[Tokyo Elite Restaurant]
ARGO

田坂嘉隆

文:戸田千文 写真:三浦一仁

大きな窓ガラスからは、皇居を見下ろし、その奥にはスカイツリーや東京タワー、キラキラと輝く美しい夜景が広がるフレンチレストランARGO。豪華客船をイメージした店内は、シックさのなかにも上品なゴージャスさが感じられます。ここで腕を振るうのがシェフの田坂嘉隆さん。食材にこだわり、真摯に向き合うその姿の源は、若かりし頃から尊敬するムッシュの存在でした。

リスペクトするムッシュこと上柿元シェフとの出会い

「はじめたときは、料理が好きだったからってワケじゃない。不純だったんです」

ARGOでシェフを務める田坂嘉隆さんは、料理の道を歩み始めたころのことをそう切り出します。もともと、四年制大学に通っていた田坂さんですが、きちんと通ったのは2週間ほど。春の大型連休のころには、学校から足が遠のいていたそうです。そのころ励んでいたのが、近所の焼肉店でのアルバイト。「ホールの仕事が中心だったけれど、たまにキッチンにも入れてもらえていて。楽しそうだなって」。結局、大学は早々に退学。料理界の東大ともいわれるエコール キュリネール 国立(現在はエコール 辻 東京)に入学しました。

「当時は実家暮らしで、和食中心だったから毎日ごはんばかり。僕は毎日パンが食べたいって思って、それでフランス料理にしたんです」。深くは考えず、フランクな気持ちで踏み出した一歩でした。卒業後は、憧れのムッシュこと上柿元勝さんがいる長崎県の長崎ハウステンボスホテルズ(現在はハウステンボスホテルズ)に就職。ここで厳しい料理の世界に身を置くことになります。

「目を見ているだけで、後ろに倒れそうだった」
田坂さんがそう表現する上柿元さん。出会いは、今もARGOの厨房にある1冊の本がきっかけでした。「ムッシュの本を読んで、とても感銘を受けたんです。それで何も考えずに長崎に行きました」

二十歳の夏休みを利用して、面接を受けに行った田坂さん。「ムッシュに初めて会ったのはそのときです。面接のあと、『夜はうちのレストランに食事を食べに来なさい』と言われて。当時は学生で、僕も常識がなかったんです。食べたあとにムッシュに会いに行ったとき『ごちそうさまでした』って、言わなかったんです。それですごく怒られました」。
田坂さんにとっては苦いスタートとなりましたが、それから6年、上柿元さんとともに働きます。「ムッシュの座右の銘にあるんです。『一流の料理人である前に、一流の社会人でありなさい』。料理人としての仕事は雑用ばかりでしたが、今になって思えば、社会人としての意識をしっかり教えてもらいました」

【ブルーオマールのサラダ】
ぎゅっと身が詰まったオマールエビは、噛むごとにうま味が口いっぱいに広がっていく。添えられるのは、スパイスを利かせたマドラスカレー風味のソース。そのアートスティックな華やかな見た目に期待が高まる

6年の経験を経て、東京に戻ってきた田坂さんは、その後、六本木のヴァンサン、駒沢にあったラターブル ド コンマで働きます。「どこもとても厳しかったんです。3回、胃に穴が開いたんです(苦笑)。辛くて、逃げるように辞めてしまったけれど。今思えば、このどちらのお店がかけても、今の僕はいないんです」

料理長に就任 料理の楽しさを実感しやりがいを感じる日々だったが…

それを大きく実感したのが、2005年から厨房に入ったグランドハイアット東京の「フレンチキッチン」でのこと。これまで叱られることばかりだった田坂さんでしたが、一緒に働く同僚や先輩と比べて、確実に力を付けていることを実感できたといいます。「自分がやってきたことが間違いではなかった、と確認ができたんです。でも一方で、それに甘えてはだめだって思って。そのおかげで自分に厳しくなれました」。2014年には料理長に就任。「自分でレシピを書くんです。はじめて、自分が1から作った料理がお客さまに出せました。本当に、楽しいと思いましたね」。料理にやりがいを感じる日々、入社して9年後にはステップアップという前向きな気持ちで、ANAインターコンチネンタル東京へと活躍の舞台を変えました。

ここで任されたのは、宴会のヘッドシェフ。料理人として、順風満帆な日々を過ごすことになるかと思いきやここで壁が立ちはだかります。「もともと僕はレストランで働いていたから、宴会はあまり好きではないんです。当時の総料理長はイタリアの方で、とても情熱的な人でした。料理人として既製品をとても嫌っていたので、その期待に応えたくて宴会っぽさがある料理はやりたくなかったんですけど、それまでの慣習の壁というのはとても高くて…」

【大分産直イトヨリのポワレ】
ふっくらした身が口の中でほどけていくポワレのイトヨリは、大分の漁師から購入したもの。ムール貝は、なんとフランスから生きたまま空輸。真空パックで届くものよりも、味も香りも抜群にいい

結局、宴会からレストランのヘッドシェフに異動しました。しかしそこは1日1000人のお客さまが訪れるレストラン。ホテルの飲食事業の中でも、一番利益を求められる場所でした。それだけの人に食事を提供しながら、さらに利益もとなると、どうしてもすべてを手作りというわけにはいきません。また立場上、厨房にずっといられるわけではなく、デスク仕事が多い日もあり、料理に“飢える”日々が続きます。そんなころ、ARGOの料理長に誘われたのです。「はじめは乗り気じゃなかったんです。僕には嫁もいるし、子どももいる。生活の安定も必要だから」。あまり前向きに考えられない誘いでしたが、田坂さんの背中を押す出来事が起こります。

「ある日、レストランのビュッフェで豚の角煮を出したんです。それを食べたお客さまが『シェフ、これ本当においしい!』って声をかけてくださった。でも、それ、既製品なんです(苦笑)。だから『おいしい』って言われても、全然嬉しくないし。じゃあ『まずい』って言われたとして、『僕が作ったんじゃない』なんて言えない。それで、もう嫌になって(笑)。しっかり料理に向き合える仕事をしたい、1から10までかかわって料理を作りたいと思って、ARGOの総料理長を引き受けることを決めました」

2016年 ARGOの総料理長に 今も心にあるムッシュの言葉

【黒毛和牛のフィレ肉】
雌牛の黒毛和牛は、軟らかさやうま味、香りが去勢牛に比べ上質。トリュフとマデラ酒を煮詰めて作ったソースは芳醇で、肉のうま味をぐんと後押ししてくれる。銀杏やムカゴなど、和の食材を添えることで秋らしさを演出

こうして、2016年8月にARGOの総料理長に就任。「絵心は本当にない。ドラえもんの絵を書いても、子どもに認識されなかったくらい」そう笑う田坂さんですが、生み出す料理はどれも華やかさを感じる美しいものばかり。食べる前からうっとりしてしまいます。

そんな田坂さんが、料理を作るうえで大切にしているものは「季節感」。その時に一番おいしい野菜や魚を食べてもらいたいという思いから、食材は仕入れにもこだわります。例えば野菜は石川県の高農園など、全国各地の農園から産直で仕入れるものがほとんど。土に根を張った状態で届くマイクロリーフのほか、キンシウリなどフレンチではあまり姿を見ない野菜も多くあります。

【自家製スモークサーモンのポーピエット】
ノルウェー産の自家製スモークサーモンで包むのは、根セロリを使ったレムラード。添えられているのは、酸味を利かせたピクルス。キンシウリや黒大根、ビタミン大根など彩豊か

「形は不揃いだけれど、どれも新鮮。野菜本来のおいしさを感じることができるんです。僕の技術がどうこうじゃない。だから、そのおいしさを楽しんでもらって、これを作ってくれる人がいるということを知ってもらいたい」。

さらに魚も生産者から直接購入。何が届くのか手元に着くまで分からないが、それがまた楽しみなのだとか。さらに、今気になる黒ニンニクなど生産現場まで訪れることも。そこまで産地にこだわり、生産者と密にコミュニケーションを取りながら食材を大切にするのは、リスペクトする上柿元さんの教えから。

「最初にお伝えしたムッシュの座右の銘『一流の料理人である前に、一流の社会人でありなさい』、そのあとにはこう続くんです。『そしてすべてのものに感謝しなさい。お客さま、スタッフ、生産者の方々、そして大地と海に』。それが、ムッシュから教わった一番のこと。僕は食材を買っているんじゃない、預かっていると思っているんです」

【ヤマウズラのロースト】
一羽をまるごと堪能できるローストは、ソースからもジビエ特有の香ばしい香りが漂っている。あえて野菜を左に添えるのは「一番おいしさの差が出るのが野菜。お肉より味わって食べてもらいたいくらい」と田坂さん

また今後は和食に使われる食材も積極的に取り入れることを考えています。カブやキュウリなどのほか、地方の伝統野菜も注目しているそう。さらに以前は使わないと決めていた醤油や味噌、みりんといった日本古来の発酵調味料についても、最近は心の変化があるようです。

「そういうものをフランス人が使うのはいいけど、日本人が使ってフランス料理を作っちゃだめでしょって思っていたんです。でも何かの時にいただいて、その味がものすごく安心できる、落ち着くということに気付いたんです。こういう安心感って必要だなって」。その心の変化は日々、さまざまな部分で起こっていますが、それはどれも「お客さまにおいしいものを食べてもらいたい」という思いからなのです。

【リンゴのガトーショコラ】
シェフパティシエ・近藤太郎さんが担当。ガトーショコラは、果実感とショコラの濃厚さが絶妙。バニラアイスには、イチゴのフリーズドライのクリスピーが。サクッとした食感と甘酸っぱさをプラスしていいアクセントに

最後に今後の展望を尋ねると、「正直言って、ないんです」とはっきり。ですが、その目に迷いは見えず、どこか楽しそう。「明日、何がしたいかって、今日の夜に決まるんです。帰りの電車の中とか、駅から家まで歩くときに、『あしたあれをやろう』って。お客さまが飽きないように、料理にどんどん変化を付けることを考える。毎日、次の料理のことを考えていられるっていうのが、楽しくってしょうがないんです」と弾む声で話してくれました。

生産者の思いを代弁する料理の数々。かかわるすべての人、モノへの感謝の気持ちが詰まったその味は、今も進化し続けています。

ARGOアルゴ

[昼]11:30-14:00LO
[夜]18:00-21:00LO(土・日・祝 17:30-20:00LO)

住所:
東京都千代田区麹町1−12
TEL:
03-3265-5504
URL:
http://www.tojo.co.jp/restaurant-argo/

文:戸田千文 写真:三浦一仁

更新: 2018年2月13日

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