尊敬できる鮨

  • #27|名匠に「抜群の味付け」と評された気鋭の鮨職人【鮨 ます田】南青山

    #27|名匠に「抜群の味付け」と評された気鋭の鮨職人【鮨 ます田】南青山

    骨董通りの路地裏にあるこの店の板場に立つのは増田励さん。かの「すきやばし次郎」で9年間修業し、小野二郎さんが「抜群の味付け」と評した気鋭の職人です。鮨ダネの仕込み方、酢と塩を効かせハッキリとした味わいのシャリなどは師匠直伝ですが、吟味した2種類の米をブレンドし、羽釜で一気に炊き上げるのは増田さんのオリジナル。ふっくらとしながらもプチプチとした独特の食感が特徴です。また、お酒の種類に合わせたつまみを臨機応変に供すなど、ゲストに対する気配りも抜かりはありません。「ただただ、お客様に喜んでいただきたい」。そうシンプルに、そして謙虚におもてなしの心を語る増田さん。名匠お墨付きの江戸前鮨を、存分に味わえ

  • #26|熟成鮨をさらに進化その秘密兵器とは?【鮨 心白】広尾

    #26|熟成鮨をさらに進化その秘密兵器とは?【鮨 心白】広尾

    グルメが集う街、広尾にあるこの店の主は、魚の熟成に関して精通する石田大樹さん。研究に研究を重ねて導入したのは、なんと電圧が流れる冷蔵庫でした。これは、医療の世界で使用されているマイナスの温度帯でも凍らないという技術を搭載した代物。魚は凍らせると細胞が死んでしまいます。ですがこの冷蔵庫を使用すれば、細胞を傷つけずに低温熟成できるので、"足が早い"鮨ダネでも新鮮な香りを保ちつつ、身の部分は熟成が進み、たっぷりと旨みを蓄えた状態で提供することが可能になるのです。徳川の時代から様々な職人の叡智によって進化し続けてきた江戸前鮨。こだわりの冷蔵庫を持つこの店から、また新たな江戸前鮨の潮流が巻き起こるかもし

  • #25|店主と客のあうんの呼吸が寿々だけの空気を作る【寿し処 寿々】溜池山王

    #25|店主と客のあうんの呼吸が寿々だけの空気を作る【寿し処 寿々】溜池山王

    こちらの店は、入口で靴を脱ぎ、掘りごたつ式のカウンター席で食事を楽しむスタイル。それだけでも鮨店を訪れた時の緊張感が和らぎます。店主の藤居陽一郎さんが大切にしているのは、お客さんとの垣根のない関係性。だから、ほとんど話すためだけに通うお客さんがいる。大学生もいる。「お互いが人として接した方が、呼吸がわかるんです。私がお客様の呼吸に合わせると、お客様も私の呼吸に合わせてくれる。そんな親密な空気の中で美味しい鮨を食べてほしい」。この空間を一層楽しむためにオススメなのが、主人の酒好きが高じて取り揃えられた数々の日本酒。「良かったら、私がオススメしますよ」。藤居さんは親しげにそう語ってくれました。

  • #24|変化することを恐れずに、鮨界を歩むパイオニア【きたむら】西麻布

    #24|変化することを恐れずに、鮨界を歩むパイオニア【きたむら】西麻布

    店主・北村淳さんは、強い開拓精神を持って鮨を握る職人。「開業するまで、いろんなお店で修業させていただきました。そこで得たことはもちろん大切にしています。ですが修業時代を終え、身銭を切りながら全国で食べ歩きをした経験の方が影響が大きかった。その中でどんな些細なことでも既存の考えにとらわれないのが、自分のスタイルだと感じたのです」。例えば4種類程度を揃えている醤油は、人から教わったものではなく、自分で工夫して作ったもの。また、現在はニーズに合わせて、ヘルシー志向のシャリを考案中だそうです。近々サンフランシスコに行き、現地の食材を使って鮨を握りたいという北村さん。その開拓精神は海外にまで向けられてい

  • #23|創造のためのキーワードは“江戸前鮨とは何ぞや?”【匠 村瀬】西麻布

    #23|創造のためのキーワードは“江戸前鮨とは何ぞや?”【匠 村瀬】西麻布

    修業を積んだのは巻頭でご紹介した四谷「すし匠」。そこで教わった中でも、店主・村瀬信行さんが最も大切にしているのは、味を受け継ぐだけでなく、研究を重ねて自分ならではの鮨を生み出さなくてはならない、という姿勢です。「そのために私は、江戸前鮨そのものを見つめ直すことにしました。様々な書物を読んで、試し続けることが独自性に繋がると考えたのです」。アオリイカは3日寝かせてから昆布で締める。サワラは藁でいぶしてから握る。えびは酢と水と塩で締めるのではなくおぼろ漬けにする…。何度も試行錯誤を繰り返し、そうして自分のシャリとマッチしたものだけが鮨になるのです。昨年9月のオープン後も、その探求心は

  • #22|信頼できる素材で仕上げる地域で愛され続ける鮨【鮨処 喜楽】経堂

    #22|信頼できる素材で仕上げる地域で愛され続ける鮨【鮨処 喜楽】経堂

    昭和12年に世田谷区は経堂に創業した「喜楽」。3代目を務める店主の太田龍人さんは、「今年で53歳。朝から晩まで眉間にシワを寄せて、鮨とにらめっこする歳じゃないよ」と笑いますが、もちろん旨い鮨を追究する精神は衰えていません。使う素材は顔のわかる作り手の、信頼できるものばかりを揃えます。例えばシャリに用いる赤酢は、京都の老舗お酢屋・飯尾醸造が時間をかけて作り上げる、旨みが豊かなもの。またワサビは、富士宮市の農家さんから仕入れる、鮨にぴったりの粘りと香りを持つ高級品種「真妻」。「ゆるく、楽しく」と言いつつも、太田さんは鮨を形作る一つひとつの素材にまで、しっかりとこだわりを宿しているのです。

  • #21|カウンター越しの出会いに感謝の意を込めて握る江戸前鮨【一番町てる也】半蔵門

    #21|カウンター越しの出会いに感謝の意を込めて握る江戸前鮨【一番町てる也】半蔵門

    千代田区一番町に軒を構えるこの店の主は、赤坂「すし匠 齋藤」で2番手を務めていた飯田照也さん。四谷「すし匠」で研鑽を積んだ齋藤敏雄さんが営み、ミシュラン3ツ星を獲得した名店です。飯田さんが両親の仕事の都合でN.Y.に住んでいた時、バイト先だった日本料理店で働いていたのが齋藤さんだったというのがそもそもの出会い。「親方(斎藤さん)に出会ってなかったら、今の私はありません」。そうして一流鮨職人との出会いにより、この世界を歩み始めた飯田さんの店は、ゲストの様子を見計らい、握りとつまみを織り交ぜながら供す「すし匠」スタイルを継承。握りは米酢、赤酢、濃い赤酢を使用した、それぞれ3種のシャリを鮨ダネによっ

  • #20|とにかく「美味しい」の一言を求めて楽しい時間を提供することがこだわりです【銀座 いわ】銀座

    #20|とにかく「美味しい」の一言を求めて楽しい時間を提供することがこだわりです【銀座 いわ】銀座

    親戚のお兄さんが「一緒に鮨屋をやろう」と誘ってくれたから。岩央泰さんが鮨職人を目指すきっかけは、些細なものでした。その約束を胸に、調理専門学校を卒業し、鮨屋の修業に入ります。鮨に限らず、料理をすることは好きな性分でしたが、修業に入ればもちろん裏方からのスタートです。「裏で仕事をしていた時の"鮨を握りたい"という初心は、今でも大切にしています。鮨職人の醍醐味は、鮨を握って喜んでもらうことですよね。いわば接客業ですから、お客さんと向き合わないと職人の魅力は分からない」と修業時代を振り返ります。だからなのか、鮨自体に"こうでなきゃ!"というこだわりはないと岩さんは続けます。「自分で仕入れに行って、ど

  • #19|贅沢シャリが勝負の決め手鮨職人が振るう名采配とは?【すし家一柳】銀座一丁目

    #19|贅沢シャリが勝負の決め手鮨職人が振るう名采配とは?【すし家一柳】銀座一丁目

    一度にお米を炊く理想的な量は2升、約3㎏。これを鮨業界では1本と呼びます。これだけの量を炊くと、炊きムラの少ない中心部分が増えるから、その分だけ全体の美味しさが増すのです。「すし家一柳」の鮨桶に入るのは、そんな中心部分のシャリだけ。ヒレ肉でいうシャトーブリアン、日本酒でいう大吟醸のように、ガス釜で艶やかに炊き上げたあきたこまちの最も美味しい部分を、一柳和弥さんは握ります。「米の特徴である粒感を活かすため、炊く際の水は少なめ。さらに気を使っているのが温度です。例えばトロと合わせる場合は、脂が溶けやすいように温度が高めのシャリを使用します。そして米の粒感をより楽しむことができるように、握りは厚みを

  • #18|昔ながらの鮨屋の系譜がここに鶴八の魂を受け継ぐ分店【新橋 鶴八 分店】新橋

    #18|昔ながらの鮨屋の系譜がここに鶴八の魂を受け継ぐ分店【新橋 鶴八 分店】新橋

    昨年9月に開店したばかりの「鶴八分店」。その立地は、実力派の職人を多く輩出してきた本店「新橋鶴八」(「神田鶴八」の暖簾分け)と同じニュー新橋ビルで、2軒隣という"鮨ダネの乾かない距離"です。親方は、高校を卒業してから18年もの間、本店に務めた五十嵐寛和さん。「当初は本店を移動させる予定でした。でも、親方が現役でいられるのもそんなに長くはないから、1人でやってみろ、と」。本店とは、仕入れた魚を分けあったり、弟弟子に手伝いに来てもらうこともあったりと、とても良い距離感だそう。「でも、なんでも自分でやらないと気が済まない性分で。本当は親方には向いていないと思う」と控えめな五十嵐さん。親方のやり方や鶴

  • #17|美味しさの秘密は人との出会い日本各地を旅する鮨界の冒険者【木挽町とも樹】東銀座

    #17|美味しさの秘密は人との出会い日本各地を旅する鮨界の冒険者【木挽町とも樹】東銀座

    勝どきの名店「鮨さゝ木」にて小林智樹さんが学んだ江戸前の技術。「木挽町とも樹」の親方として独立した今も、その丁寧な仕事ぶりに伝統の心が宿っています。真骨頂とも言えるのがアナゴの握り。煮汁で火を通す約20分の間に、味見すること6回。その度に濃口、薄口醤油、ザラメなどを使って、味を整えていきます。煮上がった後も1匹ごとにまた味見。納得のいかないものは、お店には出しません。そんな小林さんのライフワークとも言えるのが、旅をしながら仕入れルートを確立すること。「その日、最高のものを築地で仕入れると、結局は他の高級店と似たような鮨ダネになるんです。それだけでは個性がないと思い、産地へ出向くことにしました」

  • #16|なぜ握り鮨を食べるのか?その意味と向き合いたくなる鮨【すし㐂邑】二子玉川

    #16|なぜ握り鮨を食べるのか?その意味と向き合いたくなる鮨【すし㐂邑】二子玉川

    「新鮮な魚を美味しく食べたいのなら、刺身と温かなご飯の組み合わせに勝るものはない」とは、「すし㐂邑」の親方である木村康司さんの弁。祖父の代から鮨屋を営み、修業は実家で行ったそうです。二子玉川に店を構えて独立したのは10年前のこと。ところが、そのスタートは順風満帆とはいきませんでした。「美味しい鮨を握っているという自信がありましたし、もちろん良い魚を仕入れていました。でも、売れない。せっかく仕入れた魚が1週間もすれば腐ってしまうんです」ある時、もう捨てるしかない魚を包丁で割ってみたそう。すると、鉛筆の芯ほどの大きさだったが内側にピンク色で、美味しそうな部分が残っていたのです。「試しに口に入れてみ

  • #15|一番大事なシャリに合わせてできるものは全て手作りする【鮨 一新】浅草

    #15|一番大事なシャリに合わせてできるものは全て手作りする【鮨 一新】浅草

    15歳で料理の世界へ飛び込んだ「鮨一新」の橋本孝志さん。若くして鮨に魅了された理由はというと?「他の料理屋と違って、鮨はカウンターがあれば充分。その潔さが魅力的でしたね。もともと鮨が好きだったこともあって、いろんな店に務めました。有名店でなくとも昔ながらの江戸前仕事をきちんとしているところで修業したつもり」今では珍しくなくなった氷式冷蔵庫ですが、創業ほどなく導入。当時は作れる業者も少なく、特注だったとか。さらに自慢のシャリも竈で炊き上げます。「鮨の味は、まずシャリから作り上げて、そこに鮨ダネを合わせていかなきゃいけないんです」。橋本さんの握るシャリは赤酢がしっかり効いていて、やや大ぶり。口に含

  • #14|銀座の名店から継承した心で、目指す新境地【鮨 青木】銀座

    #14|銀座の名店から継承した心で、目指す新境地【鮨 青木】銀座

    「鮨青木」のご主人である青木利勝さんが凄いのは、銀座の2大流派ともいえる名店の技を継承しながらも、それを新しい味へと昇華しているところ。先代であるお父様は、数々の職人を輩出してきた「奈可田」の一番弟子。その技を受け継ぐ青木さんご自身は、小野二郎さんの出身店として知られる「与志乃」でも修業を積まれています。 「2つの店に共通するのは"お客様をどう楽しませるか"という心意気なんです。時代に合わせて仕事を変化させるのも、伝統の心を守る1つの手段でしょう」。そんな想いを表現する代表的な鮨ダネが牡蠣の握り。先代がお通しの小鉢として出していた蒸し岩牡蠣に、そのエキスを煮詰めて作る特製醤油を引いたもの

  • #13|楽しく美味しく、ためになる鮨博士の名物レッスン【第三春美鮨】新橋

    #13|楽しく美味しく、ためになる鮨博士の名物レッスン【第三春美鮨】新橋

    「脂が乗っている鮨ダネには、少し多めに醤油を付ける。それだけで味は劇的に変わります」。少年のように目を輝かせながら、鮨が何たるかを語る長山一夫さん。鮨界の先生、生き字引とも呼ばれるその人に握っていただいたのは、2種の大トロです。「まず青森の大畑産のマグロ。次に和歌山の勝浦産です。全然違うでしょう?」。食感、味わい、とろけ具合。食べ比べてみると、確かに違いが分かります。 知識を学び、実食できる講義は舌にも心にも深く刻み込まれることばかりです。長山さんのお店「第三春美鮨」に訪れたのなら、まずはお品書きにご注目を。産地、漁法、サイズ、熟成日数などが、毎朝1時間半かけて書き込まれているんです。こ

  • #12|店選びに悩んだ時知っておきたい ー3つの鮨TOPICSー

    #12|店選びに悩んだ時知っておきたい ー3つの鮨TOPICSー

    さて、これまで鮨について学んできましたが、そろそろ鮨を食べにお店に行きたくなってきたのではないでしょうか?とはいえ数ある東京の鮨店から自分のお気に入りを探すのは難しい…。そこでまず最初のお店を選ぶポイントをご紹介します。

  • #11|山田宏巳さん、山本憲資さんに訊く!「尊敬している鮨屋のこと」

    #11|山田宏巳さん、山本憲資さんに訊く!「尊敬している鮨屋のこと」

    【Profile】 1981年生まれ。一橋大学商学部卒業。大学卒業後、電通に入社。その後コンデナスト・ジャパンに転職し、雑誌「GQJAPAN」にて編集者に。テック系からライフスタイル、ファッションまで幅広いジャンルの企画を担当。2009年9月にコンデナストを退社し、「Sumally」を設立。

  • #10|山本益博さん、湯山玲子さん、早川光さんに訊く!「尊敬している鮨屋のこと」

    #10|山本益博さん、湯山玲子さん、早川光さんに訊く!「尊敬している鮨屋のこと」

    鮨好きの多くはそれぞれ馴染みの店があるものです。 季節ごとに通ったり、ここぞという時に訪れたり、 はたまた忘れられない1貫と出合った思い出深い店があったり… 様々な業界の鮨通で知られるみなさんはどんなお店が思い浮かぶのでしょう?

  • #9|鮨屋で季節の旬ネタをスマートにオーダーする「冬を知る」

    #9|鮨屋で季節の旬ネタをスマートにオーダーする「冬を知る」

    寒さが深まるごとに脂や味が乗るのに加え、身の詰まったネタが多く出てくるこの時期。特に日本海や北方の海では、季節風による荒波にもまれることで、魚の筋肉がぎゅっと締まるのがその理由です。いつもの呼称に「寒」を付ける「寒ぶり」「寒びらめ」「寒がき」「寒しじみ」など、他の季節とは別格扱いになる品種も多数。その他、貝類も豊富に。各地の漁場も水揚げ量が増し、海産物が豊かになる冬は、鮨屋で扱う品種もぐっと増えて、鮨好きには悩ましい季節でもあるのです。

  • #8|鮨屋で季節の旬ネタをスマートにオーダーする「秋を知る」

    #8|鮨屋で季節の旬ネタをスマートにオーダーする「秋を知る」

    厳しい冬や産卵に備え、魚たちも栄養を溜め込み出す季節。脂も旨味もぎっしりと詰まった食べごろのネタが揃う時期と言えます。目立ってくるのが、「秋刀魚」と漢字を当てるほどのさんまやさばなどの青魚系。春に旅立ちカムバックした戻りかつおや、産卵のために川をさかのぼるさけなど、まるまると肥えた回遊魚たちをニュースで見かけることも多くなります。こってり脂の乗った魚だけでなく、きゅっと締めたネタとの緩急で飽きさせない職人の技を楽しみたいところ。

  • #7|鮨屋で季節の旬ネタをスマートにオーダーする「夏を知る」

    #7|鮨屋で季節の旬ネタをスマートにオーダーする「夏を知る」

    夏が旬の魚は圧倒的に少ないもの。暑いとバテてしまうのは、人間も魚も同じなのです。でも、夏の到来とともにいきなり輝きを増す人がいるように、中にはこの時期、一段と元気な魚たちも。夏の産卵期を控えた魚はエサをたっぷり食べて備えるので、そこを狙うのもおすすめです。また、食材が少ない夏こそ、仕込みの腕が試される江戸前の技を堪能できると言えるかもしれません。さらには下に紹介するミナミマグロのように、海外の違う海域で獲れた魚が存在感を増す時期でもあるのです。

  • #6|鮨屋で季節の旬ネタをスマートにオーダーする「春を知る」

    #6|鮨屋で季節の旬ネタをスマートにオーダーする「春を知る」

    旬の鮨ダネを知れば、季節の訪れを感じたり、その時期ならではの味に出合えたり、鮨をいただく時間がより豊かになります。主な鮨ダネの旬をご紹介しますが、獲れる場所で旬も変わり、世界中から旬ネタを仕入れる店も。あくまでガイドラインと心得て、季節の美味を楽しみましょう。

  • #5|鮨ダネを見極め、活かすための「旬」

    #5|鮨ダネを見極め、活かすための「旬」

    向島生まれ、日本橋育ち。早稲田大学卒業後、家業の春美鮨本店(現在は閉店)に入店後、1973年に第三春美鮨を新橋に出店。著書に『増補江戸前鮨仕入覚え書き』などがある。

  • #4|鮨ダネを見極め、活かすための「知識」

    #4|鮨ダネを見極め、活かすための「知識」

    店には全国から同業者が勉強しに訪れる。仕入れに関する著書は魚のプロが購入。業界の尊敬を集める第三春美鮨店主、長山一夫さんが毎日90分かけるのは、自筆の品書き。魚の産地のみならず、漁法、体重まで記載した品書きは、いわく「最高の魚を仕入れている覚悟の現れ」。さあ、当代きっての目利きによる、鮨ダネの仕入れと旬講座の始まりです。

  • #3| 鮨を完成させるための「技術」

    #3| 鮨を完成させるための「技術」

    仕入れた魚をそのままシャリに載せるのが鮨にあらずひとつひとつの鮨ダネに丁寧に仕込みをしてもちろんシャリにも店ごとの味を追究して…そんな鮨の醍醐味である職人の技をご紹介します。

  • #2|road-of-the-sushi-すしがたどってきた道

    #2|road-of-the-sushi-すしがたどってきた道

    古代から江戸の頃まで、「なれずし」は朝廷や幕府への献上されていたほど由緒ある食べ物です。「早ずし」は、江戸庶民の食生活をひと際豊かに変えました。ここでは、そんな「すし」がたどってきた数々の時代を簡単に振り返ります。

  • #1|尊敬できる鮨|【すし匠】中澤圭二さんが語る”世界で愛されている鮨の魅力”

    #1|尊敬できる鮨|【すし匠】中澤圭二さんが語る”世界で愛されている鮨の魅力”

    たとえ夏の暑い日でも、銀座「すきやばし次郎」の小野二郎さんは外出時の手袋は欠かさないと言います。それは、鮨職人にとって最も大切な「手」を保護するため。手が柔らかいとシャリの硬さがちょうどいい具合になるのだと、今年で御年90歳を迎える方とは思えないような綺麗な手をされているのだとか。鮨の作り手は、料理人とは言わず「職人」です。職人とは「熟練した技術をもとにモノづくりに携わる人」のことで、自らの仕事を一途に愛し、最高の仕事のために努力を惜しまない人なのではないでしょうか。そんな職人が手をかける仕事だからこそ、私たちは尊敬し、お金を払ってでもその価値を味わいたいと願うわけで。今月は、みなさまを至高の「鮨」の世界へご案内したいと思います。まずは、四谷「すし匠」の日本が誇る鮨職人・中澤圭二さんにお話を聞きました。

pagetop