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近い将来、和食が日本から消えてなくなる!?
和食クライシス04ー最終章ー

今、世界中で和食が楽しめるようになった一方で、「このままでは日本に本物の和食はなくなる。和食は特別化し、日本人から遠く離れた存在のものになるでしょう」と警鐘を鳴らすのは、日本料理「銀座 小十」の奥田透さんです。一体どういうこと?その原因は、実は私たち自身にもあるんです。

4人の有識者に聞く!“今ここにある和食危機”に気付いたら、明日からすべきこと。

クライシスという言葉には、「重大な局面」ひいては「転機」というニュアンスもあります。和食を取り巻く状況を好転させるため、ひとりひとりがすべきこととは?食に関わる業界に身を置く有識者の方々に、それぞれの観点からヒントを伺いました。和食の現状を変えられるのは、日本人である私たち自身です!

静岡文化芸術大学学長「熊倉功夫さん」

「“体感”する機会を作るため、1日1回和食を食べましょう」

1943年東京都生まれ。国立民族学博物館名誉教授、和食文化国民会議会長。専門は日本文学史・茶道史。著書に『文化としてのマナー』(岩波書店)、『日本料理文化史』(人文書院)他。

日本人は皮膚感覚を大切にしてきた民族。銘々自分の箸や茶椀を持ち、口を付けるものは個人の範疇に収めようとします。これだけ欧米化が進んでも、街中でキスをするカップルを見ると違和感を覚える人が多いのは、日本人が無意識に受け継ぐこの感覚ゆえでしょう。これは合理性では語れない、心や精神性の話。知らないうちに精神的な軸を失うのは怖いことです。1日1回でも和食を食べて箸を使うことは、和食文化を体感するということ。とんかつや和風ステーキは和食かと議論になりがちですが、定食屋に行けば箸で食べやすいように出てくる。和食の内容は変化しても、心はそうした道具や仕草などに生き続け、体感から継承していけるものなのです。

東京家政学院大学名誉教授「江原絢子さん」

「基本の和食調理をひとつずつやってみる。経験することで、心を理解します」


1943年島根県生まれ。和食文化国民会議副会長。著書に『家庭料理の近代』(吉川弘文館)、『和食と食育』(アイ・ケイコーポレーション)、『日本食物史』(吉川弘文館)他。

まずは健康に生きるため、食生活全般を振り返ることが必要だと思いますが、自分で和食を作らない人なら”ご飯を炊く””汁を作る””煮る”といった簡単な基本の調理を、ひとつずつやってみるのがいいのではないでしょうか。水の冷たさで季節を、香りのよさで旬を感じる体験は、自然の尊重や作る人への感謝、つまり和食の基本となる考え方の理解に繋がります。現代は、おせちよりクリスマスが一般的になりつつあると言われますが、食がイベント化しているこの流れは、そうした和食の考え方から離れ、料理を感謝しながら食べない人が増えているのも理由のひとつでしょう。和食の心を再認識するためにも、自分の体験を増やすことが大切です。

「銀座 小十」奥田透さん

「和食を作る、知る。分からないなら、スマホで調べればいい」

1969年静岡県生まれ。徳島「青柳」などを経て、2003年「銀座 小十」、2011年「銀座 奥田」開店。パリに2013年「OKUDA」、2014年「Sushi OKUDA」を開店。日本を代表する気鋭の料理人。

そもそも、こうして和食がメディアに取り上げられたり、「和食の日」が制定され話題になることが異常。フランス人やイタリア人は毎日自国の料理を食べているから、そんな日を作らないはずです。日本人は自国料理さえ食べない稀な民族ということ。今、調理師専門学校に入る若者のうち、和食を専攻するのは全体の1割。給食では、ご飯を週に一度しか出さない学校さえある。作り手も食べ手も減る一方です。和食は季節ごとにテーマを変えるほど文化度が高い料理ですが、文化を理解する心は、一度なくしたら戻りません。作り方を知らないなら、スマホですぐ分かる時代。海外から来た方々に和食とは何か聞かれて答えられないと、恥ずかしいですよ。

キユーピー株式会社200Xファミリーデザイン室「岩村暢子さん」

「食は価値観や暮らし方を表すもの。どんな家庭で、どんな暮らしをしたいか考えてみては」

1953年北海道生まれ。広告会社を経て現在はキユーピー(株)顧問。食卓を通じ現代社会を研究。著書に『変わる家族 変わる食卓』(中公文庫)、『家族の勝手でしょ!』(新潮社文庫)他。

私は和食の専門家ではなく、食卓を通して日本人の価値観や家族の関係を調査してきたので、その観点からお話します。和食は、素材を活かす、料理の食べごろや素材の食べどきを知る、四季を映す、場にふさわしいなど、自分よりも自然や周りの環境を大切にする心で成り立っていたのだと思います。しかし今の家庭は、家族バラバラの好みや都合、それぞれの人の気分を尊重し合うようになっています。それは、私たちの暮らしが、自然や外界中心から人間中心・自分中心になってきたということ。だから、「和食を大切にしませんか?」という問いかけは、そんな私たちのあり方を見直す必要があるのではないか、と問われていることだと思います。

Text:唐澤理恵

※こちらの記事は2016年2月20日発行『メトロミニッツ』No.160掲載された情報です。

更新: 2016年11月13日

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