心に響く「時代」や「暮らし」
|100年後まで残したい料理本[9]|

平野芳信先生が読む「最後の晩餐」
”食べる文学”のすすめ

山口大学の平野先生に「100年後まで残したい料理本」をお聞きしたいと思ったのは、先生のおっしゃる通り、『食べる日本近代文学』を上梓されていたからです。しかも、実は「お父様は料理人だったという文学者」ですから、皆さんも気になるでしょう。

平野芳信先生

山口大学人文学部教授。専門分野は日本近現代文学。現在、村上春樹の研究者の1人(以前は谷崎潤一郎だった)。著書に『村上春樹人と文学』(勉誠出版)など

『食べる日本現代文学史』

平野芳信・著 光文社文庫 679円

筋書や主人公を追うわけではなく、「食べるシーン」から様々な作品の魅力を読み解いた文学史エッセイ。扱う作家は、正岡子規から小川糸まで幅広い

さてさて、私のような辺境にいる者に、東京の地下鉄でだけ配布されるフリーマガジンに「100年後まで残したい料理本」について書けという依頼がくるとはいささか面妖である。2013年、光文社新書『食べる日本近現代文学史』を上梓し、つい最近、その中国語訳(繁体字)が刊行されたせいであろうか?

さるにても、「100年後まで残したい料理本」というのは、難問(アポリア)中の難問である。悩み悩んだ末、というのは実は嘘で、依頼を受けてそれほど迷わず、ある1冊にたどり着いた。それは開高健の『最後の晩餐』である。

少なくとも、料理に関して、彼ほど達意の文を弄する書き手は他にいないと思われる。かつて木下杢太郎は森鴎外を評して「テエベス百門の大都である」と喩えたが、料理の描写に関して開高健は、ホメロスが古代エジプトの都テーベにあったという百門に比する造詣と実体験の持ち主であったように思える。
そんな開高健の『最後の晩餐』であるが、手元にある光文社文庫版によると初出は『諸君!』(文藝春秋)に昭和52年1月号から昭和54年1月号まで2年間にわたって連載されたエッセイ集である。昭和52年というと西暦では(下2桁に25を足して19をつければいいのです。これは皆さん覚えておくと便利ですよ)、1977年ということで、かれこれ40年近くも前のことになる。
すでに文藝春秋から刊行された単行本、文庫本ともに絶版となっているが、2000年代になって光文社文庫(筆者もそれで初めて読んだのだが)として復活し、つい最近小学館から電子書籍版としても刊行されたので、なんとか百年後まで読み継がれるのではないかと期待している。このページをご覧の方にはぜひ一度手にとっていただきたい一冊である。
特に、食べることが美味いか不味いかのレベルにとどまっている方は、目から鱗が落ちること請け合いである。内容は大方の予想通りの美食本であるが、個人的には豪食本(そんなジャンルはないのかもしれないが)ではないかと思う。「豪食」の意味はあえて、ここでは披露しないでおくことにする。その方が、食指が動くというものだろう。

とにかく「大地震来たりなばー非常時の味覚」という一篇もあれば、「ありあわせのご馳走」という一篇もある。総勢21篇から構成されている『最後の晩餐』だが、とりわけ筆者が好きな一篇の内容をもう少し詳しく紹介しておこう。
それは、昭和54年12月2日に開かれた、空前絶後の饗宴を描いた「王様の食事」である。このエッセイは次のようにはじまる。

こういうことである。
かねがね、私、食べれば食べるだけいよいよ食べられる御馳走はないものかしらと、夢想していた。(略)食べるあとからあとから形も痕もなく消化されてしまっていくらでも食べられ、そして眠くならないというのがほんとの御馳走というものではあるまいかと思うのである。文学作品も、ほんとの名作というものは、読後に爽快な何か、無そのものの充実をのこし、何も批評したくなくなる。(略)問題作はおしつけがましいが、名作にはつつましやかさがある。食後に爽快な無か、無そのものの充実をのこしてくれる御馳走を食べてみたい。何とかならないものか。

今回、編集者から届いた原稿依頼文の中に「料理小説とは何か」を読者に教示してほしい旨の一項目があったが、この原稿を書くために久々に読み直してみて、いきなりその答えが見つかってしまった。実は冒頭で、少々宣伝がましく話題にした『食べる日本近現代文学史』では、最終的に「料理小説」とは何かという明確な結論に達することはできなかった。刊行後、この点についてネット上に、するどい指摘が書き込まれ、舌を巻いたものである。
しかし答えは、こんな近くにあったのだ。開高健の顰(ひそ)みに倣えば、「料理小説」とは読み終わった後、その小説の中に登場した料理が食べたくなるような作品のことである。

さて、ある種明快かつ爽快な答えを提示した後で、こういうのもなんだか気が引けるが、「王様の食事」を読み終えた後、このエッセイの中に登場した料理を食べたくなっても、実際に味わうことは不可能に近い。その理由は後に述べる。
どうやら開高健がよほど頻繁に訴えたらしく、『諸君!』編集部が奔走し、ついに次のような饗宴が実現することになったのである。

朝の十一時頃から開始して、第一ラウンドが朝食、第二ラウンドが昼食、第三ラウンドが夕食で、終るのが夜の十時か十一時頃。(略)当日は私どものつくるフランス料理を食べて頂くが、翌日は大阪の日本橋一丁目の『福喜鮨』を試し、それでフィニッシュとする。

ここで語る「私ども」とは、辻静雄氏と彼が率いる調理師学校のシェフの中からの選りすぐり21名を指す。先に「空前絶後の饗宴」といった意味が、お分かりだろう。それこそ、前近代的な「王」でもない限り、こんな饗宴を再現することは不可能に近い、いや不可能である。
しかしながら、この饗宴はたった一度だけ(まさに一期一会!)現実に催されたのである。迎え撃つ食べ手は総勢17名の「銀鞍公子と銀鞍公女」であった。以上のような「王様の食事」の開催概要を、次でご覧いただきたい…。

【SELECTED BOOKS】

最後の晩餐
開高健・著  光文社文庫 679円

雑誌『諸君!』に昭和52年1月号から昭和54年1月号まで連載された後、単行本化。「腹のことを考えない人は、頭のことも考えない」。S・ジョンソン博士の格言に導かれ、繰り広げられる、古今東西、人の飽くなき欲望を思い知らせる食談の数々。写真の文庫版は、巻末にある作家・角田光代さんの解説も絶妙に面白い。

開高健「最後の晩餐」より
「王様の食事」
ー1979年12月2日開催ー

■ホスト:辻静雄夫妻
■ゲスト:開高健夫妻、阿川弘之夫妻、谷沢永一夫妻、陳舜臣夫妻、野口武彦夫妻、山崎正和夫妻ほか、文藝春秋社より審判役3名
■概要:初日はフレンチ。朝の十一時頃~夜の十一時頃まで、第一ラウンド「朝食」、第二ラウンド「昼食」、第三ラウンド「夕食」をいただく。料理はあくまでも現代的だが、十八世紀、十九世紀のヨーロッパの王侯貴族の長夜の宴の作法にならい、一皿に一片か二片ずつ出す。一皿ごとには選り抜きのぶどう酒が付く。翌日、『福喜鮨』にて終る

「第一ラウンド「朝食」。軽く。」
クロワッサンまたはブリオッシュ/紅茶またはコーヒー/バターはフレッシュ・バター/ジャムはストロベリー、ラズベリー、ブラックベリー、プラム、珍品としてはトマト、キウイなど

「第二ラウンド 「昼食」。正統的に少し重く。」
小エビ添えサヤインゲンのサラダ/ペリゴー風ソースのウズラの熱いパテ/クレッソン添えのスズキのクーサン/シャンピニオンを工夫したヒラメのフィレにバターのフォンデュをかけたもの/レモンのソルベ(シャーベット)/カルヴァドスを工夫したカモのササ身/ボルドレーズ風ソースで牛肉の小さなソテー/サルディニヤ風ジャガイモ炒め/アンディーヴのムニエール【お菓子類】イチゴのタルト/レモンのタルト/モカのガトォ/大統領のガトォ/アップェルストルーデル(ウィーン風)/フルーツのサラダ/パリ・ブレスト/栗のアイスクリーム/ヴァニラのアイスクリーム

「第三ラウンド 「夕食」。正統的にさらに重く。」
ジェリーにくるんだ生(き)のフォアグラ/ソーテルヌを工夫した川ザリガニの身/グリモ風ニワトリのフリアンティーヌ/アーモンドのポタージュ/コンソメのジェリーにキャヴィア/ドボォジュ風伊勢エビの煮込み/オルレアン風のヒラメとカキ/シャンパンのソルベ(シャーベット)/ガストロノーム風仔牛のフィレ/アミアン風仔がものパテ/コムピエーニュ風の牛の肋肉/花咲けるサラダ【お菓子類】チーズのタルト、梨のタルト、イチゴのバガテル/ガトォ“黒い森”/カルディナルシュニッテン(ウィーン風)/アーモンドのピチヴィエ/東洋風オレンジ/赤ぶどう酒を工夫した梨/モカのアイスクリーム

堪能されたであろうか?えっ、げんなりしたって!しかし、しかしである。実際には、第三ラウンドの最後の最後になって、アップェルストルーデルとカルディナルシュニッテンとチーズのタルトまで追加されたというのであるから、驚きである。

にもかかわらず、開高健は「これが最後かと思ったが、ホテルへ戻ってみたら、しきりにウドンかお茶漬けを自分が食べたがっていることを発見し、最大の驚愕を味わった。飽食のあとの空腹をなだめなだめシートン動物記を二頁読んで寝た。」と締めくくるのである。
「飽食のあとの空腹」という表現にご留意いただききたい。食べるという行為の本質、いや食欲の逆説(パラドックス)がこの一言には集約されている。食べて美味いとか不味いとか言ってるうちはまだまだなのである。
いまや、日本だけではなく世界中でもてはやされている村上春樹だが、実は彼は料理小説の名人でもあるのだ。例えば彼の大ベストセラー『ノルウェイの森』には、なんともおいしそうな料理が出てくるのだ。

緑の料理は僕の想像を遥かに越えて立派なものだった。鰺の酢のものに、ぼってりとしただしまき玉子、自分で作ったさわらの西京漬、なすの煮もの、じゅんさいの吸物、しめじのご飯、それにたくわんを細かくきざんで胡麻をまぶしたものがたっぷりとついていた。味つけはまったくの関西風の薄味だった。

読んだ後、誰しも食べたくなるはずである。なぜなら、日本人なら誰もが一度は食べたことがあり、それゆえに素材と味付けの良し悪しで美味しくもなり不味くもなる定番料理がそこに並べられているからである。
ハルキストならずとも、最近は人口に膾炙(かいしゃ)した事柄だろうが、作家になる前の彼はジャズ喫茶(夜はジャズバー)のマスターだった。料理の本質を知り尽くした鉄人の達意の品々というわけである。
「王様の料理」で究極の飽食の直後、なぜ、開高健は空腹を感じたのか?
なぜ、それをなだめるためにシートン動物記を読まねばならなかったのか?
答えはおそらくこうである。まず、食べたものがフレンチ(フランス料理)であったために、腹(肉体)は満たされたが頭(精神)は逆に飢餓状態に陥ったのである。さらには、『最後の晩餐』中の一篇「一匹のサケ」のネタバレになってしまうが、開高自身の個人的な飢餓体験も要因の一つだったと思われる。

最後にここまで読んで下さった読者の皆さんに考えていただきたい。自分は一体、何を食べたときに心が満たされるのだろうかと。それがあなたの〈最後の晩餐〉ならぬ〈最高の晩餐〉なのである。

Photo 岡本淑 Text 平野芳信
※こちらの記事は2014年9月20日発行『メトロミニッツ』No.143に掲載された情報です。

更新: 2017年5月3日

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