|東京エリートレストラン|
世界に自慢したいフランス料理のシェフ[6]時代ごとに読む!東京のフランス料理店の”変遷年表”

「東京のフランス料理店」年表

時代ごとに読む”年表”|東京のフランス料理店 進化録|
The French cuisine in Japan

前章までは「東京のフランス料理店」と「フランス料理のシェフ」の変遷を追ってきましたが、ここでは東京で花開いたフランス料理店のインパクトを年表を辿ってお読みください。

【江戸時代】
??1863(文久3)年
|日本初の西洋料理店誕生|

ペリー来航から10年目の年、長崎に「良林亭」開店。店を始めたのはかつて出島に出入りし、オランダ総領事をはじめ、オランダ軍艦にも乗るなどして料理人としての技術を磨いた草野丈吉




【明治時代】(1912~1926年)
??11872(明治5)年
|明治天皇の「肉食宣言」|

「西洋人が大きな体躯を有しているのは、肉食の風習によるものだろう」。外国の列強と互角に張り合っていくために、政府は肉食を定着させるのが急務だと考えた。これまで日本では肉食が禁じられていたが、明治天皇のこの宣言以降、街では”牛鍋”ブームが訪れる

|「築地精養軒」開業|

同年、国家事業として、東京初の本格西洋料理店が誕生した。しかし、開業当日に銀座界隈が大火に見舞われ、あえなく焼失。だが翌年、創業者・北村重威の凄い気概により再建される

??11876(明治9)年
|「上野精養軒」開業|

??11883(明治16)年
|「鹿鳴館」開館|

海外の賓客を招くために、そして日本が文明国家であることを誇示するために建てられた。ここで出された料理もまた、フランス料理(西洋料理)。鹿鳴館が開館して以降、街中に西洋料理店が急増することになる

??11890(明治23)年
|「帝国ホテル」開業|

隣接する「鹿鳴館」のお客のために建設が進められたホテルだったが、奇しくもこの年、鹿鳴館は閉館する




【大正時代】
??11913(大正2)年
|秋山徳蔵、宮内省に入省|

??11923(大正12)年
関東大震災発生

写真提供:イマジンネット画廊/文藝春秋/帝国ホテル

【昭和時代】1868~1912年

??11927(昭和2)年
「ホテルニューグランド」開業

??1928(昭和3)年
「資生堂パーラー」開業

??11934(昭和9)年
「東京ニューグランド」開業

ホテルニューグランドの支店として、銀座5丁目にレストランが誕生する。サリー・ワイルも東京と横浜を行き来するようになり、いずれの店からも優れたシェフを何人も育て上げた(〝ニューグランド系のシェフ)。この東京の店で修業した者の中に、後のホテルオークラ総料理長・小野正吉の姿もあった

??11939~1945(昭和14~20)年
第二次世界大戦

??11947(昭和22)年
「三笠会館」開業

「レストラン クレッセント」開業

??11953(昭和28)年
スーパーマーケット「紀ノ国屋」開店

もとは青果店だった紀ノ国屋がスーパーマーケットに転向。対面販売の店が当たり前の世の中で、日本に初めてセルフサービス式の食料品店が青山に誕生した

??11956(昭和31)年
「花の木」開店

大正末期に密航でフランスに渡り、強制送還、脱走など繰り返しながら修業した、志度藤雄。ロンドンの日本大使館に勤務し、当時の駐英大使だった吉田茂と懇意になり、戦後、吉田茂が首相時の官邸料理人となる。そんな志度による3軒目のレストラン「花の木」は、当時、街場のレストランはどこも"西洋料理の店"ばかりだった中で、フォアグラを出すなど、本格的なフランス料理を提供するパイオニア的な店だった

??11962(昭和37)年
「ホテルオークラ」開業

??11964(昭和39)年
「ホテルニューオータニ」開業/東京オリンピック開催

写真提供:ホテルオークラ/ホテルニューオータニ/紀ノ国屋/三笠会館/ザクレッセント

|本場修業組の帰国ラッシュ(70年代)|

60年代、日本の若手料理人たちはフランスへ修業に出た。当時、フランスで名店と呼ばれるレストランには必ず1人は日本人が働いていたと言われたほど、続々と…。そんな彼らがしだいに帰国し始めた70年代初頭には、日本経済はすでに急成長を遂げていた。

??1966(昭和41)年
「マキシム・ド・パリ」日本上陸

??1968(昭和43)年
パリで五月革命が起こる

??1970(昭和45)年
ワインの輸入自由化フランスで「レスト・ヴェジェ」(菜食レストラン)流行

??1971(昭和46)年
日本エスコフィエ協会設立
京王プラザホテル開業

??1972(昭和47)年
フランスで『ゴー・ミヨ』創刊

??1973(昭和48)年
「ロオジエ」、「ビストロ・ラ・シテ」、「シェ・ピエール」開業

??1974(昭和49)年
「レカン」、「ビストロ・ダルブル」開業

??1978(昭和53)年
「オー・シザーブル」、「レ・シュー」、「マダム・トキ」開業/成田空港開港

|空前のフランス料理ブーム(80年代)|

60年代後半から70年代にかけて、フランスで修業していた料理人たちが続々と帰国。ホテルの厨房に入る人もいたが、街場にレストランを開く人も多く、80年代にもなると店が増した。世間はバブルの好景気。マスコミの注目も集め、東京のフランス料理が最も華やいだ時代。

??1980(昭和55)年
辻調グループがフランス校を開校/「ラ・ロシェル」、「レストラン フウ」、「シェ松尾」開業

??1982(昭和57)年
「ひらまつ亭」、「クイーン・アリス」開業

??1983(昭和58)年
「アピシウス」、「オー・プティパリ」、「ビストロ・ポンファム」開業/帝国ホテル「インペリアルタワー」開業

??1984(昭和59)年
「シェ・イノ」、ホテルニューオータニ「ラ・トゥール・ダルジャン」、「ペリニィヨン」開業

??1985(昭和60)年
「オテル・ドゥ・ミクニ」、「フォーグレイン」開業/ホテルエドモンド開業

??1986(昭和61)年
「コート・ドール」、「オー・ミラドー」、「ラ・ブランシュ」、「ル・マエストロ・ポール・ボキューズ」開業

??1987(昭和62)年
ホテル西洋銀座開業/「レストランキハチ」、「カーエム」、「クラブニュクス」、「ラブレー」開業

??1988(昭和63)年
「グリル満天星」開業

??1989(平成元)年
「ステラマリス」、「オーベルジーヌ」、「シェ・タニ」開業

?|冬の時代(90年代)|

91年、バブル経済の崩壊。80年代には、東京の街中で実力ある店々が群雄割拠し、勢いづいたフランス料理だったが、高級志向が時代に合わなくなってしまった。そして、イタリアンブームの到来。フランス料理の人気は停滞期に。

??1990(平成2)年
「北島亭」、「カンセイ」、「ラ・ベル・ドゥ・ジュール」開業

??1992(平成4)年
「プレジール・グルマン」、「ヴァンサン」開業/フォーシーズンズホテル椿山荘開業

??1994(平成6)年
「シャトーレストラン・タイユバン・ロブション」、「ル・マンジュ・トゥー」、「ヌキテパ」、「マルシェ・オー・ヴァン ヤマダ」開業/リーガロイヤルホテル東京、ウェスティンホテル東京、パークハイアット東京も開業

??1995(平成7)年
「ザ・ジョージアン・クラブ」、「マノワール・ディノ」、「エピス」開業

??1996(平成8)年
「ラ・ナプール」、「ブラッスリー・ルコント」、「ル・コック」開業

??1997(平成9)年
「エルカカン」、「レストランW」、「ル・ゴロワ」、「ランス・YANAGIDATE」、「アテスエ」、「オザミ・デ・ヴァン」、「モナリザ 恵比寿本店」、「レストラン キノシタ」開業

|進化の時代へ(2000年代~)|

先の低迷期を経ても、実力ある店はきちんと生き残っていた。また、ビストロ、ブラッスリーなど、カジュアルな店も増え始めた。一方で、フランスから大物シェフたちも次々と来日& 出店。こうして底上げされた東京のフランス料理は、次の時代への移行期を迎えたのだ。

??2000(平成12)年
「ル・ブルギニオン」、「クゥードフランス」開業/東京ドームホテル開業

??2001(平成13)年
「マルディグラ」、「コム・ア・ラ・メゾン」、「ル・ブション」開業

??2002(平成14)年
「メゾンブランシュ」、「ローブリュー」、「シェ・トモ」、「ボンシュマン」、「サンス・エ・サヴール」開業

??2003(平成15)年
「レ・クレアシヨン・ド・ナリサワ」、「レストラン タテル ヨシノ 芝」、「ラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション」開業

??2004(平成16)年
「グランクリュ」、「ラ・ベージュ・アラン・デュカス」、「シェ・アズマ」開業

??2005(平成17)年
「レスプリ・ミタニ」、「ブノワ」、「ピエール・ガニェール・ア・東京」、「ゴードン・ラムゼイ」、「アロ二ア・ド・タカザワ」開業

??2006(平成18)年
「キュイジーヌ[S] ミッシェル・トロワグロ」、「カンテサンス」、「ランベリー」開業

??2007(平成19)年
11月に『ミシュランガイド東京2008』発売(創刊号)



※こちらの記事は2014年11月20日発行『メトロミニッツ』No.145掲載された情報です。

更新: 2017年9月6日

この記事が気に入ったら
「シェア」しよう

最後までお読みいただき、ありがとうございます

pagetop