いま・ここにある「食」の話 #10

今、東北の「食」が
私たちに教えてくれること

「アル・ケッチァーノ」
オーナーシェフ 奥田政行さん
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Reborn-Art Festival
フードディレクター
目黒浩敬さん

Text 三好かやの
Photo 鈴木省一

シェフの目黒さんと奥田さんは、ともに活動の拠点は東北地方。「目黒くんがRAFが大変で死にそうだというウワサをいろんな人から聞いていて、中には『目黒さんが頑張ってるのに、なぜあなたが行かないの』って怒り出す人もいてさ。『だって、声がかかんないんだもん』と思っていたら、正式にオファーが来た(笑)」(奥田さん)。…そんなお2人は7月22日から宮城県石巻エリアで初開催されるアート・音楽・食の総合祭「Reborn-Art Festival」(リボーンアート・フェスティバル/通称RAF)のフードディレクター(目黒さん)と参加アーティスト(奥田さん)です。

※対談の場所は、松島湾を望む宮城県松島町にある「観瀾亭」(かんらんてい)。伊達政宗が豊臣秀吉から拝領した後に移築した建物で、空と海に映る月を眺める観月の場。9月6日、2人はRAFのイベントで、月にちなんだ料理をここで提供しました

奥田政行 MASAYUKI OKUDA (写真左)
1969年、山形県生まれ。山形県鶴岡市にあるイタリア料理店「アル・ケッチ
ァーノ」オーナーシェフ

目黒浩敬 HIROTAKA MEGURO (写真右)
1978年、福島県生まれ。AL FIORE代表。現在は宮城県川崎町でワイン造り
に取り組んでいる

被災地に何度も通った ウルトラ兄弟?

̶̶東京にはお2人のことを知らない方も多いと思うので、まずは自己紹介をお願いします。

目黒 はい。仙台で「アル・フィオーレ」というイタリア料理店をやっていました。2年前に一念発起して店を閉め、ブドウの苗木を植えて、ワイナリーを立ち上げることに決めました。単に醸造所を作ってワインを売るのが目的ではなくて、ブドウ畑にいろんな人が集まって、生きる術を磨いて、これからの未来を見据えていく。そんな「地方のモデル」を構築するために、いろいろやっています。

̶̶RAFのフードディレクターになったのは、なぜですか?

目黒 僕の店に小林武史さん(音楽家/RAF実行委員長)がお客として来てくださって、ワイナリーの構想を話したんですね。すると「じゃあ、ちょうどいいタイミングだから、石巻でやるお祭りを手伝ってよ」「ええ、良いですよ」。…でも、ある程度内容が固まっている企画をフォローするんだと思っていたら、まだ何も決まっていない。「これ、誰が統括するんですか?」「目黒さんにお願いしたい」「ええーっ!」みたいな。

奥田 ハッハッハッ(笑)。僕は2000年に山形県の櫛引町(現在は鶴岡市)で「アル・ケッチァーノ」をオープンしました。食べ物で町おこしがしたいと始めたお店です。おかげさまで鶴岡は観光客を増やすことができ、今、山形県内で1位になりました。また、ユネスコの食文化創造都市にも認定されました。今は、日本各地でお店を立ち上げたり、世界に向けて日本の食材を発信したり、地元でやってきたことが広がっている感じです。

̶̶震災直後はお2人とも被災地に何度も通って、被災された方々を料理で励ましていましたね。

奥田 僕は岩手県「ロレオール」の伊藤勝康さん経由して、沿岸部に通っていたんですが、「宮城では、目黒くんが頑張ってるよ」って話は、被災地で何度も耳にしていました。まるで離れた星で怪獣と戦うウルトラ兄弟のよう。「お前は地球を守れ。俺は別の星で戦うぞ!」みたいな。岩手の伊藤さんが初代ウルトラマン、僕がウルトラセブンで、目黒くんはウルトラマンエースかな?

目黒 その位置付けが、全然わかんない(笑)。

̶̶被災地支援の後で、自分の中で変わった部分はありますか?

奥田 評価されるために作る料理から、食べる人を楽しくさせる料理に変わった。昔は評価されたかった。じゃないと山形県の庄内にお客さんを呼ぶのは難しくて、店がつぶれちゃうから。以前は「ここでしかできないイタリア料理だよ」とか言っていたのに、震災で炊き出ししているうちに、本当の食べ物の姿とか、「こうすれば喜ぶんだ」とか。そういうのが大切になった。

目黒 僕の場合、料理をすることは自分の中では1つのツールでしかなくて、結局「人を喜ばせたい」って思いの方が強かった。そのツールが料理だろうが、農業だろうが、形が変わっても全然良い。炊き出しの時、道端に生えているふきのとうを摘んで、自分が仕込んだ味噌で「ばっけ味噌」を作って提供する。お金を取る・取らない関係なく、やっぱり自分は料理人なんだな。自分がやってきたことに間違いはなかった。目の前の人に喜んでもらえるツールが料理だったことが、正直嬉しかったですね。

東北、全国からシェフが集まる Reborn-Art Dinning

̶̶今年、初開催のRAFですが、石巻市の牡鹿半島に「リボーンアート・ダイニング」というレストランができると聞いています。そこに東北や地元のシェフ、日本全国から料理人が集まってきて、料理を提供するのですよね?

目黒 そうです。奥田さんには、会期中、2回登場していただきます。8月6日、石巻の「リボーンアート・ダイニング」にお越しいただくのと、それとは別に、9月6日の満月の夜、「リボーンアート・ダイニング@松島」というイベントを開催します。松島町の「パレス松洲」というホテルで、僕がランチ、奥田さんがディナーを担当。夜は奥田さんの料理と、僕のワインも出す予定です。

奥田 僕は松島の食材でコースを組みます。お金にならないカニとか……

目黒 イシガニですね。

奥田 毛がなくて、石みたいに硬いやつ。満月の日なので、月も使います。

̶̶どうやって月を料理するんですか?

奥田 「月の塩」とかね。松島は日本三景の1つだけど、夕方になると店が閉まって、街に誰もいなくなるのが寂しい。今回は、お客様以外の裏方で頑張った方たちにも、フルコースを出します。こんな感じで料理を作れば、街は変わるんだと伝えたい。

̶̶ ところで、目黒さんは、昨年、RAFのプレイベントを行っていますが、いかがでしたか? ap bank fesの会場で、3日間、1つのコースを複数のシェフがリレー方式で作っていましたよね。現地の料理人の他に、東京からも有名シェフたちが参加して。

目黒 はい、有名シェフと地元石巻の料理人のパートを完全に分けるんじゃなく、一緒に作業するようにしました。例えば、ランチは石巻の人たちがメインで、県外のシェフたちをサポートに入るように。夜は県外のシェフたちが表に立って、石巻チームがサポートに回る。そうやって合わせることで、良い連携が生まれましたね。

奥田 僕は去年のダイニングには参加していませんが、他のシェフと組む時は、「この人はガンガン行くタイプだから、引いてみよう」とか、全体的に辛味が足りないと思ったら、自分のパートで足したり。全体を俯瞰するようにしています。どちらかというとシェフより二番手が好き。他のシェフを手伝いながら、その考え方を「読む」。それはちょうど推理小説を解いていく感じ。料理はその人の「化身」なので、化身になる前の筋書きを読み解く。そんなスリルがあります

̶̶全国の有名シェフと同じ土俵に立つ、若手や地方のシェフは萎縮したりしませんか?

目黒 最初はビビリますよね。ただそこには「料理」というコミュニケーションツールがあるので、すぐ流れに乗っていきます。去年のダイニングを経験した若手は、劇的に変わったと思う。また、トップシェフたちも、イベントが終わった直後に「来年もまた来るから」と言ってくれました。

10年後の東北の話RAFの先にある未来

̶̶RAFはこれから少なくとも10年は続けていくお祭りだと伺っています。では10年後、東北やRAFは、どうなっていると思いますか?

目黒 僕も奥田さんも東北出身ですが、みんな引っ込み思案で、ガツガツしている人が少ない(笑)。自分もそうですけど、アピールがすごく下手で…。人を支えることはできるけど、自分を主張できない。だけど、そこにはすごく温かい愛情や気持ちがあるので、そこに触れた時、東北の魅力にどっぷりハマっていくと思うんです。山形は奥田さんがどんどんアピールして、すごいことになっていますけど、宮城や岩手、福島も含めて、どんどんアピールして広げていかないと。アートや音楽を目当てに訪れた、食に興味のない人たちにも、RAFを通じて東北の「食」を知ってもらえたら嬉しいですね。RAFは、アート、音楽、そして食が絶妙なバランスで入り乱れて楽しめる仕組みになっていますので、ぜひ来ていただけたらと思います。

奥田 日本中、世界中からいろんな人がやってくる、アートと音楽と食を巻き込んだ、面白くて新しい総合祭。10年後には「東の石巻(RAF)、西の直島(瀬戸内国際芸術祭)」と呼ばれるようになると良いなあと思います。

※こちらの記事は2017年7月20日発行『メトロミニッツ』No.177に掲載された情報です。

更新: 2017年10月14日

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