[Tokyo Elite Restaurant]
京橋 酛

鈴木隆之・上野智紀

文:河崎志乃 写真:片桐圭

日本酒には、必ずドラマがある。そう語るのは、「京橋 酛」の店主・鈴木さん。鈴木さんの酒と上野さんの料理、そしてお客様が一つになり、心地よい時が流れる秘密の場所。今まで知らなかった、新たな日本酒の世界への扉が開きます。

鈴木隆之(すずきたかゆき)
19731214日生まれ。もともとは家具販売のサラリーマンをしていたが、酒好きの先輩に日本酒の店に連れられ、その魅力に目覚める。これをきっかけに日本酒を扱う仕事を志し、2007年に唎酒師(ききざけし)の資格を取得。2010年にオープンした「新橋 酛」の店主となり、2016年同店を京橋に移転。卓越した日本酒の選定眼と愛のあるプレゼンテーションで「酛」を人気店に押し上げた。

上野智紀(うえのとものり)
1982827日生まれ。「祇をん 八咫 銀座店」、福岡・博多の「京都ぎをん 八咫」に在籍し、月曜日から土曜日は日本料理を学び、日曜日はフランス料理店やイタリア料理店で西洋料理を学んだ。その後、福岡市内の「ごはん屋 今ここ」でジャンルや形式にとらわれない自由なスタイルの料理を学ぶ。「新橋 酛」から鈴木さんとコンビを組み、酒好きの心を掴む料理で店を盛り上げる。

知る人ぞ知る、日本酒好きの聖地

京橋駅近くの路地裏に佇む日本酒と和食の店「京橋 酛(もと)」。扉を開け奥に進めば、9席ほどのカウンターの向こう側には静謐な空気漂う調理場が見渡せます。そしてカウンターの1席に腰を落とせば、たちまち旨い酒と料理の陶酔の世界へ。

その水先案内人を務めるのは、唎酒師である店主の鈴木隆之さん。自ら日本各地の酒蔵を訪れ、その土地、蔵の環境、蔵元・杜氏の人柄を見て「これぞ」と思った日本酒を、常時80〜90種「京橋 酛」に取り揃えています。そして、調理場から料理を供してくれるのは、料理長の上野智紀さん。日本料理をベースとしつつもその枠にとらわれない自由な料理、そして自らも日本酒好きというのもうなずける、酒好きの心を掴む細やかな料理で楽しませてくれます。

【桃の酒蒸しとヒラメの握り】
桃の酒蒸しには北海道のフロマージュブラン、生ハムのピュレとピンクペッパーを合わせて。ヒラメの握りは、まずはお腹を落ち着けてゆっくりと日本酒を楽しんでほしいという思いから。合わせるのは、極少量限定出荷されるという「作 槐山一滴水(ざく かいざんいってきすい)」。桃の果実をかじったかのような、気品のある甘みと余韻

この店の魅力は鈴木さんと上野さんのあうんの呼吸。「京橋 酛」の料理はコースを基本としながらも決まった品書きはなく、上野さんが毎朝築地に足を運び、数日という短い期間で移り変わる旬の食材を選び調理するため、ほぼ日替わりで変化していきます。さらにはお客様の酒や食事の進み具合を見て、その日の予定になかった料理がカウンターの下から追加で出てくることも。それに合わせてほぼ即興で、鈴木さんが日本酒を選びグラスで1杯ずつお客様に提供していきます。

「上野とは『酛』が京橋に移転する前の『新橋 酛』の頃から長年一緒にやっていますので、事前に打ち合わせをすることもなくその場で呼吸を合わせています。この店は日本酒と料理、どちらが欠けてもダメなんです。2人のチームワークで生み出すエンターテイメントを楽しんでいただきたいですね」と鈴木さん。

【アイナメの焼き物】
2キロ近くあり脂の乗った北海道のアイナメを、炭火でレアに焼き上げることでしっとりとした食感に。酸味と香りのある自家製の山椒ダレをかけ、さらに利尻のウニを添えることで、風味豊かながらまろやかな味わいに仕上げた。香り高い山ウドのきんぴらとともに

そして、そこに欠かせないのがお客様。鈴木さんは料理に合わせるだけでなく、お客様との会話や、酒を飲み進めるにつれ見えてくるそれぞれの好みや体調にも合わせて提案する日本酒を変えていきます。そのため、複数のお客様であればそれぞれに違ったお酒が出されることも。さらに、そのプレゼンテーションには日本酒への愛が感じられます。

「ご提案するときには、味というよりもその酒が生まれた環境や造った人、すなわちその酒が持つ“ドラマ”をお伝えするようにしています。それから飲んでいただいて、どう感じるかはお客様次第。そのほうが楽しく、おいしく味わっていただけるはずですから」と語る鈴木さん。ただ飲み、食べるだけではなく、一つの酒が生まれるまでのストーリーを語り味あわせてくれる店として、「京橋 酛」は多くの日本酒ファンに愛されているのです。

店主と料理長、それぞれの物語

【お造り】
「私も酒飲みなので思うのですが、少しずつ色々お皿に乗っていると嬉しいですよね」という上野さんのこだわりで、ヅケや炙りなど細やかな仕事を施したお造りがひと切れずつ。青海苔、大葉の若芽、上野さん自らゴマを炒って切り、塩と合わせたゴマ塩と、薬味だけでも酒のつまみに

そんな店主の鈴木さんは、なんと元々は日本酒が苦手だったのだとか。「私が大学生の頃の日本酒の印象は、一気飲みをして頭が痛くなる酒、次の日もツラい酒、というものでした。だからあまり好きではなかったんです。それが、社会人になって日本酒好きの先輩に日本酒の専門店に連れて行ってもらい、一気に印象が変わってしまいました。どの酒も香りが良くてフルーティで、こんな果物みたいな日本酒があるのかと驚きました。料理もおいしくて、酒もそれに合わせて出してくれて、それにも感動しました。そして、それぞれの酒にドラマがあった。それですっかり日本酒の世界に魅せられてしまったんです」。

【茶碗蒸し】
淡路のハモを使った茶碗蒸し。脂の乗った大ぶりのハモをしっかりと骨切りして使うことで、ふんわりとした食感と旨味が楽しめる。上にはミョウガの餡をかけ、茶碗蒸しには南高梅を忍ばせている。ミョウガの香りと旨み、梅の優しい酸味が合わさった、日本酒にも合う1品

苦手だった日本酒が好きなものにガラリと変わり、気付いたら転職して今に至るという鈴木さん。日本酒に苦手意識を持っているお客様や、何を飲んだらいいかわからないというお客様に、日本酒は日本の素晴らしい文化で、決して難しいものではないということを伝えたいといいます。そのため「京橋 酛」ではメニューブックを用意せず、鈴木さんが選び提供するスタイルに。

【桜海老のクリームコロッケ】
生の桜えびを燻して香ばしさや旨味を存分に引き出し、ベシャメルソースに加えて揚げたクリームコロッケ。合わせるのは、「まんさくの花 秋田流生酛造り」。燗酒にすることで炊きたてのご飯のような芳醇な香りを引き出して。生酛造りの独特の酸味と旨味で、コロッケのコクと油を切りすぎず、程よく余韻を楽しませてくれる

メニューを見て自分で注文するとどうしても飲んだことのある、知っているものに偏ってしまうため、あえてメニューブックを無くすことで新しい発見を提案していきます。かつて自分が日本酒と出会い人生が変わったように、まだ日本酒の良さを知らない方にも、その素晴らしさを感じてほしいと願っています。

その鈴木さんが「職人というよりは、何よりお客様に喜んでいただきたいという心を持つエンターテイナー」と評するのが、料理長の上野さん。日本料理店で長年修業を積む間も休日にフランス料理店やイタリア料理店で西洋料理を学び、それらを融合させた料理を作りたいと腕を磨いてきました。最も大きな出会いは、建築会社の社長として世界中を回った後58歳で料理の道に入った、福岡「ごはん屋 今ここ」のオーナーだったとか。

「この店で1年ほど修業し、『熱く生きろ』というオーナーのもと、国や型にとらわれない自由な料理を学びました。それまで修業していた日本料理にとらわれずに、自分が感じるままに、熱く、自由に料理をして良いのだということを教わったんです」と上野さん。「京橋 酛」ではお客様の笑顔を見ることを何よりの楽しみに、カウンターでのライブ感を大切にしながら、驚きと楽しさのある料理づくりを目指しています。

日本の素晴らしい物たちを、世界へ

鈴木さん、上野さんの2人が息を合わせ、新たな日本酒の魅力を教えてくれる「京橋 酛」。ここで供される日本酒には、必ずそれを造る人の物語があります。「蔵元や杜氏さんの人柄がお酒の表情に結構出るんですよ。温厚な造り手さんですと、より穏やかで懐深くじんわり沁みる味わいのお酒になったりします。設備や杜氏さんが変わっても味が変わります。そんな中、皆さん一生懸命酒を作っているんです。私は特に、家族だけで頑張っていたり、20代、30代の若い蔵元さんが頑張っていたりする小さな酒蔵も応援したいと思っています。この店でもそんな蔵元の酒を積極的にご紹介しています」と鈴木さん。「京橋 酛」は東京駅や、羽田と成田をつなぐ都営浅草線の宝町駅からも近いため海外からのお客様も多く、そんなお客様に紹介できるのも喜びの一つだといいます。

上野さんも大切にしているのは生産者との出会い。佐賀「丸秀醤油」の醤油や、秋田「羽場こうじ店」の味噌、佐賀「竹下商店」の柚子胡椒など、実際に会い、その情熱に共感した生産者のものを使っています。調味料だけでなく、器も人との出会いがきっかけで使うようになったものが多数。

【鴨と賀茂茄子】
埼玉県の朝びきの鴨を、シメサバの要領で塩と砂糖で1日マリネしてから炙ることで、なめらかに口どけるような食感に。鴨と一緒に翡翠煮にして風味豊かに仕上げた賀茂茄子を添えて。自家製の山椒オイルと、シャープな辛さが心地よい佐賀「竹下商店」の柚子胡椒とともに

「『鴨と賀茂茄子』に使っている器は、アフリカでも陶芸の修業を積んだ池田麻人さんという方の作品です。実際にお会いして是非この方の器を店で使いたいと思いました。日本料理らしくはないかもしれませんが、そんなところも私の料理に合っているのではないかと思います」と上野さん。「料理や酒ももちろんですが、調味料や器など、家業を継いで頑張っている若手の方々も、国内や海外の方に向けてこの店でご紹介していきたいんです。日本の素晴らしい物たちの、情報発信の場なれれば嬉しいですね」。

【季節の土鍋ご飯】
桜海老とハモを使った季節の土鍋ご飯。蓋を開けると湯気とともに食材の豊かな香りが広がる。桜海老とハモという旨味の強い食材に、山椒醤油の酸味と辛味を合わせて味わいを引き締める。日本酒にも合い、また1杯飲みたくなってしまう“締まらない土鍋ご飯”

ただ作るだけ、ただ注ぐだけの仕事はしたくないという鈴木さんと上野さん。酒造りを終えた蔵元や陶芸家の方々も店を訪れて食事をすることがあり、お互いに良い刺激になっているといいます。また、竹下商店後継ぎ三木雄太さんは東京でサラリーマンをしていた時にたまたま「酛」を訪れ、使われている柚子胡椒が自分の実家のものであることを知ったのだとか。

【ほうじ茶のプリン】
京都「柳桜園」の「かりがねほうじ茶」を贅沢に使った、香り高くすっきりとした苦味が感じられるプリン。メープルシロップを少量加えて作る黒蜜を使うことで、軽く食べられるよう仕上げている。数々の酒と料理の陶酔の時間を、心地よい甘味で締めくくる

そうして今は「竹下商店」を継ぎ、柚子胡椒を作っているのだそうです。「この柚子胡椒を食べてしまうと、どうしても他のものは使えなくなるんですよ。唐辛子を2種類、柚子を2種類使っていて、香りと辛みが鮮烈で」。そう嬉しそうに語る上野さんの笑顔に、生産者との友情のような絆が感じられます。鈴木さんと上野さんの2人が織りなす「京橋 酛」の日本酒と料理の世界に、ぜひ酔いしれてみてください。

京橋 酛きょうばし もと

月〜金 16:00〜23:30(22:30LO)
土 15:00〜22:00(21:00LO)

住所:
東京都中央区京橋2-6-13
イーストビル1F
TEL:
03-3567-7888
URL:
http://www.fsknet.co.jp/

文:佐藤太志 写真:片桐圭

更新: 2018年9月25日

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