世界に自慢したいフランス料理のシェフ

  • |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|Requinquer ルカンケ[白金台] 古屋壮一シェフ

    |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|Requinquer ルカンケ[白金台] 古屋壮一シェフ

    本場のエスプリと 現代的な軽さが一皿に 閑静な住宅街が広がる白金エリアに、ひっそりと佇む「ルカンケ」。同店で出される料理は、小松さん曰く「野菜を巧みに使って軽さを取り入れた現代的なセンスが特徴。それが“お値打ち”でいただけることに、フランス料理の美味しさを気軽に楽しんでほしいという想いが感じられます」とのことで、どれも食材の持ち味を活かした繊細な皿ばかり。そんな料理を作り続ける古屋壮一シェフが語る自身の強みは、「素材の持つ可能性を追求すること」なのだとか。  

  • |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|Edition Koji Shimomura エディション・コウジ・シモムラ[六本木] 下村浩司シェフ

    |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|Edition Koji Shimomura エディション・コウジ・シモムラ[六本木] 下村浩司シェフ

    素材と真摯に向き合う姿勢に感服 「肉料理でも魚料理でも、的確な火入れには素材に対する敬意が感じられます。難しい素材に挑戦するチャレンジ精神にも脱帽」と小松さん。その最たる例が、写真の牡蠣料理。下村シェフにとって10年以上にわたる不動のスペシャリテ。こちらに訪れるゲストはもちろん、海外の料理イベントでも心待ちにされるほどの逸品で、年間1万数千個の牡蠣を使用するそう。この一品を紐解けば、そこに下村シェフの料理哲学と、完璧主義で向上と追求の手を緩めない人間性が見えてきます。  

  • |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|Pierre Gagnaire ピエール・ガニェール[赤坂] 赤坂洋介シェフ

    |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|Pierre Gagnaire ピエール・ガニェール[赤坂] 赤坂洋介シェフ

    フランス料理が身近になった今、食べ手が求めるのは「美味しい!」以上に「感動」なのではないでしょうか。「普通の美味しさ」を超えた、畏怖の念を覚えるくらいの、プロとしての仕事への熱意が感じられる料理。シェフ自身の哲学や情熱を上手く表現し、伝えられているお店が人気なように思います。  

  • |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|CHIC peut etre シック・プッテートル[八丁堀] 生井祐介シェフ

    |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|CHIC peut etre シック・プッテートル[八丁堀] 生井祐介シェフ

    食材の重ね方が 絶妙&個性的! 八丁堀で「最も予約が取れない店」のひとつとして知られる「シック・プッテート ル」。シェフの生井祐介さんが手がける、独創的で遊び心があふれる料理の数々にはファンも多く、柏原さんもその一人。「軽井沢ではじめて彼の料理を食べ、洗練されながら、しっかりした味わいに感動。八丁堀に移ってからも、より自身の世界観を確立し全国の食材を使って独創的な料理を作り上げています」。なんでも、自らを「フランス料理人としてはアウトサイダー」だと語るその真意は?  

  • |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|Anis アニス[初台] 清水将シェフ

    |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|Anis アニス[初台] 清水将シェフ

    新しいフランス料理を生む 今の時代ならではの発想 フランスの三ツ星店など数々のグランメゾンで確固たる技術の基盤を築いた清水将シェフ。厨房からもゲストからも、互いを見渡せる開放的なお店をオープン。「〆に出る十数種類の野菜のサラダ、鉄板で時間をかけて焼き上げる塊肉、今の時代に合ったフランス料理を考え出す清水シェフの発想力には敬服」と柏原さん。その評に違わず、「料理はその場を楽しんでいただくための道具」と考える彼が提供する一皿には、会話を生み出し、楽しさをもたらす工夫が潜んでいます。

  • |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|アタ[代官山] 掛川哲司シェフ

    |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|アタ[代官山] 掛川哲司シェフ

    枠からはみ出した料理ながらも、しっかりフランス料理のエッセンスが感じられる店や、どっぷりと地方料理を深掘りしている店、グランメゾンなど、この数年でまさに日本のフランス料理は多様化。しかも、どのジャンルからも、ちゃんと表現力を備えた料理人が輩出されています。

  • |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|コム・アラ・メゾン[赤坂] 涌井勇二シェフ

    |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|コム・アラ・メゾン[赤坂] 涌井勇二シェフ

    「パリは家賃も物価も高いので貯金が乏しくなって、ランド地方に行ったんです。そこで食べたのがスープ・ド・ガルビュール。現地の食材で昔から作られている伝統的なスープで、それまで食べた料理の中で一番の衝撃を受けましたね。料理の原点というか、全てのフランス料理が詰まっていると思いました」。そんな涌井シェフの師匠であり恩人でもあるのが、住み込みで雇ってくれた「ラ・シャマド」の店主ミッシェルさん。作業を手伝いながら、このスープに代表される南西部の郷土料理を教えてもらい、休日はミッシェルさんの家族とともに食事をごちそうになっていたそう。そして2001年、特定の地域に限定したフランス料理店が少なかった日本で、

  • |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|レストラン ラ フィネス[新橋] 杉本敬三シェフ

    |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|レストラン ラ フィネス[新橋] 杉本敬三シェフ

    「親から包丁と砥石をプレゼントされたのが8歳の時。美味しいものを食べたいから、自分で作っていたんです」と杉本シェフ。しかし、そこからの行動、考えは小学生の域を超えていました。「皮むきでも漫然とこなすのではなく、何種類もむき方を試して早く美しい方法を追求する。実は、フランス料理では、上質な素材を手早く処理することで酸化などを防ぎ、素材の香りと味をギュッと凝縮させる熟成が重要なんです」。当時から心がけていたことが今の仕事にも直結している杉本シェフですが、フランス料理との出合いは高校生の時。「ブールブラン(ソースの一種)の美味しさが衝撃的で。こんなに美味しいものが世の中にあったんだ!って」。覚醒後は

  • |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|ラス[青山] 兼子大輔シェフ

    |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|ラス[青山] 兼子大輔シェフ

    中国料理の伝統を軸に、西洋の食材を取り入れたり、盛り付けも洋風の食器で美しく設えたり、料理を一皿一皿で提供するなど、フランス料理の要素を取り入れた「モダンチャイニーズ」。先駆者として知られる脇屋さんは、そのスタイルを確立するため中国料理以外のジャンルも勉強され、研究のため様々なお店に食べ歩きをされたそうです。近頃では、先に行われた料理人のコンペティション「REDU-35」の審査員を務めたりと、中国料理にとどまらず若手料理人の育成にも尽力されています。そんな中国料理業界にいながらもフランス料理に精通している脇屋さんが今、気になっているフランス料理のシェフをご紹介いただきました。

  • |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|多様化する東京フレンチの真骨頂!気鋭のシェフプロデュースの新店が銀座に!「セット・セッテ」ー銀座ー

    |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|多様化する東京フレンチの真骨頂!気鋭のシェフプロデュースの新店が銀座に!「セット・セッテ」ー銀座ー

    銀座7丁目、並木通りの一角。ビルの地下にある「セット・セッテ」は、まるでワインカーヴのような設えです。セットはフランス語で、セッテはイタリア語で「7」を表すという同店のコンセプトは「イタリアン・フレンチ」。西麻布「ル・ブルギニオン」、フランスでは「トロワグロ」等で研鑽を積んだ「ア・ニュ」の下野シェフと、「オッジ・ダルマット」で腕を振るう齊藤シェフが料理をプロデュース。なんでも下野さんの奥様であり、ディレクターの佐知子さんと3人で学生時代に同じレストランでバイトしていた旧知の仲なんだとか。「その時の『いつかみんなでお店やれたら』が実現するとは」と下野シェフ。料理長を務める牛之濱さんは「ア・ニュ」

  • |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|レストラン リューズ[六本木]| 飯塚隆太シェフ

    |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|レストラン リューズ[六本木]| 飯塚隆太シェフ

    「タイユバン・ロブション」のオープン時からフランス人シェフ達に混じって腕を磨き、渡仏先の星付き店では地方色や現地で食べられている組み合わせを吸収してきたというオーナーシェフの飯塚隆太さん。12年間のロブションの下での修業を経て独立。開店後すぐにミシュラン1ツ星、2ツ星を獲得した彼が表現する「自分らしさ」とは? プロフィール Ryuta Iizuka 1968年、新潟県出身。恵比寿「タイユバン・ロブション」を経て渡仏。「トロワグロ」、「ジャン・ポール・ジュネ」などで2年滞在し帰国。「ラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション」で5年間シェフを務め、2011年に現店オープン。2012年1ツ星、

  • |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション[六本木] 関谷健一朗シェフ

    |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション[六本木] 関谷健一朗シェフ

    調理師専門学校時代は「和洋中ひと通り勉強しましたが、一番得意だったのは実は中華料理でした」と笑う関谷健一朗シェフ。しかし、それまで知らなかった味わいがたくさんあった、という理由でフランス料理に魅せられ、彼の地へ。「この人のために何かしたいと思わせる」ロブションと出会って道を切り開いたシェフが、今考える料理とは。 プロフィール Kenichiro Sekiya 1979年、千葉県出身。「ホテルオークラ東京ベイ」を経て、2002年に渡仏。ジョエル・ロブション氏に認められ、26歳の若さでスーシェフに抜擢。その後ロブション氏の絶大な信頼を受け、『L'ATELIER de JoelRobuch

  • |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|フロリレージュ[青山] 川手寛康シェフ

    |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|フロリレージュ[青山] 川手寛康シェフ

    東京のフランス料理において、王道と言える「ル・ブルギニオン」、最先端を行く「カンテサンス」。その両者の星付きレストランでスーシェフという重責を任され、5年前に満を持して独立。ゲストに驚きと感動を与え、連日、満席が続く「フロリレージュ」のオーナーシェフ・川手寛康さんが目指す次なるステップとは? プロフィール Hiroyasu Kawate 1978年、東京都出身。「恵比寿QEDクラブ」で、料理人としてのキャリアをスタート。その後、「オオハラ・エ・シイアイイー」、「ル・ブルギニオン」で修業し、渡仏。モンペリエにある「ジャルダン・デ・サンス 」から帰国後、「カンテサンス」へ。2009年、「

  • |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|レフェルヴェソンス[西麻布] 生江史伸シェフ

    |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|レフェルヴェソンス[西麻布] 生江史伸シェフ

    人生が変わるきっかけなんて、どこに転がっているかわからないもの。マンハッタンで偶然出合った一冊の本が、それまでイタリアンの道を進み、フランス料理を学んだことのない日本人青年を、星付きシェフに変えてしまうことだってあるのです。そう、こちら「レフェルヴェソンス」のエグゼクティブ・シェフである生江史伸さんのように…。 プロフィール Shinobu Namae 1973年生まれ、横浜市出身。大学卒業後、「アクアパッツア」勤務。2003年「ミシェル・ブラス トーヤ ジャポン」へ。05年スーシェフ。08年イギリス「ザ・ファットダック」でスーシェフ、ペイストリー担当。10年「

  • |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|カンテサンス[品川] 岸田周三シェフ

    |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|カンテサンス[品川] 岸田周三シェフ

    「料理人としての自分の武器は?」という問いに、「開店して9年目になりますが、留守にした日が1日もないこと、でしょうか。どうしても心配になるし、スタッフのモチベーションも下がる。だから、僕がいられない日は店は休みです」。自己を律し、周囲の期待に応え続けることを自らに課す岸田周三シェフ、その強い意志の源は一体? プロフィール |Syuzo Kishida| 1974年、愛知県出身。志摩観光ホテル「ラ・メール」勤務の後、1996年に上京し「カーエム」へ。2000年渡仏。フランス各地での修業を経て、2003年より、パリ「アストランス」でシェフ、パスカル・バルボ氏に師事。2005年帰国。200

  • |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|ル・ブルギニオン[六本木]菊地美升シェフ

    |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|ル・ブルギニオン[六本木]菊地美升シェフ

    「フロリレージュ」川手寛康シェフ、「ア・ニュ」下野昌平シェフといった、名だたる若手シェフを育て上げた菊地美升シェフ。東京の、いや日本のフランス料理事情を語る上で外せない存在と言えるでしょう。オーセンティックさとモダンさを併せ持つ料理と同様に、誰もが口を揃えて讃える、そのお人柄とは? プロフィール |Yoshinaru Kikuchi| 1966年生まれ。専門学校を卒業後、「オー・シザーブル」「クラブNYX」を経て91年渡仏。「プーラルド」「ル・ジャルダン・デ・サンス」「レキュソン」、フィレンツェ「エノテカ・ピンキオーリ」で修業し96年に帰国、「アンフォール」のシェフを務めた後、20

  • |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|宇田川悟先生が選ぶ 当代のシェフ9人

    |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|宇田川悟先生が選ぶ 当代のシェフ9人

    Contemporary chef of 9 日本のフランス料理は成熟期に入ったと言えますが、この時代を作った立役者を挙げるとしたら? ホテル、街場、プロデューサーと、宇田川先生が選んだのは、日本のフランス料理界を支えた様々なタイプのシェフ。先生のコメントと共に、この9人たる理由を紐解いてみました。

  • |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|時代ごとに読む!東京のフランス料理店の”変遷年表”

    |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|時代ごとに読む!東京のフランス料理店の”変遷年表”

    時代ごとに読む”年表”|東京のフランス料理店 進化録| The French cuisine in Japan 前章までは「東京のフランス料理店」と「フランス料理のシェフ」の変遷を追ってきましたが、ここでは東京で花開いたフランス料理店のインパクトを年表を辿ってお読みください。 【江戸時代】 ??1863(文久3)年 |日本初の西洋料理店誕生| ペリー来航から10年目の年、長崎に「良林亭」開店。店を始めたのはかつて出島に出入りし、オランダ総領事をはじめ、オランダ軍艦にも乗るなどして料理人としての技術を磨いた草野丈吉 【明治時代】(1912~1926年) ?

  • |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|作家・宇田川悟先生にお聞きした『東京のフランス料理 群雄割拠の時代』

    |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|作家・宇田川悟先生にお聞きした『東京のフランス料理 群雄割拠の時代』

    [1960年代つづき~現代] 作家・宇田川悟先生にお聞きした 『東京のフランス料理 群雄割拠の時代』 70年代~80年代以降、フランスでは料理が多様化、東京ではフランス料理店が激増。登場人物も増え、少々ややこしくなりますが、作家の宇田川悟先生に話をお聞きしながら、これらの時代を追いかけます。

  • |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|「時代を大きく動かした、ホテルの二大巨匠シェフが残したもの」

    |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|「時代を大きく動かした、ホテルの二大巨匠シェフが残したもの」

    50年代半ば~70 年代初頭は、高度経済成長期。1964年のオリンピック開催も決まり、東京ではホテルの建設ラッシュが始まった。そんな60年代、東京のフランス料理の時代を塗り替えた2人のシェフがいた。帝国ホテルの村上信夫、ホテルオークラの小野正吉。今まで“イギリス風だけどフランス料理”のように曖昧な「西洋料理」が多かった東京で、きっちりと「フランス料理」を切り分け、独立するのを支えた貢献者でもあった。

  • |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|東京のフランス料理店 進化録|明治ー大正ー昭和編

    |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|東京のフランス料理店 進化録|明治ー大正ー昭和編

    時代ごとに読む”年表” |東京のフランス料理店 進化録| The French cuisine in Japan フランスに引き続き、今度は東京の歴史です。「東京のフランス料理店」と「フランス料理のシェフ」の変遷をご紹介します。

  • |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|「フランス料理」駆け足クロニクルー近代編

    |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|「フランス料理」駆け足クロニクルー近代編

    近世から続き、近代になってからフランス料理は発展し、現代のスタイルの基礎をつくる。

  • |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|「フランス料理」駆け足クロニクルー中世編〜近世編

    |世界に自慢したいフランス料理のシェフ|「フランス料理」駆け足クロニクルー中世編〜近世編

    世界ーの美食の街と謳われる、食都「TOKYO」。ミシュランガイドの星の数においては世界最多を覆得し、その実力を世界に知らしめました。ここ東京は、美食家たちを魅了するワールドクラスの実力店が犇めき合っているのです。その中でも、グルメシーンの最前線を雄飛する、選りすぐりの精饒シェフたちの存在。そんな店の作り手でもある、凄腕の料理人たちが腕を振るう飲食店のことを、私たちは「東京エリートレストラン」と、敬意をもって名付けることにしました。本特集は、そのようなシェフたちを、自信を持って世界に自慢したいという思いから生まれました。その第一弾としてフランス料理の名シェフたちをご紹介し、改めてその魅力をお伝えしたいと思います。

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