今夜も“月”が楽しみになる
PEACE FULL MOON(ピースフルムーン)[4]

さながら、江戸時代の夏フェス!
月の出を待つ夜のイベント「二十六夜待」。

外出すらままならない江戸時代に、女性たちが夜な夜な楽しんだ月のイベントがありました。浮世絵から、当時の様子を覗いてみましょう。

今夜も“月”が楽しみになる「PEACE FULL MOON」

「peaceFullmoon」とは?
2011年9月から始まった活動。“満月の日” を地球や人々にとって特別な日と捉え、下の3つの約束を掲げています。満月の日には空を見上げ、地球の営みに感謝し、争わず、分かち合うこと。そして、大切な人たちと心豊かな時間を過ごすことをご提案。そんなふうにpeaceFullmoonという言葉に、毎月、満月の日は世界中の人々のもとに平和な夜が訪れてほしいというメッセージを込めています。

peaceFullmoon“3つの約束”
一、 満月の日は、大切な人と心豊かに過ごすこと。
一、 満月の日は、怒らず、争わず、許しあうこと。
一、 満月の日は、万物の営みに感謝をすること。

所蔵・国立国会図書館

「十二月ノ内文月廿六夜待」三代歌川豊国・作(1854年)
三代歌川豊国が描いた『十二月之内文月廿六夜待』には、女性たちが楽しんでいた当時の様子がよく表われています。3人の中で、注目してほしいのは中央の女性。江戸の女性は、結婚すると歯を黒く染める“お歯黒” の習慣があったことから、この女性が既婚者であることがわかります。「年に一度のお月見イベントだもの!旦那がいたって関係ないない!」と言わんばかりに楽しんじゃってるその感じ…なんだか素敵です!

現代のように街灯もなく、無灯火で出歩くことも禁止されていたため、多くの庶民は外出することがなかったと言われている江戸時代。そんな時代でも、やっぱり“ガス抜き”は必要だったわけでして。その口実が“月”だったというのだから、驚きです。

そのイベントの名は、「二十六夜待」。旧暦7月26日に開催され、この日の月が真夜中にならないと昇らないため「月が出るのを待つ」という理由で、夜な夜な外に飛び出して、人々が飲めや歌えやの大騒ぎ。夜を徹して楽しんでいたんだそうです。

ところが、この二十六夜待。ルーツを辿ってみると、毎月23日に行われ健康や安産を祈願したとされる「二十三夜待」という信仰行事が、その始まりではないかという説が。熱心な信仰から始まった行事がいつしかすっかりお祭りに…って、この頃からすでに、日本人ってなんでもイベント化しちゃうのが上手だったのかも。

所蔵・神奈川県立歴史博物館

「東都名所高輪廿六夜待遊興之図」歌川広重・作(1841?1842年)
江戸時代、すっかりイベントと化していた「二十六夜待」の様子がよくわかる、歌川広重による錦絵『東都名所高輪廿六夜待遊興之図』。高級品ではなくカジュアルに楽しまれていたという寿司や、串揚げのように食べる串刺し天ぷらの屋台など、現代には見られない屋台が多く、賑やか! ちなみに、描かれているのは高輪。ほかに、品川や九段下、湯島などが、月がよく見えるスポットとして人気を集めていたそうです。

上の錦絵にも描かれているように、普段は禁止されている深夜の飲食店の営業も、二十六夜待の夜には許可されていたとか。しかも、若い女性が真夜中に遊べるチャンスはそうない時代ですから、きっと二十六夜待の晩は最大限、女性たちが朝帰りを楽しんだはず。そうそう、せっかくなら、今度の女子会も“月の出を意識して、朝まで”楽しんでみるっていうのはどうです? いつもより、すこーしありがたい朝帰りになるかもしれませんよ。

Text 岸野愛(STUDIO MAGIC)

※こちらの記事は2013年5月20日発行『メトロミニッツ』No.127に掲載された情報です。

更新: 2017年5月19日

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