受け入れるベースがあると思う。10年後、ポテトチップスとコーラを買うお金で、違うものを食べる子が増えていればいいなと。

 無理しない幸せを求める感じになっていくんだろうね。要するに食の感覚は、社会とか経済とかの外部的要素で決まるってこと。

卓士 サスティナブルも、まさにそういうことでしょう。

 そうだよね。続けられることをやるっていう。借金して店作って、頑張ってお金を返しても、店を大きくするためにまた借金していたのが今までの外食産業じゃない。これからは、ある程度売り上げたらその分休みを取る! その方がいいと思う。

※こちらの記事は2017年7月20日発行『メトロミニッツ』No.177に掲載された情報です

更新: 2017年10月14日

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