いま・ここにある「食」の話 #11

ノンフィクション作家
野地秩嘉さんに訊く
取材したくなる「食」とは?

Photo 小林秀銀 Text 浅井直子

食、オリンピック、音楽…と、どのジャンルでも徹底的な取材で知られるノンフィクション作家の野地秩嘉さん。なかでも傑作なのが、イベリコ豚の取材のはずが、紆余曲折を経て、なぜか、自らイベリコ豚を買い、ついには、イベリコ豚のハムを作って売ることになった顛末を描いた、『イベリコ豚を買いに』(興味深いエピソードが満載なので、ぜひ、ご一読を)。そんな野地さんが、現在追っているのは、国産小麦100%で作る、北海道のパン屋さんの物語です。今、ご自身が気になっている食のことを伺ってみると、野地さんが取材したくなる食のテーマが見えてきました。

野地秩嘉 TSUNEYOSHI NOJI
1957年東京生まれ。早稲田大学卒業。出版社勤務などを経て、ノンフィクション作家に。『TOKYOオリンピック物語』で、ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞

ノンフィクション作家が気になる 食のあれこれ3つ

 まず、野地さんが、現在気になる食周りのこととして挙げたのが、「料理とは何か?」、「グルメ情報との付き合い方とは?」、「おいしいものと珍しいものは違う」の3つです。

「1つめの、〝料理とは何か?について、最近はっとすることがありました」と切り出した野地さん。実は、先日、知人のお葬式に参列した帰り際に、ご遺族の方からたくさん届いた差し入れを食べていって欲しいと言われたそう。そこで目にしたのが「京味」(野地さんの著書『食の達人たち』にも登場する日本料理の名店)のお弁当でした。「聞けば、店主の西さん自ら、自分で作ったお弁当を持ってきたそうなんです。そのお宅のお節は毎年京味で、長年のお付き合いがあります。その時、料理は〝気持ちだと気付かされました。よく、料理に(自分の)心や思いを込めると言う料理人の方がいるけれど、それは、料理を自分の作品だと捉えているから。でも本来、料理って、人に食べてもらってこそ成立するもの。西さんのお弁当にあるのは、自分の主張ではなく、残されたご遺族に、少しでも料理で元気を出してもらえたらという、相手への気持ち、思いやりですよね。やっぱり、西さんは別格です」。西さんとも交流が深い野地さんは、改めて、料理人が料理に対峙する根本的な姿勢を再確認したようです。

続く「グルメ情報との付き合い方とは?」は、今、巷に氾濫している情報をどう入手し、またその情報を自分の中でどう判断するのか? 私たちにとっても身近な関心事です。野地さんの場合、普段から、外食する店にしろ、家で何か作るにしろ、何らかの食の情報を得たい時には、周囲を頼りにしていると言います。「今、信頼できるのは、やはり自分と嗜好が似ている人。周りにいなければメディアに出ている有名人をチェックしても良い。そういう人をどう探すかが、情報を得る上での今後の課題になるのでは。僕自身も、外食ならクレイジーケンバンドの小野瀬雅生さんが行くお店、自分で料理する時なら松浦弥太郎さんのレシピを参考にしています」。おいしい/おいしくないという味の嗜好は人それぞれ。にもかかわらず、グルメサイトやレストランの格付け本などで、店や味の評価をするということ自体に疑問を感じている野地さん。ご自身も食にまつわる著作は多数あれども、「今まで出した食の本では、味の話はほとんど書いていない」と言います。

そこで、出てくるのが、3つめの「おいしいものと珍しいものは違う」。一体、どういう意味でしょう? 「これは、先程も触れた、京味の西さんがよく口にする言葉です。今、メディアに登場したり、行列ができたりするのは、ほとんどがおいしい店ではなく、珍しいものを出す店。珍しいもの好き、新しいもの好きというのは、日本人は昔からそうですよね。洋食、和食、エスニックとこれだけ多彩な食に溢れている国はそうありません。日本の食のスタイルを、右から左まで揺れる食として、〝揺食という言葉が生まれるくらいですし。でも、それは決して悪いことではありません。

実は、今、北海道に6店舗、東京に1店舗ある〝満寿屋商店(以下、満寿屋)というパン屋を追っていますが、そこにしても、全商品が国産小麦100%使用という、今までにないところがポイントです。僕は、パンの食感がもちもちしていておいしいと思ったけれど、他にもっとおいしいパンがあるかもしれない。でもそれでいいんです」。野地さんの取材心をくすぐるポイントは、味の善し悪しではなく、店やそこに関わる人たちがたどった軌跡や背景です。グルメ評論家ではなく、あくまでもノンフィクション作家として関わる明確なスタンスが、そこにありました。

今、取材している食のテーマは全商品国産小麦100%のパン屋

 野地さんが、今、取材している前述の満寿屋を知ったのは、帯広へたびたび出張する知人から、家の近くに東京店ができた(2016年オープン)と聞いたのがきっかけでした。「その知人から、〝とにかくおいしいから、満寿屋で、クリームパンとアンパンと白スパサンドを買ってきて欲しいと頼まれて」。試しに名物の白スパサンドを食べてみたところ、そのおいしさに惹かれ、足を運ぶようになります。そうこうするうちに、店頭に立っていた4代目の社長と言葉を交わすようになり、企業としての取り組みに驚き、強い興味を抱きます。「帯広を中心に、東京店を含めて全7店舗という規模で、2012年から全品、十勝産小麦100%で作っていたんです。もちろん、小さな店舗で国産小麦のみのパン屋はあるでしょうが、それなりの規模で実現しているのは珍しいのでは」。さらに、酵母、牛乳、砂糖も十勝産と聞き、野地さんの好奇心はますます膨らみます。「恐らく、そこまで地産地消が可能なパン屋は、世界でたった1軒だけではないでしょうか。例えば、フランスなど、他の国では砂糖の調達がネックになって難しいでしょう」。こうして、白スパサンドをきっかけに知った満寿屋の存在は、野地さんの探究心を大いに刺激し、基本となる国産小麦の歴史を掘り下げると同時に、食の安全への関心も高まっていきます。「店内を見回すと、お客さんに、お母さんと小さなお子さんという組み合わせがとても多いんです。親子連れに選ばれる背景には、国産原料という安心感があるのでしょう。輸入小麦は、どうしてもポストハーベスト(収穫後の輸入穀物を輸送する際、虫やカビなどがつかないように散布する農薬)の問題がありますから。手に届く範囲の食材を使って消費者に届けるというスタイルは、今後いっそう重要視されるのではないでしょうか」

書きたいのは、味の評価ではなく今までと、未来の話

 さて、最初の段でも触れたように、野地さんは味の評価は人それぞれという認識の下、今回の満寿屋の例で言えば、国産小麦100%を使用するに至るまでの過程を追っています。食の情報がこれほど大量に流通する今、取材対象もたくさん浮かび上がりそうですが、その中でも野地さんの「取材欲」を突き動かすものとは何でしょうか? 「美術評論家と画商の美術に対する関わり方の違いに似ているかもしれません。美術評論家は、すでに世に出ている画家や作品に対してあれこれ言う人。それに対して、画商は、有名な画家を扱う人ではありません。これから伸びてくる人を見極めて、その価値を高めようとする仕事です。僕が取材したいと思う対象は、まさに、画商のように、未来を感じるこれからの人やこれからのことなんです。それを本という形にすることで、食の世界を活性化する一助になればと思います」。現在、満寿屋の取材は『世界に一軒だけのパン屋』というタイトルで、月刊誌『STORY BOX』(小学館)にて連載中。今度はどんな食の未来を私たちに届けてくれるのか。野地さんの食を巡る冒険に、乞うご期待!

野地さんの著書

イベリコ豚を買いに

イベリコ豚への素朴な疑問を追っているうちに、なぜかイベリコ豚を買い、商品開発まで手がけることに! 食を巡る深い冒険魅力的な料理の影には、作る人の人間ドラマあり。銀座の老舗から、地方の食堂まで、個性豊かな料理人にまつわる18の物語

食の達人たちフードストーリー

前回の東京オリンピックは日本初開催。前代未聞の舞台裏を支えた、食やデザインなど、各分野で活躍した日本の精鋭たちを描く

TOKYOオリンピック物語

前回の東京オリンピックは日本初開催。前代未聞の舞台裏を支えた、食やデザインなど、各分野で活躍した日本の精鋭たちを描く

 

ビートルズを呼んだ男

ポール・マッカートニーも認めた伝説のプロモーター、永島達司の生涯を、国内外取材で徹底的にたどったノンフィクション

※すべて小学館文庫・刊

野地さんの取材心をくすぐった、帯広の人気パン屋さんが東京に。「満寿屋商店 東京本店」

1950年、帯広にて創業し、現在東京本店を含めて7店舗を展開する、地元で愛されるパン屋「満寿屋商店」。小麦から副原料まで全商品を北海道産で作る、地産地消スタイルを貫く。2016年11月には、東京本店がオープン。こちらでは小麦を始め、卵、水などに十勝産を使用し、約50種類のパンが並ぶ。店内の壁材や、テーブルの木にも十勝産を採用。十勝の小麦畑のオーナー募集など(2017年度募集は終了)、東京と十勝を繋ぐ場としての役割も。

(左から)白スパサンド、とろ〜りチーズパン、チャバタ、十勝若牛カレーパン

満寿屋商店 東京本店
ますやしょうてん とうきょうほんてん)

TEL 03-6421-2604
東京都目黒区八雲1-12-8
鶴田ビル1F

10:00~19:00(土・日・祝9:00~)
水定休、年末年始休み

野地秩嘉「世界に一軒だけのパン屋」

小学館『 STORY BOX』にて


本と本を愛する人のための月刊文芸誌。毎月20日発行。「世界に一軒だけのパン屋」は6月20日から連載スタート

※こちらの記事は2017年7月20日発行『メトロミニッツ』No.177に掲載された情報です

更新: 2017年10月14日

この記事が気に入ったら
「シェア」しよう

最後までお読みいただき、ありがとうございます

pagetop