|東京エリートレストラン|

世界に自慢したいフランス料理のシェフ[1]
「フランス料理」駆け足クロニクル

世界ーの美食の街と謳われる、食都「TOKYO」。ミシュランガイドの星の数においては世界最多を覆得し、その実力を世界に知らしめました。ここ東京は、美食家たちを魅了するワールドクラスの実力店が犇めき合っているのです。その中でも、グルメシーンの最前線を雄飛する、選りすぐりの精饒シェフたちの存在。そんな店の作り手でもある、凄腕の料理人たちが腕を振るう飲食店のことを、私たちは「東京エリートレストラン」と、敬意をもって名付けることにしました。本特集は、そのようなシェフたちを、自信を持って世界に自慢したいという思いから生まれました。その第一弾としてフランス料理の名シェフたちをご紹介し、改めてその魅力をお伝えしたいと思います。

【序章】世界に自慢したいフランス料理のシェフ

1970年代頃、フランスでは”新しい料理”がー世を風魔しました。ヌーヴエル・キュイジーヌです。しかし”新しい”と言うからには、当然”古い”もあります。それはエスコフィエが集大成した、古典的な料理のことになります。エスコフィエは、これまでに華やかな方へと進化をしてきた料理をシンプルにし、過去の料理の伝統を受け鞭ぎながらも、今の時代にふさわしい料理へと手直ししました。それは、古い反面”新しい料理の基盤”になった、とも言えるのかもしれません。料理は時代に合わせて進化します。進化をさせるのはその時代に生きている人間、特に作手たちです。そこで今回、編集部では東京エリートレストラン」のフランス料理のシェフ版の特集を行います。エリートとは”精鋭”の意味と捉えていただいて構いませんが、「世界の美食の中心として群を抜いている」(「ミシュランガイド東京」創刊時に編集責任者だったジャンリュック ・ ナレ氏の言葉より)、そんな東京で、今、キラリと輝く精鋭店の作リ手(シェフ)たちに会いに行きたいと思います。

ー第1章ー
3 major Maestro of French cuisine
>>フランス料理の時代を築いた3巨星


この3人は、近代のフランス料理界で活躍し、現代に大きな影響を与えた人たちです。今どきの「東京のフランス料理」であっても彼らの存在がなかったら、きっと違うものになったでしょう。だから、この特集ではフランス料理の歴史の勉強から始まります。

(1)近代フランス料理の父であり大成者!「オーギュスト・エスコフィエ」 Auguste Escoffie(1874-1833) (2)美食文化の黄金期の天才料理人「アントナン・カレーム Marie Antoine Careme」(1874-1833)(3)偉大なるガストロミーの祖「ブリア・サヴァラン Brillat Savarin」(1874-1833)

「フランス料理」駆け足クロニクル

今の「東京のフランス料理」の話の前に、急がば回れ。手短に、遠い国の遠い昔の話、「フランス料理の起源」、そこから話を始めさせていただきたく思います。長くなりますが、駆け足でお読みください。

|フランス料理が始まる前に!フランスという国が生まれた頃|

かつて、約200年にもわたり、ヨーロッパ一帯(全地中海地域)は「古代ローマ帝国」に統治されていました。しかし政争が起こり、2つの国に分裂。片や「東ローマ帝国」。現代の地図で言うところのイスタンブールを首都にした、東欧エリアです。もう一方は「西ローマ帝国」。首都はローマ。現在のフランス、イギリス、ドイツ、スペインなどを含む、いわば西欧エリアです。しかし、やがてその2国にそれぞれゲルマン民族が侵入してきます。すると西ローマ帝国が滅亡(東は持ち堪えます)。それが476年の出来事で、「中世」の始まりです。

|フランス王国の誕生|

そして、ローマ時代には「ガリア」と呼ばれていた土地に、ゲルマンのうちのフランク族が侵入してきます。それが「フランク王国」となります。以後、分裂などを繰り返し、ようやくカペー王朝の下で「フランス王国」が成立。日本では平安時代の藤原道長の頃、987年のことでした(ただし、フランス国家誕生は496年という説もあります)。

|まだ〝フランス料理〟というものは生まれていない|

写真提供:Granger / PPS通信社

さて、改めまして、中世とは「476年、西ローマ帝国滅亡」から「1453年、東ローマ帝国滅亡」までとなりますが、この間にまだ〝フランス料理〟というものはありませんでした。食事の内容には、隣国との差は少なかったのです。西ヨーロッパ全体で食べていたのがポタージュやブイイ、ロティなど。ポタージュは、肉や野菜などをごった煮にした鍋。ブイイは、栗や麦を煮た粥。ロティは、焙り焼きした肉のことです。しかし、国の差は大してなくとも階級差はあり、コショウ、クローブ、しょうが、シナモンなど、貴重なスパイスをふんだんに使えることが富や権力の表れでした(味や香りを求めて、というより香辛料が貴重品で高かったから)。また、サフランで黄色に、シタンで赤に…など、色のキレイさも重要だったそうです。

写真提供:Heritage Image/PPS通信社

しかし中世末期、1冊の料理書が完成します。著者のタイユヴァンは宮廷料理人。調理場で師匠から弟子へ口伝されていた料理を本に手書きでまとめました(右の写真)。その『ル・ヴァンディエ』には、当時の王家の食卓(シャルル5世)が描かれ、当時の調理法や味付けなどを読み解くことができます。

写真の『ル・ヴィアンディエ』は、中世末期に活躍した王の調理長・ギョーム・ティレル(通称タイユヴァン)が著した、フランス初の料理書(1380年頃)

中世
西ローマ帝国滅亡(476年)?東ローマ帝国滅亡(1453年)


ーまとめー
この間に「フランス王国」が建国される
そのため「フランス料理」はまだない時代。
ステータスの高さは、"スパイス"を多用できること。
タイユヴァンがフランス初の料理書を著す。

|王侯貴族の華やかな暮らしから”フランス料理”が生まれた頃|

再び先の時代を思い返していただきたいのですが、中世の終わりは「1453年、東ローマ帝国の滅亡」とありました。そう、オスマントルコの侵略でついに東ローマ帝国も滅亡します。その時、学者や知識人、先進的な文物が西側へ、中でも多くがイタリアへ逃避。その影響でルネサンスが花開き、イタリアがさらに先進的な国へと進化します。

 

|フランス料理の出発点|

一方、アルプスの向こう側のフランスは後進気味のまま。国力をもっと高めたいと、行ったのが婚姻政策。1533年、先進国のイタリア、フィレンツェの豪商・メディチ家の娘、カトリーヌ・ド・メディシスを王太子(後のアンリ2世)の妃に迎えます。彼女の輿入れには、衣裳係、化粧係、舞踏係、そして料理係などが随行。その料理係がブロッコリー、白いんげんなどの野菜、仔羊のレバーや腎臓・鶏冠・仔牛を食べる習慣、マカロン、アイスクリームなどのお菓子、〝ブッフェ形式〟、そして様々な調理法をもたらし、これがフランス料理の出発点の1つになったのでした。

(1)近代フランス料理の父であり大成者!「オーギュスト・エスコフィエ」 Auguste Escoffie(1874-1833) (2)美食文化の黄金期の天才料理人「アントナン・カレーム Marie Antoine Careme」(1874-1833)(3)偉大なるガストロミーの祖「ブリア・サヴァラン Brillat Savarin」(1874-1833)

|イタリアから「フォーク」が伝わる|

同時に、イタリアから〝フォーク〟も入ってきます。当時、フランスではスプーンはありましたがこれもあまり一般的ではなく、手づかみで食べるのが普通でした(カトリーヌの輿入れ時、フランスにパスタが伝わらなかったのは、手づかみだと食べ方が汚くなるから、という話も)。フォークの普及するスピードはゆっくりで、17世紀、太陽王との異名を持つルイ14世が、3本の指を上手く使って、周りを汚さずキレイに食べたという話も有名です。

|フランス料理はルイ14世によって開花|

そんなルイ14世の時代と言えば、宮廷の華やかな暮らしも絶頂期、王の威光は絶大でした。そして王はグルメというよりグルマン(大食漢)で、1日中食べていたと言います。そして、この頃、豪奢で贅沢な「フランス料理(宮廷料理)が確立されます。

ルイ14世
(1638~1715年)王朝の最盛期を築いた、太陽王。ヴェルサイユ宮殿を建設した王で、在位は72年間で史上最長。ルイ14世の時に形成された「フランス料理」は国力・国威の拡大に従い、各地へ伝播していく。

ルイ14世(1638年9月5日 - 1715年9月1日)は、ブルボン朝第3代のフランス王国国王(在位:1643年5月14日 - 1715年9月1日)である。ナバラ王国国王としてはルイス3世である。ルイ13世の長子であり、妃はスペイン国王であるフェリペ4世の娘マリー・テレーズ・ドートリッシュである。王朝の最盛期を築き、太陽王(Roi-Soleil)と呼ばれた。




近世
ルネサンス(15?16世紀前半)フランス革命(1789年)


ーまとめー
イタリアで興ったルネサンスの余波で、
「フランス料理」が誕生する
美食家かつ大食漢だった太陽王「ルイ14世」
が在位にあった頃に、”フランス料理”が形成される

テキスト:野中ゆみ(メトロミニッツ編集部)

※こちらの記事は2014年11月20日発行『メトロミニッツ』No.145掲載された情報です

更新: 2017年9月1日

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