”豊食の時代”を振り返る

|Tokyo Food Journal[10]|
TFJ 2015 Review
コラムニスト
中村孝則さん

それぞれ異なる「食」のシーンで活躍されている方々に、ご自身の活動に基づいて“東京観”や“時代観”をお聞きしたインタビューです。

|コラム二スト|中村孝則さん

ファッションやカルチャー、グルメや旅など、ラグジュアリーライフをテーマに雑誌、TVで活躍中のコラムニスト。世界のガストロノミーにも精通し、「世界ベストレストラン50」と「アジアベストレストラン50」の日本評議委員長を務めている。著書に『名店レシピの巡礼修業』(世界文化社)他

「ミシュランの方が正しい評価をしているかはわかりませんが、私たちの活動に価値を感じてくれているシェフたちがいるのは確かです」と話す、中村さん。ガストロノミー界を二分するほど、年々、影響力を増してきた『世界ベストレストラン50』の日本のチェアマンです。

2015年「世界ベストレストラン50」

2015年の「世界ベストレストラン50」は6月1日に授賞式が行 われた。1位に選ばれたのは、スペインの「エル・セジェ―ル・ デ・カン・ロカ」(2013年以来、2度目の1位)。日本からは、青 山の「NARISAWA」が日本人初のトップ10入りで8位を獲得 (写真下)。また、六本木の「日本料理 龍吟」が29位にランク インした。世界ベストレストラン50は、イギリスの『レストランマ ガジン』社が2004年から主催しているレストランアワード。ま ずは世界27地域に1人ずつ選ばれた評議委員長が35名の評 議委員を任命するところから始まる。評議委員は世界中のレ ストラン業界の専門家たちで、メンバー1人ずつが7軒(4軒は 担当地域から、3軒はその他の地域から選ぶ)を選ぶことによ りランキングが決まる。なお、「世界50」の他に「アジア50」「ラ テンアメリカ50」などもある。

シンプルなメッセージと、それを伝えるだけの発信力 それが、世界のベスト5 0に入るレストランの条件です」

2013年から「世界ベストレストラン50」(以下、世界50)の日本評議委員長(チェアマン)になりましたが、昨年よりも今年の方が圧倒的に海外からの問い合わせが増えました。「いつ日本に行くから、美味しい店を教えてくれ」とか「この日の『鮨さいとう』の予約を取ってくれ」とか(「鮨さいとう」の予約などなかなか取れるもんじゃないのに…)。

彼らはほぼ面識のない人たちばかりですが、おそらくそれは世界各国の「世界50」の評議員の人たち。彼らがこぞって日本に来たいと言うことを考えると、今年は特に世界から日本が注目された年だったのかなと感じます。「世界50」は、イギリスの『レストランマガジン』が2004年から始めた年に一度のグルメアワードで、「世界中の行くべきレストラン」ランキング1位から50位までを決定します。

そこにはまず、世界を27に分けた、それぞれの地域の代表者であるチェアマンが1人ずついます。私もその1人です。その評議員は約950人。チェアマンの名は公表されていますが、評議員は全員匿名です。評議員になるには「美食に通じていること」や「世界を食べ歩いていること」が条件で、「18カ月以内に行ったレストランの中から7軒を選ぶ投票権」を渡されています。

私も含めて全員がこれを無報酬でやっているのですから、身体も財布もタフじゃないと務まりませんよね。しかし、「世界50」はここ2?3年で急激に知名度が上がり、「ミシュラン」より「世界50」に入りたいと言うシェフも増えていて、多くの人から注目されるアワードになったという点では成功しているのかなと感じています。

今年、日本の「食」に注目が集まった理由の1つに、世界的なシェフたちが日本にやって来る機会が多かったことがあると思います。まず最も印象的だったのは、やはりデンマークから「ノーマ」がやって来たことですね。ノーマは過去に4回も「世界50」で1位になったことがある世界的なレストランです。

これまでにも有名シェフが来日してイベントを行うことはよくありましたが、ノーマは本店を閉め、スタッフ全員を引き連れて日本へやってきたというスケール感ですから、世界に注目されないわけがありません。また、日本の食材や日本の器を使ってくれたおかげで、ノーマを通じて日本の文化を発信することができました。ガストロノミーの世界は、国境を越えて世界中の料理の専門家・食のジャーナリストたちが共有している1つの世界であるため、情報が伝達するのが早いのです。

また、今年の1月から9月まで、ほぼ毎月のように「ブルガリイル・リストランテルカ・ファンティン」(ブルガリホテルズ&リゾーツ・東京レストラン)で開催された「エピクレア」(Epicurea)も素晴らしい企画でした。この店のエグゼクティブ・シェフ、ルカ・ファンティンが、日頃から親交のあるイタリアのミシュラン星付きシェフを毎月1人ずつ日本に招いて開催した、コラボレーションディナーです。1つのコースを前菜からドルチェまで、ルカと来日シェフとで1皿ずつ交互に作って提供するというもので、マウロ・ウリアッシから始まり、現地ではCMなどにも出ている有名人のカルロ・クラッコなど、イタリアを代表するスターシェフばかりが参加し、全部で7回開催されました。

私はすべてに参加しましたが、驚きがたくさんありました。このように、今年は海外からシェフがやってくる機会が多く、日本の話題が世界へ向かう〝発信元年?だったと言えるのかもしれません。また、シェフたちに来てもらえると、日本の食材や食文化が情報だけではなく、実際に世界へ広がる機会にもなります。今、世界的に「うまみ」の次に「発酵」というのが大きなトレンドになっていますが、「エル・ブリ」のシェフ、フェラン・アドリアが日本にやって来た時に持ち帰り、自身の料理に使い始めた、ゆず、わさび、抹茶はやがて世界に広がり、ちょっとしたブームにもなりました。

世界のシェフたちが日本に興味を持つ理由は、知られていない食材と食文化の宝庫だからだと思います。食材が豊富な国というのは他にもあると思いますが、その背景に〝文化?も含むという奥行きが面白いのでしょう。例えば、黒文字はご存知でしょうか?あの和菓子に添えられている楊枝のことです。

海外のシェフと日本の山に行くと、爽やかで少し甘みのあるような黒文字の香りが、特にヨーロッパ人には妙に好まれます。初めに使い始めたのは千利休と言われていますが、リナロールという鎮静作用のある香り成分がローズウッドよりも多く含まれるそうで、お茶として飲用もできますし、成澤さん(「NARISAWA」のシェフ。今年「世界50」で8位を獲得した)は料理に黒文字を添えて出しています。

また、海外のシェフたちだけでなく、今年は日本人シェフたちの中にも発信力の高まりを感じています。典型的なのは、この6月に「SUGALABO」をオープンさせたばかりのシェフ、須賀洋介さん。昼は〝ラボ?で研究の時間。夜は17席しかないレストランで、ラボでの活動成果を披露するというようなスタイルです。

他にも、レフェルヴェソンス、フロリレージュ、81(エイティワン)が今年、相次いで店をリニューアルさせ、明らかに攻めの姿勢になってきたなと感じています。この3者も独自の強いメッセージを持ち、日本人だけでなく海外からのお客さんも視野に入れたような店作りをしていると思うのです。

近年、シェフ自ら旅をして、「生産者と直接やり取りし、土地の食文化をお皿に表現する」という形も1つの潮流で、レストランから何らかのメッセージを発信している人ほど評価をされる時代です。レストランの役割が「美味しいものを提供する場」という従来の枠組みを超えて、「美味しいものを発信する場」になったのです。料理が美味しいのは、もはや当たり前。それよりも〝お皿の向こう側?を上手く伝えることができる人が今後のガストロノミーの担い手になるのではないでしょうか。

かつては料理の作り手、食べ手の2者間で完結していたレストランも、今はインターネットやSNSが普及して常に世界中からの批評の目にさらされています。だからこそ、その店がそこに存在する意義など、社会的な価値が求められるようになったとも言えるのかもしれません。そんな〝社会性?という面で、今年、抜きん出たシェフと言えば、先に紹介したブルガリのコラボレーションディナー「エピクレア」でも来日していた、ミシュランの3ツ星のマッシモ・ボットゥーラでしょう。

今年、彼が手がけた「アンブロジアーナ食堂」は世界中を驚かせました。以前から真剣に食材ロスについて考えていたマッシモは、ある日、ローマ法王に相談しに行ったそうです。「まもなくミラノ万博(2015年5月開幕)が始まると廃棄される食材が大量に出る。その食材を使ったレストランをローマ中央駅に開きたい」と。するとローマ法王から返ってきたのはこんな提案でした。「それなら恵まれない人たちに食べさせてあげて欲しい」。

そこで誕生したのが、ホームレスの人々や子どもたちに無償で料理を振る舞う「アンブロジアーナ食堂」です。ミラノ万博の会期中は、マッシモの師匠であるアラン・デュカスが10年ぶりにキッチンに立つなど、世界のトップシェフ約60人が交代でシェフを務めたことで大きな話題となりました。私は現地を取材した際にマッシモになぜスターシェフばかり呼ぶのか?と尋ねてみたんです。

そしたらこう答えましたね。「だって、君だって来ているだろう」と。トップシェフが集まって来れば、一流のジャーナリストたちもやって来る。すると、この活動が世界に発信される。これは単なる慈善事業ではなく、若手シェフたちを初め、世界中の人々に食材ロスについて考えるきっかけを与える社会的な活動で、世界に同じ価値観を共有してほしいというメッセージなのです。

よく「美味しい店を教えてください」と聞かれることがあります。しかし、それは単に美味しいだけで良いのか、その先に何かを求めているのか、料理にメッセージを込める料理人がいる以上、今度はそれを受け取るお客の側も食べる目的意識を明確にしておかねばなりません。

例えばコストなのか、「安心安全」も含めてなのかなど、様々な価値観が存在する現代で「美味しい」という感覚は人それぞれ。私が携わっている「世界ベストレストラン50」は、「ミシュランVS世界50」のようなことを言われることもありますが、世界に無数にある「美味しい店」をそれぞれ違う判断基準で選んでいるに過ぎないのだと思います。「世界50」に選ばれている店はファッションで言えばモード系で、メッセージ性やそれを発信するプレゼン能力の高さも重視しています。

Text:野中ゆみ(メトロミニッツ編集部)

※こちらの記事は2016年12月20日発行『メトロミニッツ』No.158に掲載された情報です。

更新: 2016年11月23日

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