TOKYO ELITE RESTAURANT|世界に自慢したいシェフ

|アイデンティティのあるイタリア料理のシェフ[9]|
東京のイタリア料理の変遷に見る
時代を切り開いた立役者たち

日本のイタリア料理のはじまりは明治時代まで遡ることはできますが、大きく動き始めたのは、まだここ30年くらいでしょう。月日としては浅いかも知れません。でもそれは、おいしいイタリア料理を私たちに伝えようとしてくれたシェフたちの熱くて濃い情熱の歴史でもあります。そんな歴史をイタリアの食文化に精通する河合寛子さんと土田美登世さんに振り返っていただきます。

ー1980年代ー当代を代表するシェフたち

アクアパッツァ|日髙良実さん

地方料理の魅力をシンプルかつダイナミックに

1986~89年のイタリア修業で回ったレストランは、北から南までの14軒。各地を巡るうちに気付き、魅せられたという「土地に根差した地方料理のおもしろさ」をとことん学んだところに日髙氏の強みがある。店名にも据えた看板料理の「アクアパッツァ」も然りだが、「地方料理の伝統を忠実に」ではなく、日本の素材の持ち味を生かし、洗練とオリジナリティを加えてシンプルかつダイナミックに再現した料理の数々は、90年代に「新しい時代の息吹」を送り込んだ。日本の農業、漁業生産者とも早くから交流を深め、業界の発展に寄与してきた1人である。

アロマフレスカ|原田慎次さん

和の素材使いと緻密な味作りのテクニック

イタリアか日本かといった素材の国籍にとらわれない自由な素材使いと、その味わいを緻密な計算の上に最高位に導き出すテクニックが原田氏の真骨頂である。イタリアでの修業経験はないが、それが日本の素材とじっくり向き合い、イタリア料理に自由に取り入れる柔軟な思考に結びついたと言える。鮨、天ぷら、割烹、フレンチなどさまざまな名店を徹底して食べ歩き、一流の素材と技に触れる中で、素材を見る目、生かす術を養ったことも大きい。イタリアにも日本のどこにもない、しかし、素材のおいしさに満ちた紛れもないイタリア料理の逸品を作り出している。

カノビアーノ|植竹隆政さん

「胃にやさしくヘルシー」を貫くイタリアン

90年代のイタリア料理は「味の重さ」を排した「軽やかさ」がキーワードとなり、爽やかでヘルシーなイタリアンが確立された時代。植竹氏の料理はその最先端を行くもので、イタリア料理の基本調味料であるニンニクと赤唐辛子を一切使わないことで知られる。「自分の味の好みから」が理由で、伝統的には使うのが当たり前の料理でも、妥協せずに植竹スタイルを貫いた。京の伝統野菜を中心に野菜の旨みを多用したり、塩、コショウの味を軽めにしたり、シンプルに料理を組み立てたりと、胃にやさしく爽やかさにあふれた料理が女性客の厚い支持を得た。

エッフェ|小林幸司さん

一級品の食材で作る独創性の高い料理で魅了

1990年の前後3年近くを、イタリア料理界で「鬼才」と謳われたジャンフランコ・ヴィッサーニの下で過ごし、オリジナリティの突出した料理を学んだことが小林氏の財産となり、才能を開花させるきっかけともなった。2000年代初めの10年あまりは1日1組限定で、1つのテーマに沿った10皿の料理&ドルチェ、5種のワイン、3~4種のパンで構成する独特の経営で耳目を引く。帰国後の90年代から現在まで一貫して、厳選された一級品のイタリア食材を中心に、切れ味の良さと深い味わいが交錯する独創性の高い料理を作り続ける。

河合寛子/土田美登世

フードエディター&ライター 河合寛子/土田美登世

【著者】プロフィール

■河合寛子/「専門料理」「料理王国」編集部を経てフリーランスのフードエディター&ライター。「専門料理」編集長時代には1980年代から90年代にかけての大イタリア料理ブームをプロの視点から取材してきた。確かな知識で書かれる原稿にシェフたちの信頼も厚い。イタリア料理の編書多数。

■土田美登世/「専門料理」「料理王国」編集部を経てフリーランスのフードエディター&ライター。「専門料理」では河合氏の部下。ともに「料理王国」創刊メンバー。『日本イタリア料理事始め堀川春子の90年』(小学校・刊)をまとめ、日本のイタリア料理の歴史を追った。

Text:河合寛子

※こちらの記事は2015年11月20日発行『メトロミニッツ』No.157に掲載された情報です。

更新: 2016年12月2日

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