心と体を温める、上質な時間

東京モダンおでんキュイジーヌ
故きを温ねて、新しきを知る「東京おでんの輪郭」

おでんは、その歴史の大半を「酒の友」として生きてきました。「家庭料理」という顔を持ち始めるのは、昭和40年代。コンビニで初めておでんが売られたのは、昭和54年(セブン-イレブンにて)。以降、主に酒場、家庭、コンビニで愛されてきた素朴かつ庶民的なおでですが、近年、いよいよ新たな舞台へと活躍の場を広げています。上質な時間の傍らに存在する、高級志向でクリエイティブなおでんが増えているのです。例えば、写真のお店「びのむ」では、おでん種の煮るのは和風ダシではありません。鴨のコンソメスープです。大根には牛ほほ肉のワイン煮が、卵にはトリュフがあしらわれ、1ポーションずつ供されます。いえ、これもれっきとした「おでん」です。しかし、確かに通常のおでんとは一線を画す新しいグルメとして、編集部では「モダンおでん」と名付けました。というわけで今月は「モダンおでん」の特集、どうぞご堪能ください。

故きを温ねて、新しきを知る「東京おでんの輪郭」

モダンおでんの前に、その系譜を追ってみましょう! …と意気込んで調べてみたものの、なかなかつかめないおでんの実態。誕生についても諸説あるし、確固たる“おでんの定義”があるわけでもない。謎多きおでんにまつわる逸話から、おでんとは何たるかを考えてみたいと思います。

ODEN'S PROFILE01
もともとは焼き豆腐の
味噌田楽でした
おでんの発祥は、遡ること室町時代と言われています。この時代、農民たちが味噌を自家製するほど調理技術が発達・伝播しました、豆腐を竹串に刺し、味噌をのせて焙って食べる「豆腐田楽」が流行したのですが、この別称が「おでん」。語頭に「お」をつけたり、略したりする「女房言葉」から広まった名前が、現在でもつかわれているということなのです。この「田楽」にも由来があって、田んぼの神様を祭って歌い踊った「田楽」という舞から来ているのです。「高足(一本足の竹)」に乗って舞う演目があり、その姿と豆腐に竹串を刺した形が似ていたから名づけられたのだそう。

豆腐を焼いて味噌をつけていただく「田楽」は、京都にある「二軒茶屋」で生まれたと言われています。創業480年あまりの歴史を持つ老舗のお茶屋さんで、現在も店の看板メニューとして親しまれています。

ODEN'S PROFILE02
江戸っ子は「おでん燗酒屋」が
大好きでした
地方からの出稼ぎ労働者の流入により、爆発的に人口が増えた江戸では、外食産業が栄えました。特に人気だったのが、天ぷら、鮨といった屋台ですが、七輪を入れた箱をかついで商売をする「おでん燗酒屋」も時を同じく登場。手軽に片手で食べられ、しかも鍋でつけたお燗もいただけるおでんは大流行。このころから酒のつまみとして庶民に親しまれていたわけですが、豆腐だけでなく、こんにゃくや山芋など、その種類も増えていきました。

江戸時代後期、山東京山と歌川豊国による『菊寿童霞盃』の挿絵には、「おでん燗酒」と看板がついた屋台が描かれています。

ODEN'S PROFILE03
蒲鉾作りを継承したハンペン、醤油の発明
おでんの時代が動いた江戸中期
江戸も中ごろになると、「おでん燗酒~、甘いの辛いの~♪」という掛け声が聞かれるようになります。「甘い」は醤油と砂糖や酒で煮込んだ「煮込みおでん」、「辛い」は焼いて味噌をつけて食べる田楽。そう、いま私たちが食べているようなおでんの原型が作られたのです。なんでも、田楽を焙っている時間も我慢できなかった江戸っ子のため、オーダーすればすぐ食べられるよう「煮込みおでん」が開発されたのだとか。時は醤油が野田や銚子で盛んに醸造されるようになった元禄から享保のころ(1688~1736年)。ちょうど、日本橋魚市場で蒲鉾の技術を応用したはんぺんなどの練り物が作られ、あれもこれもと流行ものがおでん鍋の中に投入されます。おでんの姿がぐっと現在の形に近づいた時代でした。

 

日本橋「神茂」
1688年創業のはんぺん・蒲鉾の老舗。1683年に五代目の神崎屋新右衛門は、市場に出回っていた鮫(輸出するヒレをとったもの)を使い蒲鉾の技術ではんぺんを製造していたそう。

 

電話:03・3241・3988
住所:東京都中央区日本橋室町1・11・8
営業時間:10:00~18:00、土~17:00 日・祝定休
http://www.hanpen.co.jp/

ODEN'S PROFILE04
いずれも東京の味となった
“煮込みおでん”と“つゆだくおでん
おでんと聞いて思い浮かぶのは、ひたひたの汁に種が浮かぶお鍋でしょう。しかし、この形になったのは明治に入ってから。では、江戸時代に登場した「煮込みおでん」はというと、田楽串を甘辛い汁で煮込んだ、汁っけのない「煮しめ」のような料理だったと言われています。それを変えたのが下で紹介している本郷の「呑喜」。フランス料理のアイデアをもとに、おでんを「煮込み」料理へと進化させたのです。この煮込みおでんは関西へ移り、“関東煮”と呼ばれるわけですが、これを透明な飲めるスープに変えたのが日本橋「一平」。どちらも東京のおでん屋さんでよく見るおでんの顔つきをしているでしょう?

本郷「呑喜」
フレンチの手法をおでんに応用!
日々継ぎ足される濃口おでん出汁

沸騰寸前の火加減の大きな丸鍋で煮込まれるおでん種。今では四角いおでん鍋も多いが、元々は丸鍋が主流だったのだとか。営業時間中も継ぎ足します

袋や大根の発祥ともされる、創業127年の老舗中の老舗、「呑喜」。初代は上野精養軒で料理人をしていたという万増太郎さん。西洋のスープをヒントに、たっぷりの出汁でおでん種を煮込みました。それは自分の味にこだわり、独自のおでんを目指したからだったとか。

電話:03・3811・4736
住所:東京都文京区向丘1・20・6ファミール本郷1階
営業時間:17:00~21:00 日定休

[つゆだくおでん代表] 日本橋「一平」
まずは、自慢の出汁を味わって
薄口おでん出汁の草分け

定番のおでん種を中心につぶ貝やウインナー巻なども揃う。閉店間際になると売切れになる ことも。黄金色に輝くスープは食欲をそそる優しい香り

1929年の創業当時、東京のおでんは味の濃い出汁が主流。そのカウンターとして生み出されたのが、透明で上品な「一平」の飲めるスープ。鰹節と塩とみりんしか使わない、素材の味を楽しむおでんは爆発的な人気に。以来、東京に薄口のおでん屋さんが広まりました。

日本橋「一平」
電話:03・3275・2486
住所:東京都中央区日本橋3-4-10 スターツ八重洲中央ビルB1
営業時間:11:15~13:30 17:00~22:30 11:15~13:30(土
祝) 17:00~21:00 日定休

ODEN'S PROFILE05
関西では「関東煮」と呼ばれる
おでんが誕生しました
関西の方ではおでんのことを「関東煮(かんとだき)」と呼ぶ人もいます。この関東煮の由来には諸説あり。①江戸時代に関東のおでんが伝わり、関西風に薄口醤油でアレンジ。関東から来た煮物だから「関東煮」。②大阪にある「たこ梅」が発祥。初代が近所で中国人が鍋でごった煮しているの食べて、美味しかったのを改良して作った「広東煮」がなまる→「かんとだき」→当て字にして「関東煮」。以上の2つの説が有力とされています。この薄味スープの関東煮が、関東大震災時の料理人の流出入をきっかけに、関東に戻ってくる。その後は関東の薄味のスープが主流に…。
というストーリーもあるのですが、未だにその真相は謎のままとなっています。

日本橋「たこ梅」

こちらが「たこ梅」のおでん。東京のおでんと違い、ぐつぐつと煮立たせるのが関東煮の特徴。種もクジラの舌である「さえずり」や皮の部分「コロ」が入っているのも関東煮ならでは

1844年に大阪は日本橋で創業。現在は道頓堀、梅田に計4店舗を運営しています。「さえずり」を初めておでんの種にしたのもこちらのお店。

電話06・6211・6201
住所:大阪府大阪市中央区道頓堀1・1・8
営業時間:17:00~22:30LO、 土・日のみ昼営業あり(11:30~14:30) 年中無休(年末年始のぞく)

Text:辺戸名悟/河島マリア(GRINGO)、メトロミニッツ編集部
Photo:よねくらりょう(呑喜)

※こちらの記事は2015年12月20日発行『メトロミニッツ』No.146掲載された情報です。

更新: 2016年9月28日

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