”豊食の時代”を振り返る

|Tokyo Food Journal[9]|
TFJ2015 Review
[レフェルヴェソンス]
エグゼクティブシェフー生江史伸さんー

それぞれ異なる「食」のシーンで活躍されている方々に、ご自身の活動に基づいて“東京観”や“時代観”をお聞きしたインタビューです。

|レフェルヴェソンス|エグゼクティブシェフ 「生江史伸さん」

1973年生まれ。神奈川県出身。慶応大学卒業 後、「アクアパッツァ」で主にフロアとして働く。 2003年より北海道の「ミッシェル・ブラス トーヤ ジャポン」で研鑚を積み、2008年より、英国ロンド ン近郊の「ザ・ファットダック」にてスーシェフを務 める。2010年、東京・表参道に「レフェルヴェソン ス」オープン。

「ノーマ・アット・マンダリン・オリエンタル・東京」の開催にあたり、日本での食材探しのアテンドを行った生江シェフ。自身も野草など、自然の食材を取り込む料理を得意としますが、ノーマと日本を巡り、彼らの哲学に触れ、得た刺激は大きかったようです。

「ノーマとの食材探しの旅から見えてきたのは、〝美味しい料理?の価値観はひとつではない、ということ」

今年1年を振り返って、ノーマの日本上陸はとても大きなインパクトがあった出来事と言って間違いないと思います。1月の開催にあたって、僕も日本での食材探しのお手伝いをさせていただきました。連絡が来て、いろいろと準備をはじめたのが2014年の5月。

それから約半年間かけて、北海道から四国や九州、沖縄の石垣島まで、日本全国をレネ・レゼピを中心としたノーマの一行と巡りました。紹介したのは「レフェルヴェソンス」ともお付き合いのある生産者さんがほとんどだったのですが、料理のアイデアやレシピに関することには、一切口出しはしませんでした。

自分の色が入ってしまうと、その時点でノーマ・ジャパンは別のものなってしまうと感じていましたから。ただ、要求された素材に関してそれに一番合っているものを提案することには、全力を尽くしました。思い出に残っているエピソードはたくさんあります。

日本の自然の多様性を感じてもらおうと、一番最初に訪れた青森県の白神山地では、現地のマタギさんと〝どっちが森をよく知っているかバトル?のような展開がありました(笑)。もちろんマタギさんは白神山地の野草や木のことに詳しいプロフェッショナル。

極相林、つまり完成された森の自然の姿と言える白神山地での1枚。生江シェフ自身も北海道のミシェル・ブラストーヤジャポン在籍当時は、日常的に近隣の森に入って野草を摘んだり、山菜やきのこを採ったり、という経験を積んできた。それはふんだんに野の野菜を使うレフェルヴェソンスの料理にも活かされている。そんな生江シェフから見ても、レネの森や食材に対する知識は驚かされるもので、現地のマタギさんがタジタジになることもあったそう。

しかし、レネたちも北欧の各国をくまなく歩いて、その土地土地の食材と向き合ってきたので、かなりの知識を持っている。また、青森県とデンマークは気候が似ているところがあるようで、なんでも口に入れて「これは知っている素材の亜種なんじゃないか、でもあれは一体なんだ」と、ひとつひとつ目を輝かせながら議論している姿が印象的でした。

また今年に入って、ある栃木の農家さんを訪ねました。いや、正確には何とか口説きに行きました。というのもレネ達が要求したイチゴは、ギリギリ緑色で、熟れる前の酸味がある状態のものだった。でも、その農家さんは赤く完全に熟れたものを出すのがプライドで…信頼できる方としか取引もしないというポリシーでした。

だから、最初は絶対に嫌だ、となるんですよ。ただ、そこから4時間ぐらいかけて、レネ自身がやりたいことや、デンマークでは青いイチゴをピクルスやサラダに入れて様々な使い方をする、ということを熱心に伝えて、なんとか了承をいただけました。そこまでレネが食材の状態にこだわったのには、ある一つの考えが彼にあったからだと思います。

レネが初めて日本を訪れたのは2009年。その際に、味噌蔵から造り酒屋など、あらゆる現場を訪ね歩き、その食文化の豊かさに感銘を受けたという。それからなんとか日本に長期滞在し、日本の慣習の中で料理を学ぶ術はないかと考え、今回ようやく実現した。

それは『食の多様性』を伝えるということ。それは価値観の一元化に対するアンチテーゼとも言えます。例えばグローバリゼーションがその文字通りに進み、何か1つの食材を世界中のみんなが好むようになると、それに対してマーケットが追いかけていきます。そうすれば値段も吊り上がるし、ストックが枯渇していく可能性だってある。そうなると海や山の生態系も崩れてしまいます。

また、食材のある一部だけが美味しいという価値観で統一されると、捨てられる部分が増え、もったいないという意識も生まれないかもしれない。だから彼らは新しい食材の発見や、食材の新しい味の局面を発見していけないか、ということにも尽力していましたね。そんなノーマの思想をよく反映したのが「長野の森香るボタンエビ」というメディアでもよく取り上げられた一皿です。

このエビを仕入れる際も、レネと一緒に築地に行ったのですが、僕を含めエビは死んでから1?2日経ったものが柔らかく、甘みもあって美味しいという認識があったんです。でもレネは生きているエビじゃないとダメだ、と。まだ動いているエビを食べることで、僕らは命をいただいているんだ、というメッセージを伝えるための料理だったからなんです。それは、僕たち料理人は美味しさを追求する、といった今まで当たり前だと思っていた価値観とはまた別軸の、新しい価値観もあるんだと、彼らは提案しているようでした。

東京に目を戻すと2020年にはオリンピックがやってきます。僕個人としては、大きな花火が打ち上がって経済効果があったね、で終わらせるのではなくて、飛び散った火花をベースに次の世代につなげていける食のビジネスモデルを作りたいなと考えています。それは、若い人たちがどれだけ食の世界に夢を持てる環境を作れるか、ということでもあり、そのためには、いかに新しい価値観を生み出し、根付かせられるかが大事になると思います。今回のノーマとの経験も活かして、取り組んでいきたいテーマです。

Text:米田祐紀(メトロミニッツ編集部)

※こちらの記事は2016年12月20日発行『メトロミニッツ』No.158掲載された情報です。

更新: 2016年11月16日

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