”豊食の時代”を振り返る

|TOKYO FOOD JURNAL[22]|
ー最終章ー

いつにも増してめまぐるしく変化した今年の東京で、特に顕著だったのはアメリカからの上陸店が多かったことと、アメリカの次世代フードカルチャーが広がりを見せたことだろう。その勢いは、最初にファストフードがやって来た70年代初頭を思い出すほどの1年だった。しかし、私たちはなぜ、これほどアメリカの食を偏愛してしまうのだろうか?その答えを出すのは難しい。
だが、その愛は決して一方的ではなかったと思いたい。70年代以降は日本の食がアメリカに影響を与えるようにもなり、互いに交じり合って今日があるからだ。そう、私たちはずっとアメリカと食で交流してきた。その道のりを駆け足で辿ってみよう。

PROFILE|畑中三応子[Mioko Hatanaka]

□食文化研究者・料理本編集者
編集プロダクション「オフィスSNOW」代表。『シェフ・シリーズ』と『暮しの設計』(ともに中央公論新社)の編集長を経て、以後もプロ向けの専門書から初心者向けのレシピ本まで数々手がけてきた名うての編集者。一方で、近現代の流行食を研究している。その集大成となる著書が『ファッションフード、あります。―はやりの食べ物クロニクル1970-2010』(紀伊國屋書店)。その他にも著作多数
「ファッションフード、あります。-はやりの食べ物クロニクル1970-2010」
畑中三応子・著 紀伊國屋書店・刊 2,592円

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|味の均質化と食の民主化|

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アメリカ料理の基本になっているのは、最初期に移民したアングロ-サクソン系の食習慣で、その中心には牛肉への強い嗜好がある。また、アメリカ料理の特徴は、quick(迅速)、convenient(簡便)、economica(経済的)、casua(手軽)なことで、典型はもちろんファストフードである。世界中の多様な民族文化が集まるアメリカの食を、画一的なファストフードが主導するようになった背景には、科学と合理性、能率を重視したアメリカの家政学と、缶詰、冷凍、インスタントなど、加工食品の発達とがある。それに関しては拙著『ファッションフード、あります。』に詳しいが、いつでもどこでもだれが作っても同じ普遍的な味に均質化することは、社会的階層や出身国、人種や民族による差別や摩擦を乗り越えて平等を実現する、食の民主化でもあった。

|第1章 明治から戦前・戦後|

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アメリカと日本の食文化は、実はよく似ている。考えてみよう。天ぷら、コロッケ、トンカツ、ラーメン…。私たちは海外の食べ物を取り入れて「折衷」するのが大の得意だ。一方、ドイツ移民が作っていた民族料理のハンブルグステーキがハンバーガーになったように、アメリカ料理は、「ハイブリッド(交配)」のプロセスを必ず踏んでいる。ある料理を「~ねばならない」と囲い込まず、勝手な創意工夫を加えて変化応用してしまうのは、保守的ではないからだ。食べ物への自由奔放さが共通していることが、日本人がアメリカの食に惹かれる理由の1つではないだろうか。

明治維新の食の西洋化で、日本人は突如として「牛肉党」に変身した。明治30年代から流行した洋食店では、カツレツやオムレツと並んでビフテキが人気を博し、関東大震災までカツレツと言えばビーフだったという。モダニズムが花開いた昭和初期、東京の尖端的な若者はアメリカの消費文化を礼讃し、アメリカンスタイルのグリルやカフェで、ホットサンドイッチやソーダ水、アイスクリームに親しんだ。昭和13年には、銀座の洋食屋台にホットドッグまで登場している。その頃の銀座風景を活写した『銀座細見』(安藤更生、1931)の一節を紹介しよう。「今日の銀座に君臨しているものはアメリカニズムである。(中略)最も多いのはフランス料理に非ずして、水を以て葡萄酒に代えるアメリカ風ランチである」戦後は、GHQの指導による栄養改善運動が始まり、学校給食のパン食と牛乳、インスタント食品、ダイニングキッチン、スーパーマーケット…と、食生活全般がアメリカの影響下で進展していった。日本人の平均寿命と平均身長が飛躍的に伸びたのは、アメリカ型食生活導入の成果である。

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POINT


●明治期は文明開化の欧化政策で牛肉と牛乳が奨励され、ビフテキがアメリカ料理のシンボルになった。http://www.nipponham.co.jp/recipes/meat/column/03.html

●大正~戦前にかけて、アメリカ式のレストランやキャンディストア、ソーダ・ファウンテンが銀座に次々と開店した。

●高タンパク質・高脂肪のアメリカ型食生活を奨励する栄養改善運動が展開された戦後には、食生活全般でアメリカの影響を受けた。

|第2章 1970年代|

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1970年は「外食元年」と呼ばれる。アメリカのファストフード・チェーンが黒船のごとく上陸し始めた年だからである。また、アメリカ式のセントラルキッチンを採用した「ロイヤルホスト」が大阪万博で大成功を収め、「すかいらーく」1号店が国立にオープンしたのもこの年。これ以降、ファストフードとファミリーレストランの大規模チェーンが続々展開し、家族単位の小規模経営だった飲食店が企業化し、産業として確立した。それまでの外食は、社用族ご用達の高級店と、大衆向けの安食堂やラーメン屋に二極化し、どちらも男性主体だったが、家族連れや若者のグループ、女性同士が気楽に日常的に外食を楽しむライフスタイルが台頭する。これもまた、食の民主化だった。

ファストフードが追求するのは、合理性と効率。作業を徹底的に標準化、簡略化して提供する。アメリカ型科学的料理の完成形である。なかでも衝撃的だったのは71年7月、銀座4丁目に開店した「マクドナルド」。ビーフ100%のパティ、コンピュータ制御の流れ作業、かわいい制服と微笑みの接客、セルフサービス方式…すべてが新しく、アメリカ文化そのものだった。外食に到来したアメリカナイゼーションは和食も変えた。牛丼、すしなどの和風ファストフードやチェーン形式の料理店が急増していったのは周知の通り。今ではジャンルを問わず、ほとんどすべての外食企業にファストフードの原理が応用されている。一方、アメリカは成人病(=生活習慣病)の蔓延に悩んでいた。政府は77年に「合衆国の食事目標」を発表して国民の栄養改善に乗り出した。ハンバーガーは健康に役立たない「ジャンクフード」と呼ばれるようになり、見習うべき低脂肪・低カロリー食として日本食ブームが始まった。今、振り返ると、ちょっと笑える逆転現象である。

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●この頃、ファストフードとファミリーレストランが普及し、外食を楽しむライフスタイルが定着した。

|第3章 1980年代|

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続く80年代は、グルメの嵐が吹き荒れた「飽食の時代」だ。外食の高額化が進み、高級フレンチに大学生カップルが食べに行くような好景気下、薄くなったアメリカンの影の中で目立ったのは、アルコールのアメリカ化現象だった。「バドワイザー」発売がきっかけのアメリカ産ビール、「アーリー、ロックでね」や「ジャックをロックで」など、銘柄名で注文するのがおしゃれだったバーボンブームも起こったが、その後に大きな影響を残したのはカクテルである。バーテンダーが腕によりをかけて作るような難しいカクテルではなく、グラスに氷と材料を入れて混ぜるだけ。マンハッタン、ソルティードッグ、テキーラ・サンライズ…と名前もアメリカンなノリで、甘くて飲みやすい。カクテルで本格的にアルコールに参入した女の子は多く、ここから派生したのが、その後の爆発的なチューハイブームである。お菓子の世界でも、アメリカンが健闘した。最初に流行したのは超ビッグサイズが嬉しい「アメリカンケーキ」、次に来たのがこってり濃厚なのが驚愕だった「スーパー・プレミアム・アイスクリーム」と「アメリカンクッキー」だった。家族連れがファミリーレストランで一家団欒を楽しむ一方で、80年代の「ナウ」な若者が車で足繁く通ったのが、アメリカン・カジュアルレストランである。「イエスタディ」「ストロベリーファーム」「プレストンウッド」などのチェーン店が典型で、建物はコロニアル調や西海岸風。なかでも東名入口近くの環八沿いに3軒が並び立ったエリアは「用賀アメリカ村」と呼ばれ、真夜中でも駐車場に順番待ちの行列ができた。

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●グルメブームでアメリカンの存在感は薄まるが、味、質、ファッション性を備えたアイテムが人気を得る。

|第4章 1990年代|

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日米関係でこの年代最大の出来事は、91年4月に実施された「牛肉輸入自由化」だろう。外国の安い牛肉が大量に出回るようになって、ステーキ、しゃぶしゃぶなど高級料理の価格破壊が始まり、食べ放題店が林立した。日本人の「牛肉をお腹いっぱい食べたい」という積年の願望がついに実現したわけだが、これ以降、食のグローバル化が加速していく。バブルが弾け、「失われた10年」と呼ばれるこの時期、マニュアル一辺倒ではなく、客の好みを尊重するフードチェーンが登場した。現在、世界最大の店舗数を展開する「サブウェイ」が92年、赤坂に1号店を開いたときは、注文が難しいアメリカ独自のサブマリン・サンドイッチは、お仕着せサンドに慣れた日本人にはハードルが高いのではないかと危惧したが、ファストフード初のヘルシー路線が受けて、じわじわと浸透した。久々の衝撃だったのは、96年開店の「スターバックスコーヒー」だった。「アメリカのコーヒーはまずい」という従来の認識を覆す品質の高さと、注文の仕方があまりにも難解なことも話題を集め、頼み方を予習してから「スタバデビュー」する客も少なくなかったほどだ。その成功を追って続々とシアトル系カフェが出店し、アメリカナイズされたカフェラテやカプチーノが日本のコーヒー文化に割って入ったという、歴史的な事件だった。90年代には他にも様々な個性派カフェ・スタイルが産声を上げた。そのうちの1つ、深夜までしっかり食事ができる「ダイナーカフェ」は、アメリカの古典的な簡易食堂「ダイナー」をイメージして創案されたスタイルだ。

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●お客の好みでカスタマイズできる「スターバックス コーヒー」が社会現 象を起こし、シアトル系コーヒーがブームに。

|第5章 2000年代|

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21世紀に入り、私たちが直面したのは進みすぎた食のグローバル化だった。2003年にアメリカでBSEが発生し、牛肉の輸入がストップしたことで危機に陥った日本の外食企業は、話題が集中した牛丼だけではなかったろう。当のアメリカからは、グローバリズムの代名詞である多国籍フードチェーンが、食の安全と健康、環境を破壊していることを告発する映画(『スーパーサイズ・ミー』や『ファストフード・ネイション』)や書籍(『雑食動物のジレンマ』や『ファストフードが世界を食いつくす』)が発信され、世界から注目された。こうしたアメリカ人の問題意識が生んだのが、オーガニック食品の大ブームだ。値段が多少高くても、環境と生物に配慮した方法で育てられた、より安全で健康的な食べ物を食べたいと願う意識の変化は、アメリカの食に変革をもたらすことになった。一方、日本ではBSE以外にも食の不祥事が続き、極端に低下した食料自給率への反省から、「地産地消」と「安心・安全」が食のキーワードになり、アメリカの食はかつての輝きを失ってしまったように見えた。気がつけば総中流社会が崩壊し、貧困問題が発生。安い値段で高カロリーを摂取できるメガフードのブームは、格差社会の徒花だと揶揄されるという状況下、アメリカでは「ファストカジュアル」という新潮流が興っていた。 

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●アメリカでオーガニック食品の大ブームが起こり、日本では地産地消と健康志向の気運が高まった。

|第6章 2010年代|

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10年代に入ってから、アメリカの次世代フードが続々とお目見えしている。面白いと思うのはハワイのパンケーキやメイン州産のロブスターロール等々、地域性を色濃く打ち出したローカルフードが楽しめるようになったことだ。ドーナツにクロワッサンを融合させたクロナッツのような、ヨーロッパの伝統的な食文化とのハイブリッド・アイテムは、これまでのアメリカ食にはなかった先鋭性と独創性を感じさせてくれる。あるいは、サード・ウェーヴ・コーヒー。フェアトレード重視という社会性も新鮮だったが、豆を自家焙煎して、1杯ずつ手で入れるスタイルは、洗練を究めた日本の喫茶店文化の再来を思わせ、嬉しい驚きだった。何より注目したいのは、ファストカジュアルだ。今、アメリカでは多くのフードチェーンがこのスタイルを取り入れて、急成長している。特徴は、まずメニューは価格より品質志向で、冷凍食品や加工食品の使用を極力控え、新鮮で安全な地元の素材から手作りされること。サービスはセミセルフで、注文して代金を払ってから客席に着き、料理ができたら取りに行くか運ばれる。注文後に調理するので、多少待たなくてはならないが、店の雰囲気と居心地が良いので気にならない。基本姿勢として食の安心・安全と健康、環境に配慮し、地域社会に貢献していることが重要視される。スローフードは、ファストライフとファストフードに対抗する世界的な運動だが、現実にはどんなにスローを求めても、現代社会はファストライフから無縁ではいられない。スピード感を程よく保ちつつ、昔ながらの手作りのおいしさに出合えるファストカジュアルは、ファストライフと折り合いをつけたスローフードの発展形と言えるだろう。この秋最大の話題は、ファストカジュアルを代表するハンバーガーチェーン「シェイクシャック」の初出店だった。まだ物珍しさが先行しているが、地産地消の安全な食材を使って持続可能な社会を目指すという思想を取り入れ、国産ファストカジュアル店が出現するのも、遠い未来ではないだろう。

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●アメリカの次世代フード&ドリンク次々と登場。また、高品質な食材と手 作りにこだわる「ファストカジュアル」が一大潮流に。

文:畑中三応子

※こちらの記事は2016年12月20日発行『メトロミニッツ』No.158に掲載された情報です。

更新: 2017年1月11日

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