|東京エリートレストラン|
世界に自慢したいフランス料理のシェフ[7]
宇田川悟先生が選ぶ 当代のシェフ”9人”

Contemporary chef of 9
日本のフランス料理は成熟期に入ったと言えますが、この時代を作った立役者を挙げるとしたら?
ホテル、街場、プロデューサーと、宇田川先生が選んだのは、日本のフランス料理界を支えた様々なタイプのシェフ。先生のコメントと共に、この9人たる理由を紐解いてみました。

キュイジーヌ・ナチュレルを提唱

オテル・ドゥ・ミクニ 「三國清三さん」
国内で成功してもなお、90年前後から果敢に海外に進出しているチャレンジャー。修業時代も、松下幸之助の本を肌身離さず持ち歩き、いつか料理で天下を取るというハングリー精神が垣間見えましたね」。フランスでの修業を通して学んだのは、日本人を喜ばせるフランス料理を作ること。自然のなかで育んできた日本人独自の美意識を皿の上で表現するため、「キュイジーヌ・ナチュレル」を提唱。生産者と提携した上質な食材にも目を向け、今も新しいチャレンジを続けている。

http://www.oui-mikuni.co.jp/

進化型フレンチの伝道者

東京ドームホテル「鎌田昭男さん」
「日本のフランス料理界きっての理論派。ヨーロッパでの修業時代から戦略的思考を備えて動ける貴重な人材だけに、ホテルの総料理長に抜擢されるのも納得できます」。71年渡欧時は、フランス以外にイタリアなども回る。帰国後は、イタリアンブームでカルパッチョが一般的になる前に、日本フランス料理史上初めて、「ポワソン・クリュ(刺身)」を提供するなど、先見性を発揮。同じくフランス帰国組の石鍋裕さん、井上旭さんと共に「フレンチ三羽烏」と並び称された。

http://www.tokyodome-hotels.co.jp/restaurants/

路地裏に佇む正統派フランス料理

北島亭「北島素幸さん」
塩加減と火入れがピタリと決まった北島シェフのフランス料理は、「これぞ、正統派」と称える声も多い。「彼の料理の特色は、勇猛な猛々しさ。フランス料理の精髄とはこういうものだ、という強烈な主張が皿の上にあること。その主張を支えるのは素材に対する愛情。毎朝、築地に出かけ、上物を買うシェフとしても有名で、くず野菜も魚のアラも捨てずにフォン(出汁)に使います。素材に愛情があるからこそ技術を活かせるし、回りまわって客を喜ばせようとしているんでしょうね」

http://hitosara.com/0006046111/

都会的センスとロジックが一皿に融合

ル・マンジュ・トゥー「谷昇さん」
「東京生まれの彼が作る料理は、非常に都会的。物事を客観的に見られるし、とても謙虚な人。料理には人柄が出るというけれど、彼の皿にもそれがよく表れています」。76年、89年とフランスに渡り、星付きレストランで修業。94年に『ル・マンジュ・トゥー』のオーナー・シェフに。料理は順列組合せで、今までインプットしてきた素材や調理法を、いかに組み合わせて一皿として完成させるかが谷シェフの信条。客観的なまなざしが、料理への姿勢にも見てとれる。

http://www.le-mange-tout.com/

フランス料理の奥義を一途に求めて

コート・ドール「斎須政雄さん」
「『タイユバン』など、錚々たるフランスの名店で12年間働いてきて、料理にはフランス社会のシステムが反映されていることをわかっている。彼が苦闘して学んだものは日本人には理解しがたいフランスのエスプリそのもの。創造の本質を理解しているから、たえず自分のフレンチが世の中に受け入れられるか自問自答しています」。正統派フレンチの求道者と目される斉須シェフは、一見いつもと変わらないように見える料理も、絶えず微妙に変化を取り入れ前進している。

http://www.felicimme.net/restaurant/r_018.html

素材がもつ「テロワール(大地)の味」を表現

レストラン タテル ヨシノ「吉野建さん」
79年に渡仏し、『トロワグロ』など名店で修業を重ね84年に帰国。89年には小田原に『ステラマリス』をオープンし評判を呼ぶものの97年再渡仏。パリに『ステラマリス』をオープンし、ミシュラン一つ星を獲得。当時日本のメディアでも大々的に取り上げられた。素材の背景にある「テロワール(大地)の味」を大切にすることをコンセプトに掲げている。「鹿児島県喜界島生まれでとても朴訥な人柄。故郷の味を忘れずフランス料理に反映させようとするのが彼らしさ」。

http://www.tateruyoshino.com/

フランス料理の座標軸に納まりきらない人

クイーン・アリス「石鍋裕さん」
「昔は、ホテルと街場のシェフは各自一生そこで過ごす図式でしたが、彼は街場からホテルの名誉総料理長となり、その垣根を軽やかに飛び越えた人。プリフィクススタイルをいち早く取り入れるなど、時代を一歩先取りする賢明さ、フットワークの軽さ、人をひきつける話術の巧みさとシェフの枠をも越えています」。初代「料理の鉄人」としても知られ、フランス料理にとどまらず、日本各地で多店舗展開した『クイーン・アリス』の総合プロデューサーとして幅広く活躍した。

http://ybht.co.jp/restaurant/queen_alice.php

無国籍料理の陰に潜むフレンチ・スピリット

KIHACHI「熊谷喜八さん」
シェフでありながらプロデューサー的な視点も持ち、無国籍料理、カフェ、パティスリーとフランス料理以外のジャンルでも成功。しかしながらベースになるのは変わらずフランス料理の精神。「87年に『KIHACHI』をオープンした際は、フランス料理から無国籍料理へのアプローチという斬新なコンセプトを掲げて評判に。しかし、原点はあくまでもフランス料理で、無国籍料理をうたっても、パンとワインに合う料理という考えは崩していない。静かにフレンチ・スピリットを燃やしているんです」

http://www.kihachi.jp/

日本に根ざしたフランス料理の模索

日本ホテル株式会社?統括名誉総料理長「中村勝宏さん」
79年、パリのレストランでのシェフ時代、日本人初のミシュラン一つ星を獲得した伝説のシェフ。70年に渡欧し15年滞在。エスコフィエ以来の伝統的なフランス料理から、ヌーベル・キュイジーヌの大波までを経験した貴重な存在だ。「日本におけるフランス料理の確立を考えて原点に立ち返り、日本の食材を使いながら、フランス料理としてどう表現するか、真摯に向き合っている。日本のホテルのフランス料理界において代名詞として語れる数少ない料理人」。

http://www.nihonhotel.com/

Text:浅井直子

※こちらの記事は2014年11月20日発行『メトロミニッツ』No.145掲載された情報です。

更新: 2017年9月7日

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