[Tokyo Elite Restaurant]
gri-gri

伊藤憲

文:唐澤理恵
写真:松園多聞

“定番”や“お決まり”では物足りない。シェフ自身のクリエイションが反映されたひと皿を、ワインを傾けながら味わう時間こそが喜び…。そんな真の美食家たちが夜な夜な集うレストランが、麻布十番の「グリグリ」です。全14席の空間は、まるで驚きと発見が詰まった小さな宝箱。心躍るおいしい出合いが待っています。

伊藤憲(いとう・けん)

1976年、愛知県生まれ。服部栄養専門学校を卒業後、東京都内のフランス料理店へ。2003年に渡仏、ローヌの「ジャン・マルク・レイノー」、三ツ星「メゾンピック」で研鑽を積む。2006年にはスペイン・バスクへ渡り、三ツ星「マルティン・ベラサテギ」にて修行。帰国後、2008年に名古屋で「グリグリ」をオープン、2012年11月に現在営業する東京・麻布十番へ移転。ソムリエールであるマダムとともに店を切り盛りする。

ヨーロッパと同じことができない。だからこそおもしろい

ところどころに配された淡いパステルカラー、曲線を描く背もたれが印象的な椅子など、フェミニンで上品な設えが目を引く店内。昨今、色数を抑え、直線を配したクールなインテリアの店が増えている東京のフレンチ界において、ここ「グリグリ」が独自のセンスを持つ店であることが伝わってきます。

オーナーシェフの伊藤憲さんは、フランス・ローヌ地方とスペイン・バスク地方というふたつの美食の都、その両方の三ツ星レストランで経験を積んだ人物。しかし華麗な経験を持ちながら、「向こうでやっていたことが、日本ではできない。じゃ、どうするか。それが今の料理のベースになっています」と語ります。はて、“できない”とは一体どういうこと?

ひとつめの“できない”ワケ、それは伊藤さんが渡仏直後に実感した食材の違いでした。「最初に働いた店のすぐ近くに『ヴァローナ』社の工場があって、店でもそこのクーベルチュールを使ったフォンダンショコラを出していたんです。なんてことないデザートなのに、それがものすごく美味しいんですよ。野菜も肉も乳製品も、まかないに出るものまで全部美味しい。スーパーで売っているパック入りのフロマージュブランなんて、砂糖と生クリームをかけて毎日食べていましたから(笑)」。

フランス現地で体験した、圧倒的な食材本来の味わい。それは、伊藤さんにある気付きをもたらしたそう。「日本のコンソメ作りは、肉やら野菜やら一生懸命丁寧に煮て…、すごく仕事量が多いでしょう。でも向こうでは、肉を水に入れて煮るだけで、美味しいコンソメが完成する。食材が違うから、やることの量も変わってしまうんです。現地ばかり意識した料理を作っても敵わない。帰国してからは、一度向こうで覚えた料理は心にしまい、日本の食材でどうアプローチするかを考えるようになりました」。

“できない”制約。しかし、これこそ料理人魂をかきたてるエネルギーでもあるのだと伊藤さん。「手を使っていいサッカーはおもしろくないでしょう? 足しか使えないから楽しめるのであって、すべて思い通りにできるものは、逆に興味がわきません」とニヤリ。

そのとき、その場所でしか味わえない光景を、皿に映し出す

ヨーロッパで経験した感覚を、日本の土壌で育った素材を用いて、伊藤さんのフレンチに仕上げること。そこには、技術や技法といったお決まりの解説は不要です。「グリグリ」のメニューに、調理方法などの表記が見当たらないのもそれが理由。というか、店にはそもそもメニューが存在しません。

「何度で何時間火入れして、という話はどうでもいい。要するに“外はパリッと、中はしっとりとさせて、食感のコントラスト作りたい。だからこの温度と火入れ時間になる”、ということでしょう。食べる人が頭ではなく口に入れることで、作り手と感覚を共有できればいいなと」。

伊藤さんがスペイン・バスクにいた頃は、科学的な調理方法を駆使した料理で一世を風靡したレストラン「エル・ブリ」の全盛期。まさに世界中の料理人が、最先端の技法やアプローチにこだわっていた頃でした。しかし伊藤さんがいつも美味しいと食べていたのは、街の小さなレストランで食べる料理。たとえば、現地ではパエリヤよりポピュラーな米料理アロスや、どんと丸ごと豪快に焼いてから塩だけで味付けする肉や魚など。飾りっけのないそれらの料理も、かの地で食べると絶品! 同様にバスクでの修行経験を持つシェフ仲間、「スリオラ」の本多誠一さんとも、よくそうした思い出話をするのだとか。

現地でないと体験できない味、香り、光景、さらにはその場の空気。そうした“経験値”をどのように料理に反映させられるのか。食材でも技法でもなく、伊藤さんが表現したいことはそこにありました。スペイン時代、店の外でオレンジをかじっていたとき、かたわらに植えられていたローリエの葉をつまんだら、オレンジとローリエの意外な相性に驚いたこと。フランス時代、車でマルセイユまで向かう途中の道で、見渡すかぎりのラベンダー畑の芳香に包まれたこと。「夏のひまわりの時期には、あのゴッホの名画の色彩に包まれるんですよ」。そうした情景を語るとき、伊藤さんの表情はひときわ輝きを増します。

“あまのじゃく”なシェフの料理に、心地よく裏切られる楽しさ!

この日、まず登場したひと皿は、思わず歓声をあげてしまうほどの愛らしさ! 苔の中にころんと顔を出すキノコの正体は、セップ茸のビスキュイです。皿上でキノコ狩りを楽しむという粋な趣向に「インスタ女子にもばっちり受けます」と笑う伊藤さん。

この日のおまかせコースから、ふたつ目のアミューズ。セップ茸とパルメザンチーズの粉末をクッキーのように固めたフィンガーフードには、セップ茸とマッシュルーム、玉ねぎのコンソメにほうじ茶で香りをつけたスープを合わせて。

お次は、柔らかな仔牛のモモ肉のブレゼ(蒸し煮)。仔牛のフォンのソースに効かせた酸味の正体は、姿は見えませんが、実はマスタード。肉料理にも関わらずどこか透明感のある味わいで、最初のキノコ狩りとはまた違う、シンプルで洗練されたアプローチに驚きが。

メインのふた皿目。仔牛のモモ肉のブレゼは、皿数の多いコースの中でも重く感じられないよう、マスタードの酸味を効かせたさらりとしたソースでいただく。目の前でソースを注ぎ、香りを立たせる演出も。

さらに、その驚きは次のひと皿で決定的なものに。焼いたかどうかわからないくらい絶妙な火入れ加減のオナガダイに添えられたのは、レザンセック(干しブドウ)のソースと、なんと刻んだ生のヒバの葉! 果実の凝縮感とさわやかな森の香りが、しっとり艶やかで上品な白身魚と相まって、新鮮な感動を与えてくれます。ビジュアル系から硬派かつミニマムなひと皿まで、緩急付けたドラマチックな展開は、完全に確信犯。「僕はあまのじゃく。肉も魚も、あなたが想像するようには出しませんよ、と思っちゃう」。

オナガダイのひと皿。「干しブドウのソースにアクセントがほしかった」と伊藤さんが選んだのは、なんとヒバ。生の葉を刻んで添えている。甘酸っぱいソースにハーブのようなさわやかさが加わり、山と海の食材が見事に融合。

心の中にこっそりしまっておきたい、おいしいお守り

伊藤さんと話していて思うのは、気持ちがいいほど白黒はっきりしているということ。思ったことは言うし、行動もする。けれど正直で嘘がなく、話していると不思議とこちらもすっきりした気分になるのです。「あ、この人は信用できるな」。そんな風に思える伊藤さんの人柄も、店の魅力となっています。

きっとどのコースを頼んでも、新鮮な驚きや発見の数々が、レストランで食事をすることの本当の醍醐味を教えてくれるでしょう。でもひとつご注意を。食べ慣れた味や知っている料理、“いつものあれ”的サービスを求めている人は、いい意味で裏切られるかもしれません。

「グリグリ」とは、フランス語でラッキーチャームやお守りのこと。普段は心の中に大切にしまっておき、ときどき訪れて幸せを確認する。そんなとっておきの存在として、覚えておきたい1軒です。

詳細を見る

Restaurant Francais gri-gri

Restaurant Francais gri-gri

レストラン グリグリ

エリア
麻布十番
ジャンル
フランス料理
営業時間[昼]
12:00~15:00(13:30LO)
営業時間[夜]
18:30~23:30(21:00LO)
定休日
月曜日、火・水・木曜日の昼

gri-griグリグリ

[昼]12:00~15:00(LO 13:30)
[夜]18:30~23:30(LO 21:00)

住所:
東京都港区元麻布3-10-2
ヴァンヴェール 2F
TEL:
03-6434-9015
URL:
http://www.gri-gri.net/

文:唐澤理恵 写真:松園多聞

更新: 2018年2月6日

この記事が気に入ったら
「シェア」しよう

最後までお読みいただき、ありがとうございます

pagetop